(第2回)主権免税を考える(伊藤剛志)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2018.10.19
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

藤谷武史「いわゆるSovereign Wealth Funds と租税法・財政法-研究ノート」

『金融取引と課税(5)』(公益財団法人トラスト未来フォーラム、2018年)より

一般的に、R国の居住者であるrが、S国のs社から配当を受領する場面を考えてみよう。S国は、rがs社から受領する配当に対して源泉地管轄に基づく課税、すなわち、それがS国内で生み出された所得であるとして課税をする。それでは、R国の居住者であるrが政府系ファンドであった場合、S国は政府系ファンドが受領する配当に対して課税をすることができるのか。

租税は、国家が特別の給付に対する反対給付としてではなく、公共サービスの提供に必要な資金を調達することを目的に、国民に対して一定の金銭給付を課する性質を有する。租税の賦課・徴収、すなわち、課税権の行使は国家の主権の発動の一場面である。国際租税法は、各国家の課税権の行使による経済的な二重課税やその調整、あるいは各国家の課税権行使の空白を利用した二重非課税ともいうべき租税回避行為やそれに対する対抗措置等を取り扱う。国際租税法の領域には、各国家の課税権が衝突し交錯する場面が頻繁に登場する。

S国がR国の政府系ファンドが受領する配当に対して課税をすることができるか否かが問題となるのは、S国という一つの主権国家がR国という他の主権国家に対して課税権を行使することができるのか、いわゆる国際法における主権免除(sovereign immunity)の問題が関係するからである。

国際課税の領域でも、国際法における国家主権の尊重という考え方は存在する。外交官が免税特権を与えられたり、外国大使館が源泉徴収義務を免除されている(東京高判平成16年11月30日)ことなどは、その表れと考えられる。諸外国では、その国内の租税法令において主権免税の要件や範囲等について詳細な規定をおいている場合があるが、わが国の租税法には主権免税に関する一般的な規定は置かれていない。わが国が諸外国と締結している租税条約の中には、外国政府や外国中央銀行が受け取る利子について免税を定めているものもあるが、主権免税に係る明文の規定は限られ、外国政府等が免税を認められる要件や範囲等の多くは解釈に委ねられている。しかしながら、わが国における主権免税に関する裁判例は少なく、この分野の研究が盛んに行われているとはいい難い。

本稿はSovereign Wealth Funds(SWFs)の課税関係について、主権免除その他の前提となる法的論点を整理し、租税政策上の位置づけに関する米国の議論を紹介するものである。本稿は、まず、最初にSWFsの定義とSWFsが問題とされる理由を概観する。本稿は、専門家の間でもSWFsの定義について完全なコンセンサスが成立しておらず、その特徴を理解する上では、何がSWFsに該当しないか、というアプローチが有効であるとして、外貨準備、国有企業、公的年金とのそれぞれの対比の中でSWFsの特徴を描き出す。そして、SWFsが問題視される本質は、SWFsは外形面では資本市場のルールに則って行動するにもかかわらず、背後に国家財政が控えるという事実が、我々が冷戦終結後の30年近くで馴染んできた「国家と市場」の二元論を揺るがす要素を含んでいるからではないか、という鋭い指摘をする。

続いて、本稿は、SWFsの投資受入国(すなわち、源泉地国)がSWFsに対する課税権を行使しようとする場合の国際法的制約の検討を行う。ここでは、国家に対する主権免除原則の内容を確認し、次いで課税権の領域における同原則の意義を確認するという手法がとられている。本稿は、国際法上の主権免除は、第一義的には、主権国家は他国の裁判権(判決・執行)に服さないという規範であることを確認し、その上で、裁判権は国家による公権力の行使の代表例として挙げられているに過ぎないと考えるなら、主権免除と同様の論理が課税権に及ぶことも肯定されるとして、主権免除原則から課税権免除を導く考え方を紹介する。

しかしながら、筆者はかかる考え方に対する懐疑論を提示する。すなわち、主に外交・領事関係について認められてきた課税免除は実際上の必要性及び互恵性の原理によるものに過ぎず、外国国家に対する課税免除は国家礼譲(コミティ)によるものであって国際法上の義務ではない、との見解も存在することを紹介する。また、コモン・ロー系の諸国では、外国国家に対する課税権免除を主権免除のコロラリーとして説明することが一般的ではあるものの、これらの諸国における課税権免除の範囲をつぶさに観察すると、主権免除原則の援用によっては説明できない租税優遇措置が含まれている旨の指摘も紹介しており、非常に興味深い。

さらに、外国大使館の源泉徴収義務の免除を認めた東京高判平成16年11月30日も、実際にはこれまでの経緯に鑑みて相手国に対する法的要求を遠慮する、という解決であり、主権免除原則からの論理的帰結というよりも相手国に対する礼譲(コミティ)の問題として事案を処理したものと理解すべきと指摘する。本稿は、結局のところ、主権免除原則から課税権免除を演繹する論法は一見もっともらしいが、両者の論理的関係は錯綜しており、各国の国家実行・法的信念も一様ではないと結論付ける。さらに、SWFsについては、外国国家・中央銀行等と類似の課税権免除の対象とするか、原則として外国の私的投資家と同様に扱うか、という論点があり、日本法の問題として後者が妥当であるとしている。

わが国の租税法には主権免税に関する一般的な規定は存在せず、慣習によって主権免税を認めている事案も存在するが、その対象や範囲等が明確とはいえない。本稿は、SWFsの課税関係を検討するものであるが、その前提として、主権免除(sovereign immunity)と主権免税、すなわち、外国国家・中央銀行等に対する課税権免除の関係を分析するものであり、この分野に関する上質な研究論文が少ないなかで、本稿は関連する実務上の問題を検討する際には参照すべき論稿であると思われる。

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・公益財団法人トラスト未来フォーラム 研究叢書一覧

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伊藤剛志(いとう・つよし)
1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2012年より西村あさひ法律事務所・名古屋事務所代表。2016年より東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。