(第32回)新型コロナウイルス感染症とコーポレート・ガバナンス(野澤大和)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2021.04.27
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

小出篤「新型コロナウイルス感染症とコーポレート・ガバナンス」

法学教室486号(2021年)22頁~27頁より

筆者は、本連載の第25回「コロナ禍で改めて問われた株主総会の物理的会合の意義」において、コロナ禍によって株主総会の物理的会合の意義が改めて問われていることを紹介したが、それから半年以上経った現在においても、コロナ禍の終息の兆しは見えず、いわゆる「第4波」の懸念も高まっており、上場会社の株主総会のあり方にとどまらず、コーポレート・ガバナンスに大きく影響を与えている。

例えば、株主総会における「三密」を避けるため、いわゆるバーチャル株主総会が注目され、経済産業省のガイドライン等1)を受けて、本年の株主総会においては昨年よりも多くの上場会社がバーチャル株主総会を実施することが予想される2)。政府は、2021年2月5日、上場会社が現行法上不可と解されているバーチャルオンリー型株主総会(物理的な株主総会を開催することなく、取締役等や株主がインターネット等の電子的手段を用いて出席する株主総会)を開催することを許容する旨を盛り込んだ産業競争力強化法の一部改正法案を閣議決定し、本年の通常国会(第204回国会)に提出している3)。また、コロナ禍の影響に関する情報開示を契機として、金融庁の考え方が示され、投資家にとって有用な非財務情報の開示のあり方が改めて問われている4)。さらに、コロナ禍を契機とした会社を取り巻く環境の変化の下で新たな成長を実現するには、各々の会社が課題を認識し変化を先取りすることが求められ、そのためには、持続的成長と中長期的な企業価値の向上の実現に向け、取締役会の機能発揮、会社の中核人材の多様性の確保、サステナビリティを巡る課題への取組みをはじめとするガバナンスの諸課題に会社がスピード感をもって取り組むことが重要となる等として、コーポレートガバナンス・コード等の改訂が予定されている5)

本稿は、コロナ禍の影響が社会的に広がる中で、株主総会、企業情報の開示及び経営上の課題への対応にそれぞれ焦点を当てて、コロナ禍が浮き彫りにしたコーポレート・ガバナンス上の課題の検討を試みるものである。

まず、小出教授は、株主総会に焦点を当てて、コロナ禍の問題状況として、「三密」を避けることが要請される中で例年同様に多数の株主が会場に出席する定時株主総会を開催することが困難になったことや、計算書類の承認又は報告の前提となる決算事務及び監査手続が例年のスケジュール通りに行うことができなくなるおそれがあったことを確認する。これらの問題への対応として、①定株主総会の延期、②「継続会」の活用が考えられるところ、①については、会社法上は問題がないにも拘わらず、議決権行使の基準日を設定し直す抵抗感から、そのような対応をとった会社は多くなかったが、②については、関係官庁から見解6)が示されたこともあり、そのような対応をとった会社が一定数見られた。小出教授は、継続会はこのような状況で用いられることを想定した制度であるとは言えず、本来であれば定時株主総会を延期することが正攻法であると指摘する。もっとも、事業年度末を基準日とする従来の慣行に必然性がないにもかかわらず、コロナ禍を契機に、今後の定時株主総会の時期を決算・監査事務との関係で無理のない時期に後倒しにし、かつ招集通知発送等のために最小限必要な範囲で定時株主総会になるべく近接した基準日を設定する慣行に移行する会社は登場せず、結局、多くの会社は①及び②の対応を行わず、例年どおりのスケジュールで定時株主総会を開催する選択肢をした。

また、「三密」を避けるために、株主総会の会場を小規模な会議室等にして、入場制限をする等の対応が見られ、関係官庁からはこのような扱いも可能との見解が示された7)。しかし、会社法は、株主が株主総会の会場に来場することに一定の価値を与えており、書面投票制度等によって議決権行使の手段さえ保障されていれば会場に来る権利を認める必要はないと考えているわけではないとして、入場制限を認める解釈は、従来の解釈や会社法の体系から相当踏み込んだものであると指摘する。なお、コロナ禍とは関係なく、会社と株主との建設的な対話を促すという目的でかねてより経済産業省において論点整理が行われていたバーチャル株主総会は、コロナ禍で「三密」を避ける対応として注目され、2020年の株主総会において導入した会社も見られた。

次に、小出教授は、コロナ禍の影響に関する情報開示のあり方に着目する。コロナ禍は会社の業績に対して将来にわたり大きな影響を及ぼしうる事象であるとして、有価証券報告書の非財務情報である「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」や「事業等のリスク」として開示することが求められるだけでなく、財務情報においても会計上の見積もりとの関係で、一定の仮定を置いて最善の見積もりを行うべきであるとされている。コロナ禍の影響に関する情報開示について、企業会計基準委員会が会計基準の緩和等の措置をとらなかったこと8)を例に挙げて、コロナ禍という未曾有の事象であるからこそ、原則を曲げるのではなく、可能な限り原則通りの基準に従った開示をすることで、ステークホルダーがそのリスクを認識することができると指摘する。

最後に、小出教授は、コロナ禍が会社を取り巻く環境に永続的な変革をもたらすこと(「ニュー・ノーマル」)も想定され、経営陣はそうした中で事業継続をしていくために長期的な視点に立った対応をとっていくことが求められると指摘する。①短期的には、コロナ禍において会社はこれまで通りの営業を継続すべきかの判断に迫られることとなった。また、②長期的には、コロナ禍は、会社の存立が顧客、従業員、取引先、地域社会といった様々なステークホルダーと密接不可分であり、その中で事業を持続的に維持していくことの重要性を改めて認識させるきっかけとなった。①については、基本的にいわゆる経営判断の原則が適用されるが、感染拡大防止のためのコストを会社がどこまで負担するべきかという経営判断は難しく、取締役はコロナ禍に関する医療、法規制、社会情勢についての正しい情報を入手し、慎重に検討することが求められる。そして、取締役の善管注意義務の内容、又は内部統制システムの一環として、コロナ禍のような緊急事態に備えてあらかじめ事業の継続・早期復旧のための方法・手段を取り決めた計画(Business Continuity Plan)を策定していくことが「ニュー・ノーマル」となっていく可能性を指摘する。②については、近年、世界的にコーポレート・ガバナンスにおいて重視されるようになってきたESGやサステナビリティの方向性と合致するものであるとして、株主至上主義的な機関投資家の会社に対する姿勢を変容させる可能性があり、株主と会社との間で会社のサステナビリティについて対話していく必要性が一層高まっていくことを示唆する。

コロナ禍が浮き彫りにした、株主総会、企業情報の開示及び経営上の課題を始めるとするコーポレート・ガバナンス上の新たな課題の中には、アフターコロナにおいても同様に課題となるものが存在する。本稿は、コーポレート・ガバナンスに関わる諸制度の運用・解釈にあたり、コロナ禍という緊急事態を理由に安易に原則を変更せずに対応すべき課題と従来の考え方では対応できず、コーポレート・ガバナンスの「ニュー・ノーマル」が求められる課題がそれぞれ存在することを認識させてくれる点で示唆に富むものである。コロナ禍という逆境の中で、自社のコーポレート・ガバナンスのあり方を見直す機会を与えられたものとポジティブに捉えて、アフターコロナにおいて上場会社のコーポレート・ガバナンスがより一層向上することを期待したい。

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脚注   [ + ]

1. 経済産業省「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」(2020年2月26)【PDF】、「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド(別冊)実施事例集」(2021年2月3日)【PDF】参照。
2. 2021年3月27日付日本経済新聞朝刊「総会、オンライン併用15%」参照。
3. 経済産業省「『産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律案』が閣議決定されました」(2021年2月5日)参照。
4. 金融庁「新型コロナウイルス感染症の影響に関する企業情報の開示について」(2020年5月21日)【PDF】、「新型コロナウイルス感染症の影響に関する記述情報の開示Q&A-投資家が期待する好開示のポイント-」(2020年5月29日)【PDF】、「四半期報告書における新型コロナウイルス感染症の影響に関する企業情報の開示について」(2020年7月1日)【PDF】参照。
5. スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」(2021年4月6日)【PDF】参照。
6. 金融庁=経済産業省=法務省「継続会(会社法317条)について」(2020年4月28日)【PDF】参照。
7. 経済産業省=法務省「株主総会運営に係るQ&A」(2020年4月2日。2020年4月28日最終更新)【PDF】参照。
8. 企業会計基準委員会「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」(2020年6月26日更新)【PDF】参照。

野澤大和(のざわ・やまと)
2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年Northwestern University School of Law卒業(LL.M.)。14年~15年Sidley Austin LLP(シカゴオフィス)で研修。15年ニューヨーク州弁護士登録。15年〜17年法務省民事局に出向(会社法担当)。19年西村あさひ法律事務所パートナー。主な書籍・論文として、『令和元年会社法改正と実務対応』(共著、商事法務、2021年)、『Before/After会社法改正』(共著、弘文堂、2021年)、「監査上の主要な検討事項(KAM)と取締役等の説明義務」旬刊商事法務2253号(2021年)、「アクティビストの動向」ビジネス法務2021年2月号(共著)、『令和元年改正会社法②』別冊商事法務454号(共著、2020年)、『M&A法大全〔上〕〔下〕』(共著、商事法務、2019年)、「武田薬品によるシャイアー買収の解説〔I〕〜〔VI〕」旬刊商事法務2199号2204号(共著、2019年)ほか多数。