『児童発達支援・放課後等デイサービスのための発達障害支援の基本』(著:内山登紀夫)
第 1 章 発達障害とは何か:ニューロダイバーシティの観点から
はじめに
本書のねらいは、自閉症(自閉スペクトラム症、以下 ASD)を中心に発達障害(神経発達症)の理解と支援方法の基本を学ぶことです。18 歳未満の幼児・学童の話題が中心です。主に幼児・学童・思春期の子どもの支援者、具体的には児童発達支援、放課後等デイサービス(放デイ)の支援者、一般のこども園、幼稚園、保育園、小学校、特別支援学校などの教師を対象とします。本書の目的は、発達障害の支援者を対象に子どもと家族、支援者の幸福を目指すことです。
いろいろな考え方があると思いますが、こども家庭庁のメッセージでもある「こどもまんなか」(図 1-1)というのが支援に際しての私たちの考えです。「こどもまんなか」にした支援をするときに、アセスメントをとても大事にしています。それは、アセスメントがないと子どもに無理を強いてしまうからです。子どもが疲弊し、保護者も疲弊するかもしれません。
アセスメントと言うと、学校で行う検査やテストのようなイメージをもっている人がいると思いますが、その子は何ができて何ができないか、あるいは何が得意で何が苦手か、何が好きで何が嫌いか、そういったことを全部把握することがアセスメントです。それらをまったく把握せずに、みんな同じことを行うとします。例えば、みんな同じように 400 メートルの長距離を走りますよ、みんな同じご飯を食べますよ、みんな同じようにピアノを練習しますよ、といったことです。苦手なことがある子どもにも「みんなと同じ」ことができるのが当然のように見なして大人が要求すると、結果的に子どもに無理を強いるわけです。体力のある子とない子が同じ運動をすると、体力のない子は大変です。このように、アセスメントはとても大事です。
子どもの支援をするときに、子どものアセスメントを行うのは子どもの人権を守るためにも当然のことで、多くの方は納得されると思います。同時に保護者や家庭のアセスメント、地域環境や社会資源の把握もアセスメントです。こども園や幼稚園や保育園、児童発達支援センター、放課後等デイサービス、そこで子どもがどんなサポートを受けているか、それもアセスメントしていきます。私は児童精神科医という立場で親子の支援をするわけですが、例えば「保育園はどうですか? 喜んで行っていますか? それともつらいですか?」と聞くことで子どもの状態の把握をしていきます。アセスメントとは、点数をつけることではなく、子どもの個性とニーズ —— 子どもの個性は何かな? 子どもにとってどんなサポートが必要かな? ―― を把握することです。
「身体(発達特性)(Biological)」「こころ(Psychological)」「社会(Social)」(図 1-2)のバイオ・サイコ・ソーシャルモデルが、いろいろなサポートを考えるときに必要になります。「バイオ」は子どもの生物学的な身体、「サイコ」は子どものこころ、「ソーシャル」は子どもを取り巻く環境・社会です。その子はどんな特徴をもっているか、体力があるかないか、背が高いか低いか、こういった点も身体的特徴ですが、それだけではなく、本書のテーマである発達特性(発達障害の特性)は、脳に由来し、脳は身体なので、私の考えでは発達特性は「身体」つまり「バイオ」に含まれます。この身体(ここでは脳)の特徴も見ていかなければなりません。「こころ」は、発達障害であってもなくても、みんなそれぞれ多様だと思います。発達障害の場合も、子どもによってそれぞれ多様です。「こころ」を大切にするのはすべての子どもに必要なことです。発達障害の特性は脳の機能に由来するので、その「バイオ」の特性を見ていきます。彼らを取り巻く社会でどんな配慮をしたらいいのかを考えるという意味で、「社会」も視野に入れなければなりません。
ニューロダイバーシティとは
最初のテーマの一つはニューロダイバーシティ(Neurodiversity)です。昔、20 世紀全盛期はいわゆる「健常児と障害児」という言われ方がよくされました。今でもする人はいます。しかし、21 世紀、2010 年代、今は 2025 年ですが、だんだん時が経つにつれて、例えば発達障害に関して、定型、いわゆる一般的な発達と、発達障害の子どもの発達では実は重なるところが多い、これは子どもだけではなくて成人でも同じだとわかってきました。2010 年頃からはニューロダイバーシティ運動が盛んになってきて、ニューロダイバージェント(neurodivergent:神経学的多様者)、ニューロティピカル(neurotypical:神経学的典型者)と呼ばれ、重なる部分が多いとだんだんわかってきました。そういった意味では、最近になればなるほど脳科学的知見が蓄積してきて、この間の差はクリアカットで分かれるわけではなく、重なる部分が多いとわかってきました(図 1-3)。
先ほど本書が目指すものは子どもの幸福だと紹介しましたが、wellbeing や Happiness などさまざまな表現があります。今まで私は児童精神医学の臨床を 40 年近くやってきましたが、その間いろいろと考えてきたことがあります。例えば、5 歳で診た子を 40 歳まで診ていて、何が大事かなと考えると、やはりその子どもの今、例えば 3 歳なら 3 歳の子どもの今、10 歳なら 10 歳の子どもの今が、幸福であることがとても大事ではないかなと思うようになりました。特に子どもの「こころ」が幸福と感じていることはとても大切です。定型でも発達障害でも同じです。子どもの教育あるいは療育では、将来のために今を犠牲にしてしまうことが多いです。「今頑張らないと将来大変だから、頑張れ頑張れ」と無理をさせてしまいます。それは決してよくないということがだんだんとわかってきました。
いろいろな子どもがいて、学校のクラスには 10 人、20 人、30 人、大きいところでは 40 人いるかもしれません。いわゆる特別支援教育(Special Education)、このスペシャルは「特に別に分ける」の「特別」ではなくて、個々の子どもの個性や特性を尊重した教育が「特別支援教育= Special Education」だと思います。そういう意味では、すべての子どもに個性がある、障害があってもなくても、いわゆる健常と言われている子どもたちもそうです。すべての子どもがスペシャルで、子どもの家庭や地域社会の実情に応じた、個々の子どもに合わせたテーラーメイドの支援を目指すことが求められます。「集団適応」や「普通」を目指すよりも、個性豊かな子どもの個に応じた幸福を目指す支援が大事です。今までの児童発達支援や放課後等デイサービスのガイドラインを見ると、集団適応を重視していますが、本当に集団適応はそんなに大事かなと私は疑問視しています。
アタッチメント(愛着)とは
最近よく話題になるのがアタッチメント(愛着)です。多くの方が誤解していますが、アタッチメントは、実は「愛」とは関係ありません。日本語で愛着と訳されたので、愛情が関係していると思われがちですが、もともとの意味は「アタッチメント=くっつく」、「何かと何かを引っつける」というのがアタッチメントの定義です。子どもが不安なときに安心して引っつける人、安全や安心な場所の提供、これがアタッチメントです。子どもは、お母さんが保育士さんに預けようとすると嫌がってお母さんに抱きつく、もしくは、知らない人が来るとお母さんの後ろに隠れることがあります。これがアタッチメント、つまり愛着です。
ただ、発達障害の子どもの場合は、不安な場面や理由は個々の子どもの特徴によってかなり多様です。そこでアセスメントが必要になってきます。例えば子どもによっては、もの(毛布、鉄道模型、アンパンマンのおもちゃなど)がとても大事な安心して引っつけるもの、つまりアタッチメント対象であることもあります。アタッチメントについては後述しますが、アタッチメント=愛情の問題ではないということを覚えておいてください。
先ほどのバイオ・サイコ・ソーシャル(図1-2)の「社会」について考えると、保護者支援がとても大事になってきます。日本は特に母親が批判の対象にされやすい文化があると思います。母親への要求水準が高く、一部の母親が自責的になって落ち込み、疲弊することがあります。「スマホは禁止すべき」「早寝早起き朝ご飯」などと叫ばれることがありますが、そのようなスローガンを一律に推奨することは、一部の保護者にとって大きな負担になります。例えば、スマホしか遊べるものがない子ども ―― ASD の子どもでは結構います ―― からスマホを取り上げたらパニックになります。もともと早寝早起きがとても苦手なタイプの子どももいますが、その子に早寝早起きを頑張れと強要すると、毎朝無理をしなければならなくて、母親が疲弊してしまいます。だから、生物 – 心理 – 社会モデルで社会という場合、保護者や支援者だけではなくて、一般の方も、さまざまな提言をする専門家や専門家団体、メディアも社会であり、そのような社会風潮が親子に与える影響が強いので、子どもとかかわりのない人へのメッセージや啓発も必要になってきます。
子どもも大人も自分の個性が尊重される社会が大事です。発達障害の大人の人もたくさんいますし、発達障害の子どももいずれ大人になります。私はもう 40 年も臨床をしているので、患者さんは大人のほうが多いです。当時子どもだった人は大人になっていますが、大人になっても同じで、やはり安心できる環境、例えば自分のこだわりを隠さなくてもいいという環境が大事になってきます。
多様性の尊重
いろいろな立場・思想の方がいることは前提として、発達障害の支援をする場合に共有したい考え方があります。一つは、多様性の尊重(ダイバーシティ)と社会的包摂(インクルージョン)です。排除しない、多様性を尊重するということは、差別の禁止という視点からも重要です。
一般の子育て支援にも、障害支援のスキルは役立ちます。特に保育所や学校の先生方に伝えたいのは、障害のある子どものサポート方法は、実は一般の子どもにも役立つことが多いということです。発達障害の支援の歴史のなかで、子どもや大人を支援するための多様な方法が見出されましたが、それが一般の子どもや大人にも役立つことがたくさんあります。
日常の子育てや支援の場で、保護者や支援者も悩んだり苦労したりしていることがあります。この場合に支援・サポートという考えは大事だと思います。こうあらねばならないという、いわゆるお説教的な言動や「もっと愛情をかけなさい」などの言い方ではなく、日常の家庭や園、学校などでどういうふうなサポートをすればいいのか、具体的な支援を考えます。
支援の質を担保することも重要です。最近、児童発達支援や放課後等デイサービスの事業所が非常に増えてきました。残念ながら、日本にはクオリティをコントロールする公的システムがありません。今後、学校も含めて支援の質を高めていくことが課題です。
発達障害の子どもと保護者を支援する際には、障害は特別ではなく多様性の一部だと考えることが大事です。発達障害とアタッチメントの課題がある子どもも含めた、すべての子どもへの支援が必要になります。アタッチメントが課題になることはたくさんあります。母親の問題というよりは、学校や保育園など社会全体の問題で、要するに対人関係がある場面すべてでアタッチメントの問題は生じるので、そういったアタッチメントの課題がある子どもも含めたすべての子どもを支援します。
障害分野の知見は、すべての子どもとその支援者に活用できます。具体的な方法については追々触れますが、総論的なことを少しだけ解説したいと思います。具体的には、まず子どもの支援は「構造化」、たくさん情報があると混乱しやすいので、わかりやすく、不安のない環境設定をしましょう。穏やかでポジティブに接しましょう。多様性があるということは、みんな同じではなくていいということで、個々の子どもに合わせたプログラムを推奨します。例えば、「絵本の読み聞かせ」についても、本が好きな子どもには本の読み聞かせを、動画が好きな子は動画でもいいよ、といろいろバリエーションを考えます。集団適応を強要しません。支援者や保護者が安定していないといいサポートができないので、支援者・保護者のストレスコントロール方法を提唱していきます。
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