(第79回)トランプ通商政策を理解する—国際通商法における相互主義の概念(平家正博)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2025.06.05
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

平見健太「国際経済法秩序の動態と相互主義の論理(1)(2)」/同「国際通商法における相互主義の位相—法秩序の特質とその淵源について」

『早稲田法学会誌』67巻2号(2017年)379-420頁、68巻1号(同年)435-470頁、
『国際法外交雑誌』119巻1号
(2020年)116-141頁より

第2次トランプ政権成立から約半年が経過したが、これまでの発言を見る限り、同政権の通商政策を理解する上で、「相互主義」(reciprocity)が一つのキーワードになるように思われる。例えば、トランプ大統領は、自身が「解放の日」(Liberation Day)と呼ぶ2025年4月2日、各国に対する関税措置を公表したが、当該関税は「相互関税」(reciprocal tariff)と呼ばれているのも、そのよい例である。

このとおり、国際通商法の文脈において、「相互主義」の概念が有する意味を理解することの重要性が増しているように思われるところ、平見論文は、相互主義の概念は、WTO/GATT体制の下、自由貿易体制を促進する機能を果たしたという意味で、現在の国際通商法における基底となっているが、この同じ相互主義が、国際通商法秩序の不安定化の要因ともなってきた点を、WTO/GATT体制成立前の、英国及び米国の通商政策史や、WTO/GATT体制成立後の、協定解釈の歴史にも触れながら論説する。紙幅の制約上、平見論文の内容を包括的に取り上げるのは難しいが、以下では、私個人が、第2次トランプ政権の通商政策を理解する上で、特に参考になると考えたポイントについて、触れてみたい。

まず1点目は、平見論文によれば、国際通商法の基礎をなす相互主義には、①各国が、新たな権利義務を相互に引き受け合うように動機付け、国際法の形成・適用・履行確保の各段階で、それらを促進・安定化する役割を担う側面(積極的相互主義)と、②相手国の行為に対応し、自国の義務履行を差し控えたり、付与した権利を撤回する原理として用いられる側面(消極的相互主義)の両面が存在する。

現在の自由貿易を形作っているWTO/GATT体制は、各国が互いに自由化を約束し合うという意味で、積極的相互主義を制度に取り込みながら、貿易自由化を進めてきたが、第二次世界大戦前や1970-1980年代に見られるように、これまでも、消極的相互主義を理由にした、貿易保護主義的な動きも存在した。その意味で、現在の米国の通商政策は、積極的相互主義から消極的相互主義への揺り戻しの動きと捉えることもできる。

2点目は、平見論文によれば、相互主義には二面性が認められるものの、WTO/GATT体制は、積極的相互主義の下で、交渉等で形成された利益交換の均衡性・相互性を維持するための詳細な規定を設けるとともに(譲許表の修正規定、義務違反国に対する対抗措置の手続規定等)、消極的相互主義による保護貿易の発動を制約する規定を設けており、貿易関係における「相互主義の欠如」の問題は、WTO/GATT体制内で新たな法形成と権利義務の修正により対応すべきとされている。しかし、現在の米国は、相互主義の名の下、一方的に相互性回復を追求する等、制度枠外での問題解決を優先している。

3点目は、平見論文によれば、相互主義が貿易自由化の原動力であったとはいえ、多数国間自由貿易関係の存立には、各国間の無差別待遇を求める、無条件最恵国待遇原則も不可欠であったところ、同原則と相互主義は矛盾する側面があり、その同時追求は、厳密な相互主義の追求放棄を意味していた。すなわち、無条件最恵国待遇原則の下、A国は、交渉でB国に与えた待遇を、C国にも無条件にも与える必要があるが、その際にA国とC国の間の互恵性は考慮されない(C国は、B国がA国に譲ることで得た待遇にフリーライドできる)との事態が生じる。今の米国が、相互関税により、厳密な相互主義追求を求めていると捉えれば、何故、米国は、多数国間ではなく二国間の交渉を重視するのか、何故、中国への無条件最恵国待遇原則の適用根拠となっている恒久通商貿易関係(PNTR)の撤回が議論されているか、理解できるのではないかと思われる。

第2次トランプ政権の通商政策は、これまでの政権の通商政策と比較して、予測可能性を欠く点は否定されないものの、上記のとおり、相互主義の概念枠組みを通して見ることで、解像度を上げることもできるのではないかと思われる。

本論考を読むには
『早稲田法学会誌』67巻2号(2017年)、68巻1号(同年)
『国際法外交雑誌』119巻1号(2020年)
TKCローライブラリー(PDFを提供しています。)


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平家正博(へいけ・まさひろ)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015~2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。