『セックスワーク・スタディーズ—当事者視点で考える性と労働』(編:SWASH)

一冊散策| 2018.09.25
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

なぜ「セックスワーク」と呼ぶのか

若い女性にAVポルノ出演を強要する悪徳業者、性感染症や性暴力のリスクにさらされながら性風俗店で働く女子大生、JKビジネスの中で身体を買われる少女たち……。本書を読んでいただいているみなさんの中には、性風俗の問題と言えばこれらをイメージする方が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか? しかしながら、実際の性風俗やそこで働いている人たちは実に多様であり、脅迫や性感染症、性暴力、人身売買などと無関係ではないにしても、性風俗全体をそれらの問題、あるいは「女の子」の問題に還元して捉えることは出来ません。

「セックスワーク」という言葉は、性風俗における性的サービスの提供を労働として捉える意味合いで使います。そして、そこには労働者としての権利を獲得することによって、セックスワーカーたちがより健康・安全に働ける状況を作っていこうという思想が反映されています。すでにこの世の中にはたくさんのセックスワーカーたちが存在しているという現状があり、そうした現状のもと、セックスワーカーの健康と安全のために活動するグループである私たちSWASHは長年支援活動などに取組んできました。私たちはこの言葉を軸にして、労働であるセックスワークの問題を労働問題として見なさない人々の態度には十分注意しながら、すでに存在している多くのセックスワーカーたちの健康増進や安全向上のための現実的かつ生産的な議論を積み重ねていきたいと考えています。

『セックスワーク・スタディーズ』のねらい

ところで、本書は2017年4月・11月の計2回、SWASHと性暴力サバイバーのサポートのために活動するグループであるRC-NETとの共催で開催した「セックスワーカーのためのアドボケーター養成講座」の内容がもとになっています。この講座の企画に携わったメンバーたちは、セックスワークが労働であり、また多様なセックスワーカーたちが存在するということに加えて、「セックスワーカーたちの声をないがしろにすべきではない」という共通認識も持っていました。というのも、性風俗の問題の深刻さを訴えたりその解決を掲げる運動は、セックスワーカーたちを中心に展開されないことがしばしばだからです。さらに、そこでセックスワーカーたちは何が問題かを正しく認識することができない、あるいは認識できても声をあげることができない無力な存在として位置づけられ、運動における当事者たちの不在や周縁化が軽視されたり正当化されることさえあるからです。

これらの共通認識のもと、この講座の企画に携わったメンバーたちは何度もミーティングを重ねて意見を出し合い、セックスワーカーがより健康・安全に働ける状況を作るために必要だと思うテーマや、そのテーマにふさわしい講師たちを揃えていきました。こうして2回に渡り開催された講座の内容を踏まえ、新たに全編書き下ろされた本書には、セックスワーカー支援に取組む/取組もうとする人たちが、世間一般に性風俗の問題として見なされていることの中身を問い直すだけでなく、セックスワーカーたちがより健康・安全に働くためにはそもそも何が問題になっており、また何がその解決に資する有効な支援なのかを自ら考え、実践に役立ててほしいという思いが込められています。加えて、『セックスワーク・スタディーズ』というタイトルを冠し、またセックスワーク経験者を中心に当事者と研究者・サポーターらの共同作業によって作られた本書には、これまで「夜の世界」などと呼ばれ色物扱いされがちだった性風俗の仕事をきちんとアカデミズムの中に位置づけるだけでなく、当事者中心の研究を志向したいという思いも込められています。

本書の内容と構成

それでは、ここからは本書の見取り図として、各部の概要を紹介していきます。

まず、イントロダクションとして、日本におけるセックスワーカー当事者活動の黎明期からSWASH設立に至るまでを描いたエッセイで本書は始まります。

第1部「社会の中のセックスワーク」では、言論の場で、支援の現場で、市井の人々の意識の中で、そして法制度の中で、セックスワークやセックスワーカーがどのように捉えられてきたかを、その社会的・歴史的背景に触れながら見ていきます。

第2部「セックスワーカーの権利を守るには」では、セックスワーカーが労働者・生活者としての権利、また健康への権利の主体であることを確認した上で、国内外でどのような権利侵害が起きているのか、そうした現状をどう変えていけば良いかを考えていきます。

第3部「セックスワーカーとの関わりかた」では、さまざまな実践の現場から、支援者や表現者はセックスワーカーにどう関わっていけばいいのかを、具体例を挙げながら検討していきます。

その他に、ゲイ男性やトランスジェンダー、青少年とセックスワークとの関わりについて書かれたコラムを各部の終わりに掲載しています。

また、巻末付録として、本書に頻出する重要単語を解説した用語集や日本の性風俗年表、日本の性風俗産業の一覧表、SWASHのWEBサイトで入手可能な資料案内を掲載しています。特に、本書は性風俗産業やジェンダー・セクシュアリティについての基礎的な知識を前提にして書かれているので、分からない言葉が出てきましたら、巻末の各資料を適宜ご覧いただければと思います。

本書が、セックスワーカー支援に取組む/取組もうとする人たち、また広く性風俗の問題について考えたいと思っている方たちのお役に立てれば幸いです。

SWASH

目次

はじめに
第0章 セックスワークという言葉を獲得するまで-1990年代当事者活動のスケッチ/ブブ・ド・ラ・マドレーヌ

▼第1部 社会の中のセックスワーク
第1章 誰が問いを立てるのか-セックスワーク問題のリテラシー/要友紀子
第2章 セックスワーカーとは誰のことか-社会の想定からこぼれるワーカーたち/宇佐美翔子
第3章 なぜ「性」は語りにくいのか-近代の成り立ちとセックスワーク/山田創平
第4章 法規制は誰のためにあるのか-セックスワークをめぐる法の歴史と現在/松沢呉一
コラム トランスジェンダーとセックスワーク/畑野とまと

▼第2部 セックスワーカーの権利を守るには
第5章 性の健康と権利とは何か-権利主体としてのセックスワーカー/東優子
第6章 セックスワーカーへの暴力をどう防ぐか-各国の法体系と当事者中心のアプローチ/青山薫
第7章 どうすれば安全に働けるか-セックスワーカーの労働相談と犯罪被害/要友紀子
コラム ウリ専経営者から見える業界の今とこれから/篠原久作

▼第3部 セックスワーカーとの関わりかた
第8章 合意とは何か-性が暴力となるとき/岡田実穂
第9章 当事者とどう向きあうか-セックスワーカーと表現/げいまきまき
第10章 セックスワーカーにどう伴走するか-当事者による経験の意味づけ/宮田りりぃ
コラム 児童自立支援施設からの報告/あかたちかこ

▼付録
用語集
日本の性風俗年表
日本の性風俗産業の構成
SWASH WEB資料案内

おわりに

書誌情報など

 

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