生活妨害(騒音)に対する差止訴訟・損害賠償請求訴訟(島村健)(連載:環境法基本演習 第1回)

連載紹介(法学セミナー)| 2025.07.22
隔月刊「法学セミナー」の連載より、お勧めの回をご紹介します。読んで興味を持たれたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。
(不定期更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」843号(2025年4・5月号)に掲載されているものです。◆

連載開始にあたって

この連載は、環境法の基本的な仕組みや環境訴訟の主要論点について学習するための演習形式の教材を提供しようとするものです。環境法令の数は多く、この連載で環境法の諸分野を網羅的に扱うことはできません。そこで、この連載では、司法試験六法に掲載されている環境法令(環境基本法、環境影響評価法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、土壌汚染対策法、循環型社会形成推進基本法、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律、自然公園法、地球温暖化対策の推進に関する法律、プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律)に関する問題を中心に取り上げたいと思います。課題の水準としては、できる限り、司法試験の予備試験または本試験の問題のレベルとしたいと思います。この連載で取り上げる問題や解答案の作成にあたっては、神戸大学の興津征雄教授(行政法)、田中洋教授(民法)からアドバイスをいただいています。

取り組みかた

大学の授業や独学で環境法を一通り学んだ読者のみなさんは、まずは司法試験六法掲載法令だけを参照して(司法試験六法に掲載されていない法令で参照すべきものは、参照条文として掲げます)、Assignment(課題)に取り組み、その後でMy Draft(筆者による起案の例)に目を通してください。公害・環境紛争の現場では、民事訴訟、行政訴訟、公害紛争処理制度といった様々な法的手段を検討することが求められます。予備試験や司法試験の環境法の問題、あるいは、この連載のAssignmentを検討する際にも、そのように心がけてください(この点は、民法や行政法の演習問題と異なる点です)。My Draftの文中の下線は、予備試験や司法試験の選択科目として環境法を選ぶ読者のみなさんに、暗記していただきたい箇所を示しています。予備試験及び司法試験の選択科目としての環境法は、必修科目である行政法や民法の各論という性格をもっており、“丸暗記しなければならない”環境法固有の概念や判例法理はそれほど多くはありません。しかし、少しはあるので、受験生である読者の便宜のためにそれを示すこととします。Key Takeaways(獲得事項)の欄には、当該課題を通じて習得すべきことを掲げておきます。

Referenceの欄には、①3つの教科書(大塚直『環境法BASIC〔第4版〕』(有斐閣、2023年)、北村喜宣『環境法〔第6版〕』(弘文堂、2023年)、越智敏裕『環境訴訟法〔第3版〕』(日本評論社、2025年4月刊行予定)の該当頁を記載します。環境法の勉強を始めたばかりの方は、教科書の該当部分を読んでから、Assignmentに取り組んでもよいと思います。また、②課題と関係する判例のうち、予備試験・司法試験の受験生にとって重要と思われるものも掲げます。【百選】は、大塚直=北村喜宣編「環境法判例百選〔第3版〕」(有斐閣、2018年)を指します。③各回の課題を、予備試験や司法試験の問題を素材にして作成することがあります。その場合には、関連する過去問の年度を記載します。予備試験の場合には、たとえば、(予)令和6年第1問と記載します。

テーマ1 騒音(工場)

Assignment

Case 1
Xは、2004年ころから、A建物の2階及び3階を住居としていたが、2022年2月ころ、A建物の建て替えのため一時他に転居し、その後2024年3月、同じ土地に建築された10階建ての新建物の10階西側部分を住居とするようになった。新建物の南側は窓などの開口部がほとんどない。Y会社は、下記のとおり、Xが居住する土地の南に隣接する土地においてセメントサイロを設置し、コンクリートミキサー車によるコンクリートの製造、販売も行うようになった。

X宅とYの工場の土地は、商業地域(都市計画法8条1項1号。商業施設のほか、住宅や小規模の工場も建てられる)に指定されているが、東側は交通の激しい幅員20メートルの道路に面し、西側30メートルのところには首都高速道路も存在する。これらのため、付近では相当の交通騒音が存在する。

Yは、2018年1月、C市の建築主事に対し、この商業地域においては建築が禁止されている規模の原動機を使用するコンクリート製造施設を建築する意図を有しながら、建築しようとする工作物の種類を偽り、同年2月、建築主事から建築確認(建築基準法6条1項)を得た。Yが建築工事を開始したところ、違法な建築工事であることを知ったC市の市長から、同年5月、工事の施工の停止を命ぜられた(同法9条10項)。しかし、Yは、停止命令を無視して工事を続行し、コンクリート製造施設を含む工作物(本件工作物)を完成させ、その操業を開始した。Yは、2020年1月、市長から本件工作物の一部を除却すべき旨の是正措置命令(同法9条1項)を受けた。しかし、Yは、各命令に従わず、現在まで約6年間、本件工作物の操業を継続しており、各命令に従う意思は見受けられない。

本件工作物におけるコンクリート製造のための作業などによって、騒音や粉じんが発生している。Yは、騒音や粉じんによる被害を防止するため、2018年9月初め頃、Xの土地との境界付近に防音シートを張り巡らすなどの対策を行ったところ、2021年9月時点の敷地境界付近の騒音は、次のようであった。工作物が稼働していないときの騒音(環境騒音)は、65デシベルから75デシベルの間(時折80デシベルを超えることがあった)、本件工作物の操業に伴う騒音としては、瞬間的に83デシベルに達することがあったが、概ね本件工作物以外からの騒音とほぼ同レベルであった。また、室内に流入する騒音は、窓を閉めることによって約15デシベル低下した。なお、この地域の環境基準は、幹線交通を担う道路に近接していることから、昼間70デシベル以下、夜間65デシベル以下とされている。

Xは、騒音による被害を訴えている。とりわけ2018年9月以前は、家族の会話も妨げられるなど強いストレスを感じていた。しかし、全期間を通じて、不眠症や耳鳴りといった健康被害を受けるには至っていない。

Question 1
Xは、本件工作物の操業の差止めを求めることができるか、検討しなさい。

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