(第82回)代替納付義務の制度設計は、どうあるべきか?(伊藤剛志)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2025.09.05
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(毎月中旬更新予定)

渕圭吾「終局的な義務者でない者による義務履行に関する一考察—租税の徴収納付制度を中心に」

法学研究98巻1号(2025年1月)207頁

日本の基幹税である所得税・法人税においては、個人・法人の所得を担税力の指標とし、これを課税標準として租税を課す。そして、原則として、所得を有する私人(個人・法人)が自ら所得税・法人税の納税義務を負い、自らその納税額を確定させる申告納税方式が採用されている。かかる原則的な制度のもとでは、所得のある者=所得税・法人税を負担する者=所得税・法人税の納付する義務を負う者という関係が成り立っている。

他方、租税制度においては、他人が負担すべき(ないし負担することが想定されている)租税を、その他人に代わって納付することを求めている場合がある。所得税のなかでも、源泉徴収による所得税は、このような類型に該当する。個人の給与所得に係る源泉徴収を例にとると、給与等を支払う者が一定の金額(所得税)を従業員等に支払うべき給与等から徴収して所轄税務署に納付する。源泉徴収による所得税においては、所得のある者=所得税を負担する者=給与の支払を受ける者(受給者。従業員等)であるが、所得税を納付する者=給与所得を支払う者(支払者。使用者)であり、所得税を負担する者とその所得税を納付する者とが異なっている。直近の令和5年度の税収額をみると、このような源泉徴収による所得税の税収は約18兆円であり(申告所得税の税収は約4兆円、法人税の税収は約15.8兆円)、税収面からみても重要な制度となっている。

ところで、このような源泉徴収による所得税について、所得の支払時に所得税が徴収されずに支払われたらどうなるか。所得のある者=所得税を負担する者であるから、支払を受けた受領者が所得税を納付すれば良いのではないか、と思われるかもしれないが、現行の租税法令は、そのようには規定されていない。国税通則法は、源泉徴収による所得税については、これを徴収して国に納付しなければならない者、すなわち、その所得の支払者を「納税者」と規定し(国税通則法2条5号)、国税当局との関係では、あくまでも支払者が源泉徴収による所得税を納付しなければならない。所得の支払者は、徴収をしていなかった源泉徴収による所得税を所轄税務署に納付し、過払いを受けた受給者からその分を取り戻すことが想定されている。源泉徴収による所得税においては、①国と支払者の間、②支払者と受給者との間のそれぞれの法律関係として整理され、国と受給者(=所得のある者=所得税を負担する者)との間は切断されており、裁判例においても、そのように扱われている1)

このような所得税の源泉徴収制度は、所得の支払者(源泉徴収義務者)に過度な負担を負わせているのではないか、と疑問が生じるような事案も発生する。例えば、非居住者・外国法人から国内の土地・建物等の不動産を購入する場合、購入者は、その対価の支払について、源泉徴収による所得税を徴収し所轄税務署に納付しなければならない(土地等を自己又はその親族の居住の用に供するために譲り受けた個人から支払われるもので、その金額が1億円以下のものを除く)が、他方で、居住者・内国法人から国内の土地・建物等の不動産を購入する場合には、購入者に源泉徴収による所得税を徴収する義務は課されていない。裁判例では、日本国籍を有する個人の売主が日本国内の不動産を売却する際に日本居住者であると述べ住民票等の公的書類を提示していたことから、当該不動産の買主が対価を支払う際、源泉徴収による所得税を徴収しなかったところ、国税当局の調査によって当該売主が非居住者であることが判明した事案において、裁判所は、買主の源泉徴収義務を肯定している2)。個人が「居住者」又は「非居住者」のいずれに該当するかは、当該個人の生活の本拠等を検討する必要があり、その判断が難しい事案も生じる。

所得税の源泉徴収制度を含め、最終的に租税を負担することが想定されている者に代わって当該租税を納付するような制度を「代替納付制度」と呼称するとすれば、令和6年度税制改正にて導入された消費税のプラットフォーム事業者課税も同様の制度と位置付けることができそうである。プラットフォーム事業者課税は、本来の消費税の納税義務者である国外事業者に代わって、プラットフォーム事業者に消費税の納付義務を負わせる制度と理解することができる。現在のところ、プラットフォーム事業者課税は、消費者向け電気通信利用役務を提供する取引に限られているが、越境EC全般にプラットフォーム事業者課税を行う議論も進められている。

(所得税の源泉徴収制度や消費税のプラットフォーム事業者課税制度は、納税義務を転換していることが理解しやすいものであるように思われるが、)「他人が負担することが想定されている租税を、その他人に代わって徴収して納付する」という点を考えると、消費税をはじめとする間接税も射程に入る。例えば、消費税は、(商品価額に転嫁されることによって)消費者が負担することが想定されている消費税を、商品・役務の提供者である事業者が消費者に代わって納付していると考えられる。このような間接税の税制ルールと代替納付制度のルールとは、合理的に区別・線引きができるのか。

渕圭吾・神戸大学大学院法学研究科教授の標記の論稿は、源泉徴収による所得税を含め、最終的に租税を負担することが想定されている者とは異なるものが租税法上の納付義務を履行する制度について、なぜそのような制度が用いられるのか、また、そのような制度を用いるためにはどのような前提条件がみたされる必要があるか、という点について序論的考察をしている。本論稿は、上記のような問題に一定の光を与えてくれるが、「序論的考察」であって、疑問は尽きない。渕教授のこの分野のさらなるご研究を心待ちにしたい。

本論考を読むには
法学研究98巻1号 (2025年1月)
TKCローライブラリー(PDFを提供しています。)


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脚注   [ + ]

1. 最一判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁、最三判平成4年2月18日民集46巻2号77頁等。
2. 東京高判平成28年12月1日税務訴訟資料順号12942号。原審は東京地判平成28年5月19日裁判所Webサイト。

伊藤剛志(いとう・つよし)
1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所・外国法共同事業)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2016年より2019年まで東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(共編著、有斐閣、2020年)、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。