『「助けて」が言えない 子ども編』(編:松本俊彦)

一冊散策| 2023.07.20
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

正直に告白すると、私たち大人は自分たちの10代を忘れている。

決して記憶喪失になったわけではない。出来事の事実はちゃんと覚えている。しかし、みずからの10代を覆い尽くしていた、不格好で陰鬱な空気感が、いつのまにか記憶から姿を消しているのだ。かつては、あまりの重さで背骨がたわみそうなほど肥大した自意識を背負い、自身の存在価値を疑いつつ世界を呪っていたはずなのに、その部分が蒸発したように消えてしまい、爽やかな青春物語へと改竄された感じがする。

まるで選択的な健忘症だ。

私たち大人がいつも子どもに対してピント外れの助言をし、我知らず自分たちが望む子ども像を押しつけるのは、そのせいではあるまいか?

たとえば、学校における自殺予防教育がそうだ。

思えば2018年、国は学校における自殺予防教育として「SOSの出し方教育」を実施する方針を打ち出した。しかし、そんな教育で簡単にSOSを出せるようになるほど、子どもたちは無邪気ではないし、安心してSOSを出せるほど社会が安全ではないことも知っている。

実際、社会の至るところに「弱さ」に不寛容な文化がはびこっている。うっかり自身の弱さ、あるいは無知や無能力をさらけ出せば、嘲笑や叱責を受けかねない緊迫感は、少しも払拭されていないだろう。そのよい証拠に、学校は、「SOSを出していいんだよ」と猫なで声でささやきながら、それと同じ口で、「レジリエンス=折れない心を育む」といった、「折れなさ」「強さ」を美徳とするメッセージを声高に叫んでいるではないか?

大人たちはこうした矛盾にあまりに無自覚かつ鈍感すぎる。その意味では、自殺予防教育を提供すべき相手は、子どもではなく、子どもを支援する大人のほうだったのかもしれない。

実際、「あのぅ……」というおずおずとした小声の訴えや、一瞬だけ小さく手を挙げるといったしぐさを見逃さず、援助希求として感知できる大人は、この数年でいったいどれだけ増えただろうか? あるいは、リストカットや市販薬のオーバードーズを、単なる「厄介な問題行動」「人騒がせな無法行為」と見なすのではなく、子どもなりの自己救済の試み、もしくは、SOSのサインとして受け取ることのできる大人は、いまの社会にどれだけいるだろうか?

残念ながらかなり心許ない。

もちろん、大人の側にも同情すべき事情がある。大人が子どものSOSに気づけなかったり、感情的に善悪をジャッジしたりしてしまうのは、大人が余裕を失っているせいなのだ。

学校現場を眺め渡してみればよい。もはや教師はいっぱいいっぱいだ。文部科学省の調査によれば、いわゆる公立の小中高校、特別支援学校などの教職員の「メンタル休職者」の数は、令和3(2021)年度には過去最多を記録している。

おそらくこれは学校に限った話ではあるまい。児童福祉機関や保健行政機関、あるいは医療機関にだってあてはまるはずだ。

子どもの支援だけでは足りないのだ。これまでの自殺対策に欠けていて、そして、いま現在必要とされているものは何か? それは、子どもを支援する大人への支援であろう。それが欠けてきたからこそ、「SOSの出し方教育」以降、皮肉にも子どもの自殺がますます加速してきたのではあるまいか?

話を選択的健忘に戻そう。

なるほど、私たち大人はみずからの10代における屈託を健忘している。しかし、一つ断言できるのは、10代から人生をやり直せるような魔法を授けられたとしても、絶対に固辞するだろう、ということだ。20代以降なら話は別だが、10代だけは勘弁してほしいと思う。

要するに、それくらい10代は過酷な季節なのだ。

そんな子どもたちのために健忘症の私たちにできるのは、せめてその季節を乗り切れるようにと、できるだけの知恵と方策を提供することであり、同時に、子どもたちを支援する大人にも同じように知恵と方策を提供することだ。

本書の企画はそこから出発した。前半に、大人の支援者向けの文章を、そして後半には、当事者である子ども向けの文章をそれぞれ配し、子どもと、子どもを支援する大人の双方を支援できる本になったと自負している。

本書は、『「助けて」が言えない――SOSを出さない人に支援者は何ができるか』(日本評論社、2019年)の続編、子どもに特化した各論と位置づけられる。

今回もまた、まずは『こころの科学』の特別企画(226号、2022年11月号)として世に問い、好評を確認したうえで、新たな章と座談会を追加して書籍化へと進めた。寄稿いただいた執筆者たちはいずれも、かねてより編者が「この人と一緒に本を作りたい」と切望してきた第一線で活躍する実践家ばかりだ。一読いただければ、文章からものすごい熱のほとばしりを体感できるはずだ。

末尾になったが、日本評論社の編集者、木谷陽平氏に深謝したい。氏はいつも絶妙なタイミングですばらしいチャンスを与えてくれるが、今回もまた例外ではなかった。

本書が、悩める子どもたち、そして、子どもの支援にかかわるすべての人たちに届くことを願ってやまない。

松本俊彦

目次

はじめに……松本俊彦

Ⅰ 「助けて」が言えない子どもたちにどうかかわるか──支援者へのメッセージ
1 大人は子どもの「助けて」を受け止められているか?──「SOSの出し方教育」の中で見えてきたこと……高橋聡美
2 「助けて」の代わりに自分を傷つけてしまう心理──「自分でなんとかしなくては」から「言葉にならないままつながれる」への転換……山口有紗
3 「なんで私、こんな苦しいんやろう」と思ったけど──子どものかすかなSOSへのアンテナ……村上靖彦
4 子どもたちは、なぜ教室で「助けて」と言えないのか……川上康則
5 「助けて」と言えずに不登校を続ける子どもたち……岡崎 勝
6 ゲームに没頭する子どもの「助けて」と言えない心理──沈黙に耳をかたむける……佐久間寛之
7 家族の〈叱る依存〉で無力化されてしまう子どもの心理……村中直人
8 死ぬのが怖いのに「助けて」と言えない心理──子どもが最期までその子らしく生きるために……菊地祐子
9 社会とつながりたいのにつながれない──少年院出院者に対する支援……仲野由佳理
10 「助けて」と言ったら助かる社会に──社会的養護のもとで育った若者たちの「声」……永野 咲

Ⅱ 「助けて」が言えないあなたへ──当事者へのメッセージ
1 誰も信用できないから「助けて」と言えない──孤立無援をどうサバイバルするか……風間 暁
2 自分を傷つけたい・消えたい・死にたいのに「助けて」と言えない……勝又陽太郎
3 つらい記憶が頭から離れないのに「助けて」と言えない……新井陽子
4 「助けて」という気持ちをクスリと一緒に飲み込んでしまう……嶋根卓也
5 大人はわかってくれない──大好きなものを理解してもらえないあなたへ……佐々木チワワ
6 SOSは届いているのか──学校でのいじめや不適切な指導に苦しむあなたへ……渋井哲也
7 部活をするのは何のため?──「これって体罰かも」と感じながら、身動きがとれないあなたへ……為末 大
8 いじめを知り、解決するために──いじめを受けている、いじめを受けたことがある、いじめを止めたいあなたへ……荻上チキ
9 宗教二世として苦しむあなたへ……横道 誠
10 学校とも家とも違う居場所がほしい──フリースクールってどんな場所?……前北 海
11 生まれてこなければよかったと思っているあなた──セクシュアルマイノリティの子どもへの“手紙”……新田慎一郎
12 親が病気なのは自分のせい?……プルスアルハ

座談会 子どもの自殺を防ぐために、私たちにできること……坪井節子×生越照幸×松本俊彦

参考文献

書誌情報

イベント情報

関連書籍

松本俊彦編『「助けて」が言えない――SOSを出さない人に支援者は何ができるか』(日本評論社、2019年)