(第87回)二要件説の起点—藤田嗣治絵画複製事件と著作権法の実践的解釈(高林龍)
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
藤田嗣治絵画複製事件東京地裁判決
美術全集への絵画の複製物の掲載が著作権法32条1項に規定する引用とは認められないとされた事例
東京地方裁判所昭和59年8月31日判決
【判例時報1127号138頁】
原告(フランス国籍)は故レオナールフジタ(フランス国籍、日本名藤田嗣治。以下「フジタ」という)の妻であり、フジタの著作物にかかる著作物の相続人である。被告(小学館)は出版史上初めての明治時代以降の日本の美術の全分野を集大成した美術全集として「原色現代日本の美術」全18巻を出版すべく企画し、その第7巻は関東大震災以降太平洋戦争終結の昭和20年までの日本人画家による洋画を対象とするものとした。同巻は350mm×260mm、総214頁の大型の美術全集であり前半約6割が図版、後半約4割が本文の部分からなり、図版は凡そ1頁ないし2頁に1点の割合でカラーまたはモノクロで登載されており、画質の優れた鑑賞図版と、それよりも劣る補足図版から構成されている。
被告は、同巻が対象とする時代の日本の代表的画家としてフジタの絵画を登載すべく原告と何度も交渉したが、原告はフジタを当時の日本人画家として扱うことに対する反発等からこれを拒絶し続けた。しかし、被告はフジタの12点の作品を原告の許諾なしに掲載して発刊したため、原告がその頒布の差止めや損害賠償等を請求する訴訟を提起したのが本訴である。被告はこれに対して、同書籍におけるフジタ作品は、同書籍に登載されている美術史家T氏の論文「近代洋画の展開」の読者が同論文の内容を理解するための補足図版として使用したものであるから、著作権法32条1項にいう引用に該当し、著作権の行使が制限されると抗弁した。
訴訟における主たる争点は著作権法32条1項にいう引用に該当するための要件である。1970(昭45)年に制定され翌年1月1日に施行された現行著作権法32条1項は、許容される引用の要件として「公正な慣行に合致し」「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」であることとしているが、同法施行前の旧著作権法30条で許容される引用は「自己ノ著作物中二正当ノ範囲内二於テ節録引用スルコト」とのみ規定されていた。この旧著作権法における許容される引用の解釈として、最高裁判所昭和55年3月28日判決民集34巻3号244頁〈パロディモンダージュ事件〉は、「明瞭区分性」と「主従関係」、すなわち引用される著作物が引用する側の著作物と明瞭に区分できることと、引用される著作物は引用する著作物に従として用いられていることを要件とすると明示していた。
本東京地裁判決は現行著作権法における引用が許容されるための要件として、旧著作権法において最高裁判所が示した要件である前記「明瞭区分性」と「主従関係」が同様に求められると判示したおそらく初めてのものであり、このいわゆる二要件説は同事件の控訴審(東京高等裁判所昭和60年10月17日判決 判例時報1176号34頁、無体裁集17巻3号462頁)でも維持されたこともあり、その後の同項解釈において二要件説が定着する契機となったものである1)。そのほか同判決は、米国流のフェアユース法理のわが国での適用の可否や、現行著作権法114条2項(当時1項)により侵害者が得た利益を権利者の損害として賠償請求する場合に、権利者自身が侵害者と同様の態様で権利を利用している必要はないと判断している点2)などを含めて、私にとって心に残る裁判例である。
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脚注
| 1. | ↑ | 本東京地裁判決後も引用について「二要件説」が主流となっていたが、一時、同要件は旧著作権法における節録引用要件を判示した最高裁判決に拠るものであって、現行法の解釈としては妥当でないとして「公正な慣行に合致し」「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」との現行著作権法に明記された要件を総合的に検討すべきであるとする「総合考慮説」が説かれることもあったが、現状ではやはり「二要件説」が主流となっている(高林龍『標準著作権法〈第5版〉』187頁 〔2022年、有斐閣〕) |
| 2. | ↑ | 本東京地裁判決から30年程後の知財高裁平成25年2月1日判例時報2179号36頁〈紙おむつ処理容器事件〉は、現行著作権法114条2項と趣旨を同じくする特許法102条2項について、侵害者の得た利益を権利者が損害として賠償請求する場合に、権利者が特許発明を実施している必要はないとの判断を大合議で示している。 |
高林龍(たかばやし・りゅう 早稲田大学名誉教授)1952年生まれ。17年間裁判官(最高裁調査官を含む)として知財関係の民事訴訟等を担当し、その後28年間早稲田大学で知財法の教育と研究に従事。現在は早稲田大学名誉教授、日本大学・山口大学客員教授、弁護士。著書としては『標準特許法 第8版』(2023年、有斐閣)、『標準著作権法 第6版』(2025年刊行予定、有斐閣)など。



