『物理なぜなぜ事典[増補新版]1』『物理なぜなぜ事典[増補新版]2』(編著:江沢洋・東京物理サークル)

一冊散策| 2021.05.28
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

第2巻

はじめに

これは,『物理なぜなぜ事典』の「場の理論から宇宙まで」篇である.さきの「力学から相対論まで」篇とともに,物理を学ぶ人々の「なぜ?」に正面から答えようとする.単におもしろい話題を集めた本というだけでなく,物理を学ぶ上の大事なポイントにスポットライトをあてた参考書としても役立てていただけるのではないかと期待している.

すでに「力学から相対論まで」に述べたが,これら二篇とも「なぜ?」を日本全国に散在する友人たち–の高校・中学・小学校の先生方–から提供していただき,答えも書いていただいて,東京物理サークルの面々が編集したものである.ぼくは,そのお手伝いをした.その過程でいろいろの動きも生じたが,こうして最終的に執筆者となった方々のお名前はそれぞれの項目の末尾に記し,さらに巻末にまとめた.

なお,東京物理サークルは,東京近辺の高校で物理を教える教師たちの研究グループで,定期的に研究会を開いている.アイデアの豊富な,議論の好きな連中だ.実験の腕前も立派である.ぼくは,もうかなり長い間,おつきあいを楽しませていただいている.この『なぜ?』は物理の教科書や一般的参考書とちがって,物理の大事な「なぜ?」にスポットライトを当てる.しつこく,入念に考える.

物理だけでなく,最近の「惑星の運動は地学」式の文部科学省流分類だと化学に入ったり,社会にまわされたりしかねない話題も入っている.「力学から相対論まで」の方では「なぜ物理を学ぶのか」が議論されていたが,この「場の理論から宇宙まで」篇を開くと「物理学者は物理だけをやっていればいいのか」という問いかけがある.「物理学者」を狭い意味にとらないでほしい.ここでは「物理を学ぶ者」という意味である.「物理だけやっていればいいのか」なんて問題は普通の物理の授業ではとりあげないだろう.でも,物理を職業にする人々にとっては,ときに避けて通れない問題になる.この本は,だから物理を本物の姿に近づける役もする.

「空間にひろがる電磁場の『なぜ?』」の章を見ると「光も波なら,波に押されるように光にも押されるのだろうか」という問いかけがある.これを読んで,真っ先に海の波が頭に浮かんだ.猛々しい海の波を,こんな風に光の圧力に結びつけて考えたことはなかった.これもスポットライトの効用だ.

「力学から相対論まで」篇の方だが,「ローレンツ短縮は (外力で) 押し縮めたから起こるわけではない.では,なぜ短くなる?」という項目もある.ローレンツ変換という幾何学に属することだ,と説く本もあるが,それは相対論の読みが浅い.ローレンツは物の大きさも,したがって密度も,硬さや色や屈折率などと同じく物質の原子的な構造を物理学であつかうことによって決定されると考えていたのだ.ローレンツの時代には量子力学は発見されていなかったから,これは彼には見果てぬ夢だったが,彼の思想は今日に生きている.

これなど,その方面のお方には高校物理の教科書の範囲を越えていると言って叱られそうだ.でも,いったん「なぜ?」と思ったら追究せずにはいられないではないか?

裏返して言えば,この本は,皆さんそれぞれの好みに従って自由に読んでくださればよい.わからないまま先に進むのも自由.その場合は,いつかまた二度,三度と立ち戻っていただけたらと思う.やがてパッと視界の開ける日がくるだろう.そのために索引も特別に念入りにつくった.これを利用して,あちこちの項目をつないでみることもおもしろかろう.また索引に目を走らせて「おやっ」と思った項目から拾い読みするという読み方も,また一興かと思う.

この本に「なぜ?」を提供された全国の先生方も,おそらく,そのようにして執拗に疑問を追究されたにちがいない.その中で印象に強く残った「なぜ?」を提供されたのである.珠玉の「なぜ?」だ.ぜひ,役立てて欲しい.

参考書には,古い本や雑誌も遠慮なしにあげた.古いものは町や村の図書館にゆけばそろっているという時代–文化を大切にする時代がくれば,という願いをこめてしたことである.図書館に要求を出してゆこう.そうしないと図書館が古くなった本を棄ててしまうという困った風潮は改まらないだろう.

この篇には,「普通の物体の運動とはまったく違う波の『なぜ?』」のなかに西岡佑治さんの「コウモリはなぜ暗闇でも飛べるのか」が入っている.彼は『なぜ?』の企画を始めたころ東京物理サークルのリーダーだったが,若くして亡くなられた.貴重な存在であった彼は,いまもわれわれの心の中に生きている.われわれは,ようやくできあがった『なぜ?』を彼の霊に捧げる.

最後になったが,この本の完成に努力を惜しまれなかった日本評論社・編集部の亀井哲治郎さん,原稿の整理や編集作業に力を尽くされた永石晶子さん,図版の作製にがんばってくださった何森要さん,菅谷直子さんに心から感謝する.

2000 年 9 月

『なぜ?』編集委員会

江沢洋

増補版をおくる

『物理なぜなぜ事典』の増補版を出すことになった.増補にいたる経緯は第①巻の「増補版をおくる」に述べた.ここでは,この本が第①巻とともに東京物理サークルを中心として全国の高校教師の共同作業の作品であることだけ書いておこう.

この第②巻に追加された項目は次のとおりである.

  • ステルス飛行機はなぜ見えないのか (IX 章)
  • 人参はなぜ赤いか–朝永振一郎が考えたこと (X 章)
  • 原子炉ではない容器の中で,なぜ核分裂連鎖反応が起こったのか (XII 章)
  • 放射線の強さはどう測るか (XII 章)
  • 宇宙線–霧箱で見える飛跡は何?何本見える?(XIII 章)

第①巻が身辺の物理から「なぜ?」を引き出したのに対して,第②巻の「なぜ?」には,現代物理学といおうか,高校物理を超えていると言われかねない話題が並んでいる.しかし,恐れることはない.この本のページを紙と鉛筆をもって追ってくれれば分かるとおり,物理は考える人には開かれている.「なぜ」をさがそう.「なぜ」を解こう.

第①巻と同様に日本評論社の佐藤大器さんと筧裕子さんにはたいへんお世話になった.深く感謝したい.

2011 年 3 月『なぜ?』編集委員会

江沢洋

初版から 21 年,第 2 回目の増補・改訂をして

この『物理なぜなぜ事典』全 2 巻は 2000 年の初版から 20 余年,好評を得て刷を重ね,このたび第 2 回の増補・改訂をすることができた.増補した題目は,例によってケンケン・ガクガク皆で討論して選んだ.自ら実験した報告から一般相対論の問題まで多彩だ.お楽しみに!

2021 年 3 月『なぜ?』編集委員会

江沢洋

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