多国籍企業は宗教的批判にどう向き合ったのか?
海外論文サーベイ(経済セミナー)| 2025.07.29
Pitteloud, S.(2024)“Have Faith in Business: Nestlé, Religious Shareholders, and the Politicization of the Church in the Long 1970s,” Enterprise and Society, 25( 3) : 699-727.
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矢島ショーン
はじめに
20 世紀は、大企業の世紀であった。巨大な資本と膨大な人員を抱える企業が、国境を越えながら、鉛筆からミサイルにいたるまで私たちの生活を覆うようになった初めての時代であった。なかでも 1970 年代以降の時期は、興味深い特徴を持つ。この時代には、規制の緩和や社会主義経済圏の崩壊によって、企業の国境を超えた活動が盛んになった一方、こうした多国籍企業と市場主義に対する激しい反対運動が展開された。多国籍企業の活動とそれへの批判の並存という状況は、21 世紀前半の今日にいたるまで、われわれが生きる社会の大きな特徴となっている。
企業への批判の 1 つの拠り所になるのが、「宗教」である。人間関係や社会経済のあるべき姿を説く宗教は、強力な求心力を持つ。今回紹介する Pitteloud (2024) は、世界を代表する多国籍企業がいかに宗教的な批判と向き合い、経営を展開したかを明らかにした研究である。具体的には、世界最大の食品メーカーであるスイスのネスレ (Nestlé) が、1970 年代から激化したキリスト教勢力による多国籍企業批判にどう対応したのかを、歴史的に分析している1)。
脚注
| 1. | ↑ | 経営史・経済史の分野では、近年、企業と社会の接点をめぐる研究が大きな興隆を見せている。こうした分析は、政治の歴史や文化の歴史といった歴史学の他のアプローチの研究蓄積と経営の歴史を、丁寧に結び合わせることで可能となる。本稿以後も、「海外論文 SURVEY 」のコーナーで、人権と石油会社、タックスヘイブン形成と植民地の解放、中国革命と銀行経営など、社会に埋め込まれた存在としての企業・ビジネスを扱った魅力的な歴史研究をご紹介できればと考えている。 |




