『一般相対論入門(改訂版)』(著:須藤靖)

一冊散策| 2019.09.19
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

物理学のなかで,「背後にある」思想を感じさせてくれるものの代表が量子力学と一般相対論である.また,科学にとどまらずより広く社会に哲学的な意味で強い影響を与えた物理学の代表がこの両者であることも異論のないところであろう.量子力学は,もちろんその実用的な重要性のために理科系のあらゆる学部で教えられているであろうが,おそらく一般相対論は理学部物理学科でしか開講されていないものと思われる.その意味では,一般相対論は物理学科卒業の証であるとも言える.また複数の人々が協力して作り上げた量子力学とは違い,一般相対論はアインシュタインがほぼ独力で作り上げた体系であるだけに,思想と哲学が明確である.しかもそれは,物理法則とは何か,座標系とは何であるか,といった基本的な問いかけに本質的に結び付いている.

本書の初版は,東京大学理学部物理学教室で学部学生および大学院生を対象として 1999 年以来行った入門的講義をまとめ,2005 年に出版された.幸いにも多くの読者を得て,増刷を繰り返してきたが,出版以来 10 年以上経過し,記述が古い箇所が散見されるようになった.とりわけ,2015 年に重力波が直接検出されたこと,2019 年にブラックホールシャドウが「撮影」されたことを背景に,一般相対論は単なる理論的な分野にとどまらず,一躍,観測的天文学を牽引する原動力となった.そのため,特に第 5 章ではブラックホールに関係する節を中心に大幅な追加と改訂を行い,さらに新たに追加した第7章で具体的な計算を中心として重力波の基礎的事項を解説し,改訂版とした.

本書は,将来,一般相対論を専門と「しない」人を念頭において,相対論の心を伝えることを目的としている.したがって,取り上げた内容は,特殊相対論の簡単な説明,一般相対論で必要な数学的準備,測地線の方程式,重力場の方程式,シュワルツシルト時空とブラックホール,相対論的宇宙モデル,重力波,などの基礎的事項に絞っている(ただし,$(\sharp)$ をつけた $3.3^{(\sharp)}$ 節,$5.6.3^{(\sharp)}$ 節,$5.6.4^{(\sharp)}$ 節,および $6.7^{(\sharp)}$ 節は,最初は読み飛ばしてもさしつかえない). また,講義の際に学生諸君に課した演習問題を詳しい解答例とともに付け加えてある.本書の特徴であるこの 2 点は,今回の改訂版にも受け継がれるように配慮した.特に,本文のみならず問題の解答例のいずれにおいても,式の導出と変形はほとんど省略せず丁寧に示してある.

一般相対論には優れた教科書が数多くあるものの,専門家が書いてしまうと数学的に厳密かつ詳細に記述してしまいがちである.そのため多くの教科書ではややもすると一般相対論の難解さが強調されてしまい,本来の楽しさや美しさを非専門家に味わってもらえないような内容なのではないかと危惧する.一方,巷に溢れている一般相対論の啓蒙書は一部をのぞけば結局お話でしかなく,隔靴掻痒の感を禁じ得まい.本書はその橋渡し的な役割を期待しているもので,さらに興味をもった読者は,参考文献のリストに記した文献等をもとにしてさらに先に進んでほしい.

本書のもととなっている講義を履修した学生諸君からもらった多くの質問は,文章としてまとめ直す際にとても参考になった.初版では,当時,私の研究室の大学院生であった岡部孝弘君,加用一者君,日影千秋君,大栗真宗君,矢幡和浩君に講義のティーチングアシスタントとして,本書の章末問題とその解答をチェックしてもらった,また同じく当時の大学院生であった斎藤俊君と西道啓博君,助教であった向山信治氏からも,原稿の細部にわたるコメントを頂いた.初版の校正中にちょうど私の研究室に滞在していたマックスプランク天体物理学研究所の Gerhard Börner 氏には,アインシュタインの書いた原論文のドイツ語を丁寧に説明してもらった.改訂版では,私の研究室の大学院生である林利憲君に,細部にわたるまで確認をお願いした.初版と改訂版のいずれにおいても,日本評論社の高橋健一氏には,TeX 原稿の調整から文章の推敲・校正に至るまでとても御世話になった.これらの方々に厚く感謝の意を表させて頂きたい.

本書は多くの方々の協力を得て繰り返してチェックしているものの,完全に誤植や間違いをなくすことは困難である.言うまでもなく,それらに関する責任は私にある.出版後に修正すべきと判断した箇所について

に適宜正誤表を載せておくので参照していただければ幸いである.

2019年9月

須藤 靖

表紙の論文

アインシュタインが初めて特殊相対論を発表した論文の最初のページ.1905 年 6 月 30 日に受理されている.この序の部分で,電磁気学と力学との間の変換性の違いに言及し,(特殊)相対性原理と光速度不変の原理の 2 つを出発点として理論を構築すべきであると述べている(ただし,光速度不変の原理についてはこの次のページで触れられている).

      • 論文題名:Zur Elektrodynamik bewegter Körper (運動する物体の電気力学について).
      • 出典:Annalen der Physik, 17, pp.891–921.

裏表紙の論文

アインシュタインは 1915 年に一般相対論に関する数編の論文を発表しているが,現在アインシュタイン方程式と呼ばれている重力場の方程式が正しい形で発表されたのがこの論文である.(2a) 式で $G_{im}$ と記されているのは,現在のアインシュタインテンソルではなく,リーマンテンソルのことである.

      • 論文題名:Die Feldgleichungen der Gravitation (重力場の方程式).
      • 出典:Sitzung der physikalisch-mathematischen Klasse vom 25 November 1915, pp.844–847. (1915 年 11 月 25 日に行われた物理・数学分科会会合の講演集のようなもので,同年 12 月 2 日に出版されたと書かれている.)

目次

      • 第1章 ニュートン力学から特殊相対論へ
      • 第2章 一般相対性原理とその数学的表現
      • 第3章 測地線方程式
      • 第4章 重力場の方程式
      • 第5章 シュワルツシルト時空とブラックホール
      • 第6章 相対論的宇宙モデル
      • 第7章 重力波

書誌情報など