『伊藤真の刑法入門 講義再現版[第7版]』(著:伊藤真)

一冊散策| 2024.03.05
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

第7版 はしがき

『伊藤真の刑法入門』は、1997年の初版刊行以来、版を重ね、今回で第7版になりますが、幸いにも今まで大学生や社会人はもちろん、中高生からシニアの方々まで幅広く読んでいただくことができました。

定価:税込 1,980円(本体価格 1,800円)

前回の改訂版(第6版)を刊行した2017年2月以降、刑法に関連して、2022年刑法改正(2022年6月13日成立。拘禁刑創設、侮辱罪厳罰化等。なお、侮辱罪厳罰化の改正はすでに施行されており、拘禁刑創設の改正は、2025年6月1日に施行)、2023年刑事訴訟法改正(2023年5月10日成立。刑法に関連して逃走罪の主体の変更等)、2023年刑法及び刑事訴訟法改正(2023年6月13日成立。性犯罪についての刑法改正。刑事訴訟法においては、性犯罪について公訴時効期間の延長など)がなされました。

本書は、刑法の概略を理解してもらい、刑法という法律をより深く学習するための指針となるために著したものですから、上記各改正のすべてに触れたものではありませんが、未施行部分を含めて必要な限度で反映させています。

刑法は、新聞、テレビやネットなどのニュースで、日々接する「犯罪」と「刑罰」に関わる法律ですから、なんとなくイメージを抱きやすい身近な法律だと思います。ただ、一方で、刑法は、数ある法律の中でも理論的な対立が激しく、正確な理解が困難な法律ともいわれています。本書は、あくまでも入門書ですから、理論的な対立を詳細に説明することはできませんが、その対立の概要や学説のおおまかな対立点をつかんでもらい、今後の学習のための指針を示すようにしています。

この本を手にした方が、刑法をはじめ、法律学習の面白さを感じながら法律を身につけ、法を身近なものに感じることができるようになることを願っています。

では、早速授業を始めます。

2024年2月
伊藤 真

初版 はしがき

刑法は憲法、民法と並んで基本三法と呼ばれます。皆さんは刑法というとどんなことを思い浮かべますか。一般的には、殺人罪などの犯罪や人を裁くための基本的な法律だと考えるのではないかと思います。法律といったときに一番イメージしやすいものかもしれません。小説やドラマでもよく犯罪は題材にされますし、新聞の三面記事でも馴染みがあります。このように、刑法のテーマのひとつである犯罪についてはたしかにある程度のイメージをもちやすいのですが、反面、実際に犯罪を犯した経験のある人はほとんどいないでしょうから、実際に犯罪を犯すときの気持ちや現実の情景をイメージしてみろと言われてみても、民法のときの売買のように容易ではありません。また、小説やドラマには演出があり、法律的にみると必ずしも正確でない場合もあります。

そして、刑法は理論的にきわめて難解な法律といわれています。日本の刑法はドイツの刑法をもとに構築されていますから、概念を操作して結論を出すことが多いのです。そして、その刑法の考え方しだいで人が死刑になったりするのですから、ある意味ではとても厳格な解釈や態度が要求されるのは当然です。また、人が人を裁くことができるのはなぜかという哲学的な問題も背後に控えていますから、深く研究しようとすると切りがありません。学説の対立は他の科目に比べてきわめて厳しく、他説を徹底的に糾弾したりすることもあります。学説の分岐も多岐にわたり、用語もドイツ語直訳の難解なものが多く、とっつきにくい印象を与えています。

このように、正確なイメージがもちにくく難解にみえる刑法を、先入観をもたずに容易に学習していくための指針になるように本書を著しました。用語も含めてきわめてわかりやすく記述しています。したがって、本シリーズの他の科目と同様、若干学問的には物足りないところがあるかもしれませんが、初めて刑法を学ぶ方がその全体像を知る上では必要十分なものになっていると思います。また、重要基本論点はコラムの形で紹介していますから、今後の学習の大きな助けになると思います(ただ、内容はかなり難しいものになっています。まずは本文を読んでいただいた上で、もう一歩先へ進む方のためのコラムです)。

一般には、刑法というと犯罪者を処罰するための法律というイメージが強いのですが、逆に犯罪者にされそうな人を守るという側面もあります。つまり、刑法には人権保障の役割もあるのです。刑法を学ぶに際しては、この人権保障という観点が不可欠となります。したがって、なぜ人権保障が大切なのかということを含めて、憲法の概略を学んでいることが前提になります。拙著『伊藤真の憲法入門』(日本評論社)程度のことは、基礎知識として理解してから刑法の学習に入っていただければと思います。

そして、この人権保障にも関連するのですが、だれもが犯罪の加害者になる可能性があるということを理解しつつ学習していくことが必要です。自分は絶対に犯罪など犯すはずがないと思っている人間が、実際には犯罪者になってしまうことがあります。それほど、人間は不条理な生き物であることをしっかりと自覚することから刑法の勉強は始まります。被害者も弱者ですが、犯罪者もまた社会の弱者であることが多いのです。そして、強者の立場にあるときには想像もできないかもしれませんが、いつでも人は弱者の立場になりえます。こうした交代可能性を認識することは、謙虚に法律を学ぶ上で重要なことだと考えています。もっとも人間的な法律のひとつである刑法を、もっとも論理的に理解することが本書の大きな目的のひとつです。

さらに、刑事法は訴訟法や行刑法もあわせて初めて完結します。そして、刑事システムは、こうした全体を視野に入れて作られています。大陸法系の実体法を重視したシステムに対して英米法系の訴訟法を重視したシステムは、それぞれが自己完結して意味をもちます。したがって、本当に刑法を理解するには訴訟法や行刑法をも学習することが必要です。優れた刑法の先生は例外なく刑事訴訟法の大家でいらっしゃいます。今は余裕がないかもしれませんが、時間があればぜひ刑事訴訟法の概略も学んでみてください。

読者の皆さんが本書を通じて刑法に興味をもたれ、更なる学習に進まれることを願っています。

1997年9月
伊藤 真

はじめに

それでは、刑法の講義を始めます。

刑法は、まず大きく分けると刑法総論刑法各論という大きく2つのパートに分けることができます。総論と各論という2つの部分からなっていることになります。刑法というのは、一言でいえば、犯罪と刑罰に関する法です。犯罪とは何なのか、そして犯罪を犯した人たちにどのような刑罰が科せられるのか、そんなことを勉強していく法律です。

①刑法の特徴・学び方

(1)難解な用語~独和刑法?

憲法や民法などと比べると、刑法というのは、使用される言葉が難しくなっています。どうして難しいのでしょうか。それは、ドイツの刑法をそのまま日本にもってきて日本語に訳して教科書を作ったりしたからなのです。そして、現在の刑法は、明治の頃に作られた刑法を現代語に直しただけのものです。まさに明治の後半にできた、そしてドイツから輸入してきた刑法がもとになっているわけです。

勉強するときに直訳口調の難しい単語や言葉が並んでいたりすると、最初はどうしてもその言葉にびっくりして、刑法って難しいな、というイメージをもってしまうかもしれません。しかし、刑法というのは理論、理屈が非常にしっかりしているので、その理論的な体系・骨組みをしっかり理解しておけば、実は案外取り組みやすい科目です。

たぶん、憲法・民法・刑法という3科目の中では、一番とっつきやすいのが憲法で、一番とっつきにくいのが刑法だろうと思います。しかし、おそらく一番最初にマスターできるのは、刑法です。刑法は、最初の段階で少し難しい言葉が出てきて、参ったなと思うかもしれませんが、慣れてしまえば案外簡単です。はじめの段階では、難しい用語もあまり気にする必要はありませんから安心して進んでください。

(2)刑法事例のイメージ~講義では何人も人を殺す

また、専門的な言葉のイメージをもちにくいということにも関わるのかもしれませんが、たとえば憲法で三権分立、民主主義、自由主義、人権などといわれて、まったくイメージをもてないということはあまりないと思います。正確にはわからなくてもぼんやりとはイメージをもてるはずです。それから民法にしても、「コンビニでお弁当を買うときがあるでしょう」というような具体例を出せば、皆さんは自分の頭の中で、コンビニでお弁当を買うときに、このお弁当くださいというあれが、引渡しの請求なんだと、かなり具体的に自分の体験からイメージがもてるはずです。

ところが、刑法は、民法のように「ほら皆さん、コンビニに行って弁当を買うでしょう、あの感じが売買契約なんですよ」というのと同じく、「皆さんも人を殺すでしょう、あの感じが、殺人なんですよ」などという説明はできないわけです。ほとんどの皆さんは犯罪というものとは無縁の世界で生きてきているはずです。基本的には犯罪を犯したことのない人がほとんどではないかと思います。たいていは新聞やニュースや小説、映画、ビデオ、ドラマの中で見るぐらいで、自分の体験として犯罪だとか刑罰というものを感じたことはあまりないと思います。ですから、刑法を具体的に身近に感じるということが、少し難しくなるのかもしれません。

逆に言えば、それで救われるところもあります。私は、民法の講義ではよく具体的なイメージをもてといいます。抽象的な規定を身近なものとしてイメージすることは、法律の勉強においてとても大切だからです。しかし、刑法の世界であまり具体的なイメージをもちすぎると、勉強が辛くなることがあります。それは刑法でテーマにしていること自体が、売買や賃貸借、債務不履行、損害賠償というレベルではなくて、人が死んだり、強盗に遭ったり、放火に遭ったり、そんなとんでもない話が次から次へと出てくるからです。その場面でいちいち具体的にイメージをもってしまうと、ちょっと、気持ちがもたないでしょう。

この本の中でも何人も人が死んでしまうわけですが、そこは本の中の世界の話だとある程度割り切っておかないと、勉強しているときに辛くなってしまいます。ですから、刑法で出てくる具体例は少し抽象化して勉強を進めてください。そのあたりは憲法や民法とは少し違うところです。

このように、皆さんは教科書やこの講義の中で、殺人や強盗や放火などの事例を用いて勉強します。講義の中では、殺人罪や強盗罪など平気で議論しますし、被害者が死亡して、それについてどういう責任を問われるのか、などということも何の気なく言ったりします。しかし、それが一度裁判官・検察官・弁護士となって現場に出ると、現実問題として皆さんの前に出てきます。いざ現場に出て、目の前で遺族の人に号泣されたりすると、人の命というものは大変なものなんだなということが本当にひしひしとわかるようになります。その段階でもう一度、刑法の意味などを考えてみてください。

②激しく学説が対立し、きわめて理論的であることの意味

では、なぜ刑法はほかの科目と比べて、きわめて理論的で、その理屈を重視する科目なのでしょうか。

何しろ刑法というのは、その最たる効果は死刑です。死刑というのは、戦争を放棄している日本国憲法のもとで国家に許されている唯一の殺人行為なわけで、そういうことを正当化する学問、それがこれから勉強する刑法なのです。人の命を国家が奪ってしまって、それが正しいのだ、それでもかまわないのだということをいかに論じていくかという学問ですから、考えてみれば非常に恐ろしい学問です。命ではないとしても、他の刑罰についても、人の権利を制約するという意味で、同様のことがいえるでしょう。

しかし、そうはいっても刑法というものは、やはりどうしても存在していなければなりません。このように、これから学ぼうとする刑法は、非常に厳しい分野であるということはわかっておいてください。だからこそ、この刑法の世界では学説の対立というものが非常に大きいというか、厳しいのです。たしかに、憲法や民法でも学説の対立というものがあります。しかし、一番学説の対立が厳しく激しいのは、やはり刑法の世界です。刑法の世界では先生方が自分の学説を本当に必死に主張します。そのぶつかりあいというのは、まさに火花を散らさんばかりです。

これから勉強を進めていくと、なぜそんなに厳格に考えるのだろうかと、一瞬違和感を感じることもあるかもしれませんが、人の生死が学説に依存することもあるわけですから、それはやはり真剣にならざるをえないでしょう。

こういう刑法をこれから勉強していくのだ、そういう重たい重要なことをやっていくのだということを頭の隅においておいてください。ただ、先ほど述べたように具体例などをあまり重たく考えすぎるとやり切れなくなりますから、そのあたりのバランスも大切です。

③細かな学説よりも体系

刑法では、その全体を貫く大きな考え方の違いによって、体系や各論点の処理が違ってきます。刑法における学説は本当にさまざまなものがありますが、ここでは、通説的な見解、判例で採用されているような見解を中心に紹介していきます。将来、どのような学説で勉強することになろうとも、ここで紹介するような通説的な考え方の理解は不可欠です。そして、特に司法試験や司法書士試験に合格しようと考えているのならば、これらの試験は実務家登用試験ですから、まず、判例、通説的な考え方を理解していなければ話になりません。その上で、興味があればこうした通説的な考えを批判する有力説の学習に進むとよいでしょう。

また、論点ごとにもさまざまな学説が出てくるのが刑法の特徴です。勉強を始めた頃はこうした学説の多さに驚いてしまうこともあるかもしれません。しかし、最初の段階では、論点ごとの細かな学説を覚えるよりも大きな体系を理解することのほうが重要です。大きな構造を理解してから、論点の勉強に入り、学説を理解し整理していくことです。本書ではまず、この大きな体系を理解するために基本的な構造の部分を本文に記載し、論点的な部分はコラムの形で収録してあります。まずは本文を読んで、刑法全体の構造すなわち体系を把握してください。その上で余裕があればコラムにも挑戦していただけるといいと思います。

とにかく刑法の学習のコツは、最初の段階では細かい知識を覚えるよりも、まずは、大きな刑法の体系を知ることです。

さあ、それでは早速刑法の内容に入っていくこととしましょう。

目次

はじめに

❶刑法の特徴・学び方

⑴難解な用語~独和刑法?/⑵刑法事例のイメージ~講義では何人も人を殺す

❷激しく学説が対立し、きわめて理論的であることの意味

❸細かな学説よりも体系

第1章 刑法総論

Ⅰ 序論

❶刑法の機能

⑴法益保護機能(法的に保護すべき利益を守る役割)/⑵人権保障機能(自由保障機能)/⑶まとめ

❷犯罪

⑴罪刑法定主義/⑵「違法」と「責任非難」

コラム 無罪の推定

⑶刑法の人権保障機能を担う原則/⑷構成要件/⑸まとめ

コラム 「罪」と「crime」

Ⅱ 犯罪成立要件

❶構成要件

⑴構成要件要素/⑵客観的構成要件要素

●重要基本論点 不作為犯の成立要件
●重要基本論点 間接正犯の成立要件
●重要基本論点 因果関係

⑶主観的構成要件要素/⑷まとめ

●重要基本論点 錯誤

❷違法性

⑴違法性阻却/⑵違法性の本質/⑶結果無価値と行為無価値/⑷違法性阻却の根拠
/⑸違法性阻却事由の種類

●重要基本論点 被害者の承諾

❸責任

⑴責任能力の問題

コラム 刑の範囲と減軽

⑵責任要素としての故意・責任要素としての過失/⑶違法性の意識およびその可能性/⑷期待可能性

●重要基本論点 違法性の意識

Ⅲ 修正された構成要件

❶未遂・予備

⑴未遂/⑵予備

●重要基本論点 未遂

コラム 刑の時効と公訴時効

❷共犯

⑴総説/⑵共同正犯/⑶教唆犯/⑷幇助犯

●重要基本論点 共犯の処罰根拠と共犯の本質

コラム 共謀罪

Ⅳ 罪数

⑴一罪か数罪か/⑵数罪の場合の処罰の方法

コラム 刑の種類

Ⅴ 刑法総論の全体像

第2章 刑法各論

Ⅰ 犯罪類型の分類

❶刑法総論との関わり
❷保護法益による分類
❸個人的法益に対する罪

⑴生命・身体に対する罪/⑵自由および私生活の平穏に対する罪/⑶名誉・信用に対する罪/⑷財産に対する罪

❹社会的法益に対する罪
❺国家的法益に対する罪

Ⅱ 個人的法益に対する罪

❶生命・身体に対する罪

⑴殺人罪

コラム 脳死と人の死

⑵傷害罪/⑶暴行罪/⑷過失傷害の罪/⑸遺棄の罪

❷自由および私生活の平穏に対する罪

⑴逮捕罪・監禁罪/⑵住居侵入罪

コラム 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪

❸名誉・信用に対する罪

⑴名誉毀損罪/⑵侮辱罪/⑶信用毀損罪・業務妨害罪・電子計算機損壊等業務妨害罪

❹財産罪

⑴財産罪の概観/⑵財産罪共通の問題点/⑶財産罪の保護法益/⑷不法領得の意思

●重要基本論点 窃盗罪の保護法益

⑸窃盗罪/⑹強盗罪/⑺詐欺罪/⑻横領罪・背任罪/⑼盗品等に関する罪・毀棄罪

●重要基本論点 不動産の二重売買と横領罪

コラム 実体法と手続法

Ⅲ 社会的法益に対する罪

⑴放火罪/⑵偽造の罪

コラム サイバー犯罪の増加と刑法改正

●重要基本論点 焼損概念

Ⅳ 国家的法益に対する罪

❶国家の存立に対する罪

⑴内乱罪/⑵外患誘致罪

❷国家作用に対する罪

⑴犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪/⑵偽証罪/⑶虚偽告訴罪

コラム オウム裁判と法律家の役割

⑷公務執行妨害罪/⑸賄賂罪

●重要基本論点 内閣総理大臣の職務権限ロッキード事件丸紅ルート上告審判決

Ⅴ 刑法各論の全体像

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