(第10回)悪法も法なり

悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2019.06.12
「よき法律家は悪しき隣人」。この言葉が何を意味しているのか、知っていますか?
歴史ある法格言には、法学の真髄を伝えるものが数多くあります。法格言を知ることから、法学の雰囲気に触れてみませんか?
本記事は、「法学セミナー」1984年5月号別冊付録として世に出された、柴田光蔵著『法格言ミニ辞典 法学入門への一つの試み』をWeb日本評論で復活させたものです。
なお、掲載にあたっては、適宜編集を加えています。

(不定期更新)

Dūra lēx sed lēx.

この格言の原語としてはDūra lēx sed lēx.が擬せられているようであるが、語呂のよい日本語の由来の方は必ずしも明瞭ではない。

古代ギリシアのアテネにおいて、あの哲人ソークラテース(前5~4世紀)が、国家の神々を冒瀆し、新しい霊を導入し、青年を腐敗させたという罪で、501名からなるヘーリアイア裁判所で死刑を宣告されたとき、弟子たちは逃げて刑を免れるよう彼にすすめたが、彼は「たとえ悪法であっても、法に従うのは市民の義務である」という内容のことを述べて、刑にいさぎよく服したと伝えられている。これがさきの法格言の素材だとされるのである。

他方、中国の戦国時代に、法家に属する韓非(前3世紀)も、この法格言に対応するような思想を展開しているから、古今東西において、同じように考えるパターンがあったわけである。もっとも、支配する側に好都合なこの論理が、一市民としてのソークラテースから自発的に持ちだされた点に注目しなければならない。

もし言われているようにこの法格言がローマ法学者ウルピアーヌスのうみだした学説法源から出たものとすれば、若干のコメントが必要であろう。まず、 dūrus という形容詞は、「厳格な」、「峻厳な」、「苛酷な」という意味でしかなく、「悪い」という価値判断とはかならずしも直結していない。それに、 lēx は、「法一般 jūs 」よりも、むしろ「法律(制定法)」を指す。したがって、正確にラテン語を訳すなら「厳しい法律〔だ〕が、しかし法律〔だ〕」となる。日本では「法」は「法律」と観念されることが多いので、このような日本語表記でも決して間違いではないのだが、もともと「法」には「法律」も含む広い概念があり、広義に解されると誤解が生じやすいし、とりわけ、欧米の状況を想定して論議をすすめる際には、法一般をさす「法」という概念はこういう格言においては安易に使用しない方がよいと思われる。さらに、この法文は、離婚した婦女が奴隷を解放できないという趣旨の50語からなる長い法文で、原文は、「そのことはたしかにとても厳しいが、しかし法律はこのように書かれた」となっていて、法格言ができあがるおきまりのコースにならい、もともとごく具体的な事象にのみあてはまる命題でしかなかった。

そのようなわけで、「悪法も法なり」の法格言の扱いとしては、ラテン原語をつけず、日本語の表現としてのみ受けとるか、つけるとすれば「悪」という修飾語をもっとあたりのやわらかいものにするか、後述のスアレスも表現するように、「不正な」という意味の irjūstus という形容詞を dūrus とさしかえて、ラテン原語そのものをかえるか、あるいは、「悪い法律ではない」という意味を端的に示す新しい法格言として、前者に lēx を、後者に jūs をあてるか、いろいろな方法がありうるだろう。これらはすべて、この法格言を用いようとする人の心次第で決められてよい。

一般に、古い法の歴史をたどってみると、現代感覚からすれば、法やその制裁がきわめて厳しかったことが知られる。アテネのドラコーン(前7世紀)が制定した法律は、ほとんどの犯罪に死刑を科したと伝えられている点で有名であるし、ローマでも初期の時代には、現行犯をただちに殺害してよい場合が法定されていた。また、「眼には眼を、歯には歯を」という応報思想は見方次第では苛酷なものであるが、これは、モーゼの十戒やハンムラピ法典(前17世紀)をはじめ、比較法上顕著に認められる。

ところで、そのような由来を持つこの法格言の現代的意義について少し考えてみよう。原語をはなれ、日本語体にうつるとして、まず「悪法」であるが、これは「正義に反する法」、「正しくない法」、「不正な法」と一応考えてよいのだろうが、実はこれにもいろいろな意味がありえて、問題はそれほど単純ではない。「法」というものは、一定の制定過程にもとづき「法律」のかたちをとって存在している場合であっても、正義を具現しているものだと観念的に考えられている。ラテン語で「法」に相当するのは、「レークス lēx 」ではなく、「ユース jūs 」であるが、これはもともと「正しい」という意味内容を本質的に持っている。これから派生した jūstus (正しい)や jūstitia (正義)が just や justice という英語のもととなっていることから、この点はただちに理解できるであろう。歴史上、「法律」というものが、「法」の具体化された一つの主要形態であるという幸福な状態がつねにあったとはとうてい言えないけれども、それでも、近代法制が確立した国々においては、「法」に反する内容を持つような「法律(実定的制定法)」の登場するケースがそれほど多くあったとは思われない。法と法律は大体のところうまくリンクしていたのである。ところが、あのナチズム体制は、驚くべきことに、人道・人倫に真向から反するかたちで、心神障害者を安楽死させ、ユダヤ人を絶滅させる企てを現実に法制化したのである。かりに、人間が人間を抹殺するという、いわゆる「自然の理」や正義に反する、あるいはそのように一般に考えられる事柄――戦争遂行だって結局はこれと同じなのだろう――が、一応正式の法律の形態で権力者から国民に提示されてきた場合(あのナチスが「法律は法律だ、命令は命令だ!  Gesetz ist Gesetz, Befehl ist Befehl! と称して法律の論理に弱い〈強い?〉ドイツ国民に圧力をかけたのは周知のとおりである)、一体われわれ国民はどのように考えてそれに対処すればよいのであろうか?

一方は、法実証主義の立場から主として主張される対応のしかたで、法の重要な機能の一つである法的安定性や社会秩序の維持目的をもっぱら重視して、「悪法も立派な法である」(ただし、このように考えるにしても、「悪法に従うべきではない」という実践がまったく否定されて、悪法的支配のままにただ生きる態度しか残っていないことにはかならずしもならないだろう)、さらに進むと、そもそも「法に悪法はない」、「悪という名称の示すとおり、不幸ながら悪法も法の一亜種なのである」と認める場合である。その根拠としては、「悪い」という判断が主観的なものにすぎず、究極的には人の世界観次第であること(もっとも最高裁が「悪法」と最終的に認定した場合には、多少問題はちがったものになるが)、また、かりに「法」が「悪い」ものであっても、もしそのような法が国民の意思を反映しうる機関によって制定されたのであれば、その決定に従うのがまず本筋であること、があげられよう。このように考えてくると、制定法としての「悪法」はごく特殊な場合にしか成立せず、存在してもすぐに廃止されるはずになろう。

他方で、さきの法実証主義的な考え方に真向から対立する考え方がある。ギリシア以来の古い歴史的背景を持ち、ヨーロッパ法学の主流の一つとなっていた自然法学の立場がそれである。これは、正しい法と不正な法を区別する価値基準として、また、実定法の効力の根拠として、「自然法」の存在を想定しているが、もしその立場に従って、法の目的が正義の実現にあると考えるならば、その正義に反するような「悪法」はそもそも法の資格を持たないとする立場が導かれる。「悪い法律は法律だが、しかし法ではない」というように表現できようか。16~7世紀の法学者スアレスも、かなり限定的ではあるが、「不正な法律は法律ではない( Lēx injūsta nōn est lēx )」という命題を立てている。

第一の立場が法の形式性にウェイトをかけた考え方とすると、この立場は法の内容に着目した考え方になろう。別の表現をするなら、実定法と自然法の対立の一つの局面がここに存在するのである。ストレートにではないとしても「悪法」論からひきだされてくる実践としては、抵抗権行使がある。この問題はヨーロッパ中世以来の長い歴史を持ち、抵抗権思想は、近くはアメリカ独立宣言、フランス人権宣言、西ドイツ州憲法、フランス憲法草案などにおいて現れてきている。日本国憲法にもその片鱗が見られる。また、戦前では治安維持法、戦後では破壊活動防止法が後者の立場から悪法の好例として指摘されることもあるが、その当否について考察することは読者諸兄姉におまかせすることにしよう。筆者の感じでは、「理は法に勝たず」、「長いものには巻かれろ」式のあきらめに古来親しんできたわれわれ日本人には、近代化が果たされた今日でも、「悪法も法なり」と受けとられる率が圧倒的に高いのではないだろうか? 学界には「悪法は法にあらず」という考え方も一方において有力に主張されているけれども、国民の法的な意識にまでこれが浸透するにはいたっていない。日本の歴史において権力に対する反抗も決して少なくなかったのであるが、現代において抵抗権を現実にイメージ・アップすることのできる人々はとても国民の多数を占めているとは思えない。正直なところ、筆者もこの法格言に対する実践的態度をきめかねている。

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柴田光蔵 1937年京都府生まれ。1959年京都大法学部卒業。1961年京都大学助手を経て同大学助教授。1962~64年イタリアで在外研究。1973年京都大学教授。2000年定年退官。京都大学名誉教授。京都大学法学博士。専攻はローマ法・比較法文化論・日本社会論。最近の著書に、『タテマエの法・ホンネの法(第4版)』(日本評論社、2009年)、『タテマエ・ホンネ論で法を読む』(現代人文社、2017年)などがある。