『「助けて」が言えない――SOSを出さない人に支援者は何ができるか』(編:松本俊彦)

一冊散策| 2019.07.11
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

近年、子どもの自殺予防において、「援助希求能力を高める」とか、「SOSの出し方を教育する」といったスローガンをよく耳にする。

たしかに自殺リスクの高い子どもに共通するのは、援助希求能力の乏しさだ。たとえばある種の自殺ハイリスクな子どもは、リアルな人間に相談したり助けを求めたりする代わりに、カッターナイフの痛みをもってこころの痛みから意識を逸らし、過量服薬によってこころの痛みを麻痺させて、かろうじて現在(いま)を生き延びている。

何も自殺リスクの高い子どもにかぎった話ではない。むしろ援助希求の乏しさは、年代を問わず、そしてまた自殺予防にかぎらずに、依存症支援や虐待防止、犯罪被害者支援、地域精神保健福祉といった、さまざまな領域の支援困難事例に共通する特徴だ。その意味では、人生早期の学校教育においてSOSの出し方を教え、援助希求能力を育むべきだ、という発想自体が必ずしもまちがっているわけではない。

だが、忘れないでほしいのだ。もしもある人の援助希求能力が乏しいとするならば、そこにはそうなるだけの理由がある。その人は、内心、助けを求める気持ちがありつつも、それによって偏見と恥辱的な扱いに曝され、コミュニティから排除され孤立するのを恐れてはいないだろうか。あるいは、成育歴上の逆境的体験のせいで、「世界は危険と悪意に満ちている」「自分には助けてもらうほどの価値はない」「楽になったり幸せになったりしてはいけない」と思い込んではいないだろうか。だとすれば、彼らは援助を求めない。こちらから手を差し伸べても、拒絶されるのは当然だ。それどころか、みずから助けを求めておきながら、突然、翻意して背を向けることさえあるだろう。

そもそも、誰かに助けを求めるという行為は無防備かつ危険であり、時に屈辱的だ。冒頭に述べた、死にたいくらいつらい現在(いま)を生き延びるために、自傷や過量服薬を行っている子どものことを考えてみるとよい。一見、彼らはカッターナイフや処方薬・市販薬に単に依存しているように思えるかもしれないが、実はそうではない。問題の本質は、カッターナイフや化学物質という「物」にのみ依存し、「人」に依存できないこと、より正確にいえば、安心して「人」に依存できないことにあるのだ。

こういうと、「人に依存できないのならば、私に依存しなさい。なんなら共依存でもいい」と申し出る、おせっかいな支援者がいるかもしれないが、それはとんだお門違いだ。安心して「人」に依存できない人たちは、「この人、私のことをはじめて理解してくれた」と思わず感激するような依存対象と出会った瞬間に、「この人を失望させたくない、嫌われたくない」という不安から「バッド・ニュース」が口にできなくなり、相手が喜びそうな「グッド・ニュース」ばかりを話すようになる。つまり、本音がいえなくなるのだ。

あるいは、「この人も私を裏切ったり、見捨てたり、突然、豹変して怒りだしたりするのではないか」という恐怖から、相手を試し、振り回し、しがみつく。その結果、疲弊した相手は去ってしまうのだ。まさに、「石橋を叩いて渡る」ならぬ、「石橋を叩いて壊す」である。

本書は、臨床現場で遭遇するであろう、さまざまな援助希求能力の乏しい人々、そしてそれゆえに支援者を悩ませ、苛立たせる人々をとりあげ、その理解や対応のヒントを集めたものである。もともとは、日本評論社の定期刊行誌『こころの科学』の特別企画(202号、2018年11月)として編まれて刊行され、編者である私自身、その予想外の好評に驚いていた。そのようなところに、同誌編集長の木谷陽平氏から書籍化の提案を受けたのだ。そこで、議論を多角的に掘り下げるべく、項目を増やし、座談会を追加した。結果的に、雑誌の特別企画として刊行された時点をはるかにしのぐ深度まで釣り糸を垂らすことに成功したと、勝手に自負している。

各分野第一線にいる支援者の経験と知恵を多くの読者に共有していただけることを、こころより願っている。

松本俊彦

目次

I 助けを求められない心理
1 「医者にかかりたくない」「薬を飲みたくない」――治療・支援を拒む心理をサポートする………佐藤さやか
2 「このままじゃまずいけど、変わりたくない」――迷う人の背中をどう押すか………澤山 透
3 「楽になってはならない」という呪い――トラウマと心理的逆転………嶺 輝子
4 「助けて」ではなく「死にたい」――自殺・自傷の心理………勝又陽太郎
5 「やりたい」「やってしまった」「やめられない」――薬物依存症の心理………松本俊彦
6 ドタキャン考――複雑性PTSD患者はなぜ予約が守れないのか………杉山登志郎

II 子どもとかかわる現場から
7 「いじめられている」と言えない子どもに大人ができること………荻上チキ
8 「NO」と言えない子どもたち――酒・タバコ・クスリと援助希求………嶋根卓也
9 虐待・貧困と援助希求――支援を求めない子どもと家庭にどうアプローチするか………金子恵美

III 医療の現場から
10 BPSDと言わない認知症支援――「問題行動」をSOSとして捉える………大石 智
11 未受診の統合失調症当事者にどうアプローチするか――訪問看護による支援関係の構築………廣川聖子
12 「人は信じられる」という信念の変動と再生について――被災地から………蟻塚亮二
13 支援者の二次性トラウマ、燃え尽きの予防………森田展彰・金子多喜子

IV 福祉・心理臨床の現場から
14 「助けて」が言えない性犯罪被害者と社会構造………新井陽子
15 薬物問題を抱えた刑務所出所者の援助希求――「おせっかい」地域支援の可能性………高野 歩
16 性被害を受けた男性を支援する………山口修喜

V 民間支援団体の活動から
17 どうして住まいの支援からはじめる必要があるのか――ホームレス・ハウジングファースト・援助希求の多様性・つながりをめぐる支援論…………熊倉陽介・清野賢司
18 ギャンブルによる借金を抱えた本人と家族の援助希求――どこに相談に行けばよいのか………田中紀子
19 ゲイ・バイセクシュアル男性のネットワークと相談行動――HIV・薬物使用との関連を中心に………生島 嗣
座談会 「依存」のススメ――援助希求を超えて………岩室紳也×熊谷晋一郎×松本俊彦

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