(第91回)公務員の政治的中立性という呪縛(高橋雅人)
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
猿払事件最高裁判決
1.国家公務員法102条1項、人事院規則14-7・5項3号、6項13号による特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布の禁止と憲法21条
2.国家公務員法110条1項19号の罰則と憲法31条
3.国家公務員法110条1項19号の罰則と憲法21条
4.国家公務員法102条1項における人事院規則への委任の合憲性
5.国家公務員法102条1項、人事院規則14-7・5項3号、6項13号の禁止に違反する文書の掲示又は配布に同法110条1項19号の罰則を適用することが憲法21条、31条に違反しないとされた事例最高裁判所昭和49年11月6日大法廷判決
【判例時報757号頁掲載】
ドイツに留学して感じたことがある。子どもの通う小学校で、保護者たちと幾度も顔を合わせた。技師、パン職人、教師、医師、不動産業者—職業も国籍もさまざまだが、互いに対等な「親」として語り合う。その光景に、日本ではあまり感じられない自然な対等さを見た。形式上は同じでも、日本ではいまだ「忖度」や「遠慮」が、「分業」とは名ばかりの人間関係を支配しているのではないか。たしかに社会は多様な役割の分業によって成り立つ。だが、私たちは一人のなかにある複数の役割—親として、市民として、職業人として—を統合して生きる存在であるはずだ。そう思ったとき、そのことを逆説的に照らす法の現実として、念頭に浮かんだのが猿払事件である。
この事件は、郵政事務官(郵便局員)が衆議院議員選挙に際し、特定政党候補者の選挙ポスターを自ら掲示し、他人にも配布を依頼したとして、国家公務員法等の違反に問われたものである。当時、郵便局員は国の職員、すなわち国家公務員であり、その政治的行為は法律によって制限されていた。
「表現の自由は、これを保障する」。それでもなお、公務員は政治的行為を禁じられる。国民全体に奉仕する職務の名のもとに、一市民としての政治的自己表現を制限される。「国民」である公務員が、参政権を実質的に行使できないのか。
判決が下されたのは、最高裁判所の新庁舎が落成した年。建物の定礎石には「1974」と刻まれている。石造りの外観は重厚で、地上から52メートルの吹き抜けは高く明るい。しかし、法廷を満たした論理は旧く、狭かった。前年には「司法の危機」時代の石田和外長官が退任している。司法の新たな船出の年でもあった。もっとも、後任の村上朝一長官を筆頭に、判事の人事には、石田前長官の意向が色濃く反映されていた 。荘厳な法廷で、当事者たちはどんな心境で判決を聞いたのだろうか。
多数意見は、行政を中立的に運営すること、そしてそれに対する国民の信頼を維持することを目的とした。この目的自体は否定できない。しかし、このきわめて抽象的な理念と、公務員に対する一律の政治的行為の禁止とを合理的に関連づける理論的説明は乏しい。下級審や学説が重視した「職務の性質」や「勤務時間内外の区別」といった具体的事項は考慮されなかった。行政を「有機的統一体として機能している行政組織」とみなし、一括的に捉えた。その結果、行政の内部にある多様な職務や、個々の職務遂行という現実の行為は、抽象的な「行政」概念の影に退いたのである。
だが、公務員であれ、まず市民である。
この判決がもし当時の時代精神の産物であったとすれば、今日ではどうか。その判断は容易ではない。2012年の堀越事件上告審は小法廷において、規制目的をやや具体化し、職務の性質を考慮する姿勢を見せた。しかし、私は最高裁が本質的に変わったとは見ない。その判断構造は、社会に根づく倫理観を映す鏡のようでもある。いまなお日本社会には、職業ごとに「かくあるべし」という倫理観が固定観念として根を張り、それが職業の枠を超え、知らぬ間に人々の人格やふるまいにまで及んでいる。
猿払事件は、人権と統治の両側面から、戦後社会が抱え続ける「前近代性」を照らし出す判決である。これは、表現の自由という個人の権利の問題にとどまらず、行政組織のあり方、そして「職業倫理」という無意識の統治構造を映し出している 。この事件の射程はいまもなお私たちの社会に問いを投げかけている。
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高橋雅人(たかはし・まさと 九州大学准教授)1980年生まれ。早稲田大学法学学術院助手、拓殖大学政経学部准教授を経て2019年より現職。2024年~2025年ドイツ・フライブルク大学に留学。著書に『多元的行政の憲法理論』(法律文化社、2017年)、『統治機構Ⅰ〔講座・立憲主義と憲法学〕』(共著、信山社、2023年)、『芦部憲法学』(共著、岩波書店、2024年)など。



