(第8回)ホルモンと遺伝子と社会環境:ホルモンですべてが決まるわけではない

ヒトの性の生物学(麻生一枝)| 2024.04.15
LGBTQ,少子高齢化,男女共同参画など,議論の的となっている社会テーマの多くは,ヒトの性と関係しています.「自分がどのようにして (how),自分になったのか」を知ることは,性的マイノリティの自己の確立に大きく影響し,また,年齢に伴う卵子や精子の老化は,私たちがどのようにキャリア形成とプライベートな生活 (結婚や家庭をもつなど) を両立していくかを考える上で,避けては通れない生物学的事実です.しかし現実には,様々な議論が,生物学抜きで,あるいは生物学の誤った解釈の下におこなわれており,責任ある立場の人々の誤った言説もあとを絶ちません.
このシリーズでは,私たちの人生に密接に関係する「ヒトの性に関する生物学的知見」を紹介していきます.

(毎月中旬更新予定)

第 2 回から第 7 回まで、体の性 (内性器や外性器の性)、心の性 (性自認)、そして性指向の発達が、胎児期の男性ホルモンに大きく影響されることをさまざまな例をとおして見てきたわけだが、ここで、「男性ホルモンの強弱だけで、すべてが決まるわけではない」ことを、再度確認しておきたいと思う。

受精卵からスタートした私たち一人ひとりが、男性や女性、あるいはその他の性の体や脳を発達させていく過程では、ホルモンや遺伝子、母胎内の環境、出生後の環境など、さまざまな要因が複雑に絡み合って作用する。そして、私たちは、未だ、その全貌を知らない。関係する要因のすべてがわかっているわけでもないし、これは関係しているだろうという要因についても、それらがお互いにどのように作用しあっているのか、わかっていない。実際のところ、わからないことだらけである。胎児期の男性ホルモンが、ほ乳類、そしてヒトの性分化の過程で重要な役割を果たしていることは確かだ。しかし、ホルモンだけですべてが決まるわけではない。

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麻生一枝 サイエンスライター,成蹊大学非常勤講師. お茶の水女子大学理学部数学科卒業,オレゴン州立大学動物学科卒業,プエルトリコ大学海洋生物学修士,ハワイ大学動物学Ph.D. (研究テーマは魚類の性分化・性転換).「健全な科学研究における統計学や実験デザインの重要性」「ジェンダー研究における生物学の重要性」という 2 つのテーマで活動してきている.著訳書に『科学でわかる男と女になるしくみ』(SBクリエイティブ),『生命科学の実験デザイン』(共訳,名古屋大学出版会),『科学者をまどわす魔法の数字,インパクト・ファクターの正体---誤用の悪影響と賢い使い方を考える』(日本評論社),『データを疑う力』(東京図書出版) など.