(第0回)はしがき

悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2018.09.27

「よき法律家は悪しき隣人」。このような格言が何を意味しているのか、知っていますか?
歴史ある法格言には、法学の真髄を伝えるものが数多くあります。法格言を知ることから、法学の雰囲気に触れてみませんか?
本記事は、「法学セミナー」1984年5月号別冊付録として世に出された、柴田光蔵著『法格言ミニ辞典 法学入門への一つの試み』をWeb日本評論で復活させたものです。 なお、掲載にあたっては、適宜編集を加えています。


(不定期更新)

(本記事は、柴田光蔵『法格言ミニ辞典 法学入門への一つの試み』所収の「はしがき」の転載です。記事内の表現は、原文のまま掲載しています。)

この別冊付録で、表題が示すように、法格言を媒体として法学入門を展開できれば、というのが筆者の願いである。とりわけ、本書の主たる読者である法学部もしくは専門課程の新人諸君には、比較的なじみやすい法格言にふれることによって、法学という難物の学問の持つ独特の気むずかしい雰囲気を体で感じとってもらいたいと考えている。法格言には、数千年の歴史を持つものさえある。それぞれがそれなりに歴史の生き証人なのである。基礎法学の部門のうち、法の歴史の研究を担当するわれわれ法史家としては、法の持つ歴史性について、法学を学びはじめる人々にそれ相応の関心を持っていただきたいと願っている。その意味で、本書を、1人の法史家の手になるある種の法学入門としてうけとっていただければ幸いである。さらに、法律学を楽しみの対象として見ておられる社会人の方がたにも本書がうけいれられれば、望外のしあわせである。

ところで、本書で取り上げた格言には、やや煩雑かもしれないが、類似のものを添えておいた。要約され精選された言葉の微妙な言いまわしの違いを感じとるのも、法学を学ぶ者にとっては重要な訓練と思うからである。

また、本書の説明のなかにローマ法の話が出てくるのは、筆者の専門からみてやむをえないこととかんべんしていただくことにし、もし読者のなかに、古代ローマ法についてさらに知りたい方があれば、「法学セミナー」および「法学教室」に展開された3つのシリーズ(通算73回分)をお読みいただきたいと思っている。

本書の内容を一読されればすぐお判りのように、時間においても場所においてもはるか遠い古代ローマ法の専攻者である筆者が、なぜ現代法について強い関心を抱かなければならないのかという点については当然弁明も必要となろうが、この点については拙著『法のタテマエとホンネ――日本法文化の実相をさぐる――』(有斐閣選書)を参照していただければ幸いである(この書物は、説明の便宜上本書でもかなりひんぱんに引用することになろうし、筆者としては、本書もこの書物の延長線上に位置づけているからである)。

最後に、ここで取り上げた格言の原語の種別についてであるが、ラテン語で表現されたものがどうしても中心を占める(ただし、古代ローマ法上のものとはかぎらない。中世以降のものも相当ある)。それは、ローマ法の系列に属する大陸法(ドイツ法、フランス法)においては、教育・研究上法格言がかなり好まれてきたし、他方で、ローマ法と直接には関連しないイギリス法の格言も、圧倒的にラテン語で書かれてきたからである。

欧米人と比べると、日本人は、法一般に対するよそよそしい態度のせいか、法格言をあまり好まないようにも見うけられるが、もし法格言についてさらに興味を持たれる方があれば、以下の4冊を参照していただきたい。高梨公之著『法格言集』(評論社、1975年)、同『法律雑学のたのしみ』(自由国民社、1976年)、武市春男著『イギリスの法律格言』(国元書房、1968年)、守屋善輝編『英米法諺』(日本比較法研究所、1973年)。前二者は読み物風で、原語はあまりつけられていない。後二者は専門書風のものである(ただし、ラテン語から邦訳へと直接のうつしかえはなされておらず、邦訳は英訳を介しての間接訳のようである)。そのほか、法学セミナー誌が「法諺散歩」と題して1975年6月号から1983年4月号までの巻頭部分に連載を行なっているし、各種法律書や雑誌論文で法格言をある程度正面から取り扱った記事はおそらく現在までに1000を下らないと想像されるので、それらもあわせ参照いただきたい。

柴田光蔵

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柴田光蔵 1937年京都府生まれ。1959年京都大法学部卒業。1961年京都大学助手を経て同大学助教授。1962~64年イタリアで在外研究。1973年京都大学教授。2000年定年退官。京都大学名誉教授。京都大学法学博士。専攻はローマ法・比較法文化論・日本社会論。最近の著書に、『タテマエの法・ホンネの法(第4版)』(日本評論社、2009年)、『タテマエ・ホンネ論で法を読む』(現代人文社、2017年)などがある。