(第22回)3 人の遺伝的親をもつ子ども:卵子のミトコンドリアをドナーのもので置き換える

ヒトの性の生物学(麻生一枝)| 2025.06.16
LGBTQ,少子高齢化,男女共同参画など,議論の的となっている社会テーマの多くは,ヒトの性と関係しています.「自分がどのようにして (how),自分になったのか」を知ることは,性的マイノリティの自己の確立に大きく影響し,また,年齢に伴う卵子や精子の老化は,私たちがどのようにキャリア形成とプライベートな生活 (結婚や家庭をもつなど) を両立していくかを考える上で,避けては通れない生物学的事実です.しかし現実には,様々な議論が,生物学抜きで,あるいは生物学の誤った解釈の下におこなわれており,責任ある立場の人々の誤った言説もあとを絶ちません.
このシリーズでは,私たちの人生に密接に関係する「ヒトの性に関する生物学的知見」を紹介していきます.

(毎月中旬更新予定)

その安全性に全く問題がないとは言えないが[1]、体外受精・顕微授精・胚移植は、今や通常の生殖補助医療となったようだ。また、子宮移植も、スウェーデンなど十数か国ですでに実施され、日本でも 2021 年、日本医学会の検討委員会が「症例数を少数に限定して、臨床研究として実施することを容認すること」とした[2]。そして、早くも慶応大学チームが実施に向けて動き出している[3][4]

しかし、「不妊で苦しんでいる方に福音を」「子どもを諦めていた方にも希望を」という謳い文句のもとに行われている生殖医療分野の研究はこれだけではない。学術誌には報告されているものの、倫理的・社会的に大きな波紋を呼びそうな研究、場合によっては倫理的にかなり危うい紙一重の研究が、広く一般に知られることなく進行している。今回からはじまる数回では、この辺の話をしていこう。

第 1 回目の今回は、ミトコンドリア置換という技術である。「3 人の遺伝子持つ子供誕生」[5]といった見出しで新聞に載ったこともあるので、ご存じの方もいることだろう。

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麻生一枝 サイエンスライター,成蹊大学非常勤講師. お茶の水女子大学理学部数学科卒業,オレゴン州立大学動物学科卒業,プエルトリコ大学海洋生物学修士,ハワイ大学動物学Ph.D. (研究テーマは魚類の性分化・性転換).「健全な科学研究における統計学や実験デザインの重要性」「ジェンダー研究における生物学の重要性」という 2 つのテーマで活動してきている.著訳書に『科学でわかる男と女になるしくみ』(SBクリエイティブ),『生命科学の実験デザイン』(共訳,名古屋大学出版会),『科学者をまどわす魔法の数字,インパクト・ファクターの正体---誤用の悪影響と賢い使い方を考える』(日本評論社),『データを疑う力』(東京図書出版) など.