『マネー・マーケット入門—日本銀行の金融政策と短期金融市場』(著:服部孝洋)

一冊散策| 2026.03.18
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

本書は、わが国の短期金融市場および、それに関連する金融政策について解説することを目的としています。「短期金融市場」は「マネー・マーケット」とも呼ばれており、典型的には1日から1年などの短期間、資金の貸借をする市場を指します(本書ではこれら2つの用語を同じものとして、区別せずに用います)。資金繰りは、もし滞ると倒産につながりかねない重要な問題です。実際、証券会社をはじめとする金融機関は、短期間の資金調達に依存している部分も多く、その管理はとても重要です。また、日本政府も、歳入と歳出のタイミングの調整など、多額な短期の資金繰りを行っています。このように、短期金融市場は、企業や日本政府などの資金調達と密接に関わっています。

金融政策の観点からも、短期金融市場は重要です。日本銀行(日銀)による伝統的な金融政策は、短期金利をコントロールすることにより実施されています。具体的には、金融機関同士が無担保で、1営業日という短い期間の貸借を行うことによって生まれる金利をコントロールしています。実際のところ、日銀の金融政策を理解するために、短期金融市場について知りたいという読者も少なくないのではないでしょうか。

一方で、筆者の理解では、短期金融市場は独特な世界であり、金融の中でも理解が難しいとされている分野の1つです。金融業界に勤めていたとしても、短期金融市場に関するビジネスに取り組んだことがある人はそれほど多くないのが実態です。また、既存の書籍は、実際に短期金融市場に従事している実務家を読者として想定したものが中心で、必ずしも初学者にとって親切な書籍が多いとはいえません。

そこで本書では、できるだけわかりやすく短期金融市場を説明することで、日本政府や企業の短期の資金繰りだけでなく、日銀の金融政策についての理解も深めることができるような記述を心がけました。短期金融市場の理解は難しいため、市場参加者の目線に立つなど、具体的な事例を多く取り入れました。例えば、「読者が証券会社のトレーダーである場合」などといった実例です。金融をできるだけ立体的に理解できるように図表を多用し、重要な概念は必要に応じて繰り返し説明しています。

■本書の特徴:国債を軸にマネー・マーケット(短期金融市場)を考える

本書の最大の特徴は、短期金融市場を語るうえで、国債を切り口に議論を進めていくことです。日本政府(財務省)にとって、1年以下の資金調達は、国家の資金繰りなどの役割も担っていることから、極めて大切な業務です。財務省は、「国庫短期証券(Tビル)」と呼ばれる、償還までの年限が1年以下の債券を発行しており、これを理解するには国庫制度や国債発行計画などを理解する必要があります。本書では、まずは、国債を入口として、短期金融市場の世界に入っていきます。

短期金融市場における重要な取引に、「レポ取引」があります。本書で説明するとおり、レポ取引とは、国債等の債券を担保とした貸借ですが、レポ市場の取引残高は今や200兆円を超えており、短期金融市場では最大の市場といえます。本書では、レポ取引について、あえて通常の国債取引との類似性を強調した説明を行います。その理由は、筆者の経験上、レポ取引は金融市場の実務家ですらイメージしにくい一方、国債であれば多くの人にとってより身近であり、レポ取引の本質に迫るうえでよい出発点になると考えるからです。実務上も、レポ取引で形成される金利(レポ・レート)は、国債と類似した金利として取り扱われています。

このように、国債から短期金融市場に議論を進めた後、徐々に日銀の金融政策の説明に入っていきます。金融機関が無担保で資金の貸借をする市場を「無担保コール市場」といいます。前述のとおり、日銀は金融政策を行ううえで短期金利をコントロールしていますが、具体的には、無担保コール市場で形成される1営業日の金利をコントロールしています。読者の中には「買いオペ」や「売りオペ」という表現を聞いたことがある方も多いと思いますが、日銀は、国債等の売買を行う「公開市場操作(オペレーション)」を通じて、マーケットに影響を与えています。特に近年、銀行等が日銀に開設している当座預金(日銀当座預金)に支払う金利(付利金利)を通じて、短期金利をコントロールしていますが、多くの書籍はこのような内容までカバーしていません。本書では、無担保コール市場や日銀当座預金などに加え、最近の金融政策の動きについても包括的にカバーします。

企業も、短期の資金調達のために債券(社債)を発行しています。これを「コマーシャル・ペーパー(CP)」といいます。本書では、CPについても十分な紙幅を割いて説明します。もちろん、事業会社や金融機関にとって短期の資金繰りを行う手段として、銀行からの短期借入金もありますが、CPは短期借入金と比べ、調達コストを抑えることができる魅力的な資金調達手段の1つです。

本書では短期金融市場に関する幅広い概念を説明していくため、どうしても説明が前後してしまう部分があります。例えば、第2章と第3章で国庫短期証券(Tビル)の説明をする際、後の章で説明するレポ取引や日銀のオペレーション等の概念を用いなければならない部分があります。本書では、随時、その概念がどこで詳しく説明されるかを明示しつつ、他の箇所で説明する概念との関係を明らかにするように努めました。

なお、国債を通じて短期金融市場を説明するとはいえ、国債そのものについてはそれだけで1冊の書籍が書けてしまうテーマであり、本書では紙幅の都合で最低限の記述になっています。本書を通じて国債に関心を持っていただけたら、拙著『はじめての日本国債』(集英社新書、2025年)および『日本国債入門』(金融財政事情研究会、2023年)を参照していただければ幸いです。

■政策への関わり方

ありがたいことに、これまで私が執筆した論文や書籍について、金融機関の方だけでなく、中央省庁や地方自治体、中央銀行の政策担当者等にも読んでもらっているという声をいただけることが増えてきました。筆者は、日本の資本市場を実務家とアカデミックの両者の立場から、学術的な知見もふまえつつ、金融および財政に係る制度や実態も交えてできるだけわかりやすく説明することで、政策担当者が迅速に情報をキャッチアップできるようなプラットフォームを提供して政策に関わっていきたいと考えています。日本の政策担当者は異動が多いとされていますが、望ましい政策をつくるには常に最新の情報をキャッチアップすることが必須です。本書では、短期金融市場についてできるだけわかりやすく説明するとともに、さらなる情報提供のために、筆者のウェブサイトに掲載している論文などを適宜紹介しています。実際、この考え方に賛同してくださった多くの政策担当者や実務家からの協力を得て、本書の刊行は実現しました。

短期金融市場の拡大は、日本市場の国際化につながるという議論もあります。思えば、本書で説明する「政府短期証券(FB)」を日銀が直接引き受けるのではなく公募で発行するようになった背景にも、円の国際化がありました。日本の資本市場の国際化という文脈においても、短期金融市場の理解が広まることは極めて重要だと思っています(そのため、本書も将来的には英語など日本語以外の言語に翻訳されることを願っています)。

なお本書では、できるだけ各章を独立して読めるように工夫しました。例えば、レポ取引に関心がある方は第5章と第6章、CPに関心がある方は第12章と第13章など、読者の関心がある章から読み進められるように執筆しています。また、第1章は債券および金利の基本の話をしているため、読者がすでに債券について一定の知識をお持ちの場合は第2章から読み進めていただければと思います。

 

目次

  • 第1章 国債と短期金融市場
  • 第2章 国庫短期証券(Tビル)と国庫制度
  • 第3章 国庫短期証券(Tビル)市場
  • 第4章 入札(オークション)
  • 第5章 レポ取引の基礎
  • 第6章 レポ取引の実務
  • 第7章 コール市場
  • 第8章 日銀と公開市場操作(オペレーション)
  • 第9章 日銀当座預金
  • 第10章 準備預金制度と補完当座預金制度:日銀による短期金利の操作
  • 第11章 レポ・オペレーション
  • 第12章 コマーシャル・ペーパー(CP)の基礎
  • 第13章 コマーシャル・ペーパー(CP)市場とその他の論点

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