(第89回)判例が変わると、世界が変わって見える(小倉健裕)
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
役員選任決議の取消しを求める訴えの利益に関する最一判令和2年9月3日
事業協同組合の理事を選出する選挙の取消しを求める訴えに同選挙が取り消されるべきものであることを理由として後任理事又は監事を選出する後行の選挙の効力を争う訴えが併合されている場合における先行の選挙の取消しを求める訴えの利益
最高裁判所令和2年9月3日第一小法廷判決
【判例時報2482号3頁】
株主総会決議取消しの訴えにおける訴えの利益の消滅は、筆者が学生時代(2009年~)にもっとも悩んだ問題である(ちなみに、いまも悩んでいる)。本判決が下される以前のリーディングケースは、役員選任決議の取消しを求める訴えの利益は、役員選任決議の取消しの訴えが係属中に、対象の決議により選任された役員全員が任期満了で退任しもはや現存しなくなったときは、特別の事情がないかぎり訴えの利益は失われるという最一判昭和45年4月2日判時592号86頁であった。そして、「特別の事情」が認められる場面も明らかでなかった(たとえば、役員の地位を遡及的に否定することによって会社が支払った報酬の返還を求める計画が特別の事情に当たるかについて、東京高判昭和57年10月14日判タ487号159頁〔消極〕および東京高判昭和60年10月30日判時1173号140頁〔積極〕)。結局、任期の満了により訴えの利益が失われ役員選任決議の取消しを求める訴えは却下される、と説明されていた。しかし、株主総会決議取消しの訴えを提起して判決に至るにはそれなりの時間を要する。控訴審も含めればなおさらで、上の説明だと、役員選任決議取消しの訴えは常に「時間切れ」で決着することになってしまうではないか—と、いうように、伊藤眞教授(『民事訴訟法〔第6版〕』(2018年、有斐閣)188-189頁)の学説を引用することで、ゼミでのディベートは盛り上がった思い出がある。もっとも、ディベートでの勝敗は現実の法には何の影響も与えない。
他方で、役員選任決議の不存在確認の訴えについては、最三判平成2年4月17日判時1354号151頁が、「取締役選任決議が不存在であれば、以後の株主総会は正当な代表取締役でない者によって招集されたこととなり、やはり不存在になる」という理を肯定した。すでに任期満了を迎えていたとしても、当初の決議の不存在確認を求める利益は失われないというのである。前記の最判昭和45年と話が違うじゃないか—とかつて師に問うたところ、曰く、「決議不存在の方が瑕疵が重大だし、最判平成2年は閉鎖会社の事案である」と。
何となくもやもやしたものを抱えつつも、「ま、そんなもんかな」と自らに言い聞かせ、2019〔令和元〕年度からは筆者も大学で会社法の講義をするようになった。本判決最一判令和2年9月2日はその翌年に筆者の認識を(少なくとも講義ノートを)襲ったミサイルである(やはり最高裁判例の威力は凄い)。ただし、先んじて、東京高判平成30年9月12日金判1553号17頁が同趣旨(先行決議が取り消されることを前提とした後行決議の不存在確認の訴えが併合されたならば、先行決議の取消しを求める訴えの利益は保存される)の判断を下していたので、「あれ、もしかして…」という予感はあった。
実際には、本判決はすべての会社法(および民訴法)研究者の心に留まった判決のはずである。先見の明を持つ先生方なら「やっぱりね」と受け止めたのかもしれないが、筆者はかなり動揺してしまった。
でもでも、本判決に仰天していたのはきっと筆者だけではないと思うのですけれど、ほんとのところ皆さんはどう思っていたのですか?
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小倉健裕(おぐら・けんゆう 亜細亜大学法学部法律学科准教授)1990年生。早稲田大学大学院法学研究科修了(博士〔法学〕)。早稲田大学法学学術院助手、亜細亜大学法学部法律学科助教、専任講師を経て現職。著書『フランス会社法における新株発行規制:株主総会によるコントロール』(早稲田大学出版部、2025年)



