『三淵嘉子と家庭裁判所』(編著:清永聡)

一冊散策| 2023.12.14
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

刊行にあたって

世界経済フォーラム(WEF)が毎年公表する、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数で、令和5(2023)年の日本の総合スコアは「0.647」、146か国中125位でした(「0」は完全不平等、「1」は完全平等を示します)。先進国の中では最低レベルの水準です。

定価:税込 1,320円 (本体価格 1,200円)

日本においてジェンダー・ギャップを解消し、女性が差別なく働くことが可能な社会を実現することは、今なおこの国全体の課題といえるのではないでしょうか。

さて遡って、昭和4(1929)年、現代とは異なり女性が法律家になることが制度上不可能だった時代に、現在の明治大学が女子部を開設し、その門戸は開かれました。

それから約10年後の昭和15(1940)年、日本初の女性法曹、3人の弁護士が誕生しました。三淵嘉子さん、中田正子さん、久米愛さんです。今から83年も前のことです。

それは、公然とした女性差別が存在し、女性に対する職業的制限があった戦前の日本社会では、画期的な出来事でした。

3人の中でもとりわけ、戦後、裁判官になり、昭和24(1949)年に発足した家庭裁判所の設立にも関わって、女性初の家庭裁判所の所長となった三淵嘉子さんは、女性が社会的に活躍できる道を切り開いた方でした。

「女性初の弁護士」、「女性初の判事」、そして「女性初の裁判所長」と称される三淵さんご本人の生き様と法律家としての功績を知っていただくとともに、時代の先駆者、三淵さんの足跡から、現代の社会が求めるものを感じとっていただきたいと願っています。

三淵嘉子と家庭裁判所の時代(第1部 三淵嘉子 評伝)(清永聡)

はじめに

「ああ、三淵嘉子さん!」

一定の世代を超える裁判所のOBには、今も男女問わず「三淵ファン」がいる。

彼女の名前を出すと、ぱっと若き日の笑顔に戻る。

「どんな方でしたか」

「すてきな人でした」「その場に花が咲いたような」「声がきれいな」「少年審判のプロフェッショナル」「尊敬する裁判官」……。

元裁判官だけでなく、調査官や書記官と幅広い。多くの人に好かれ、頼りにされる存在だったことがわかる。

昭和13(1938)年に三淵嘉子は中田正子、久米愛とともに女性として初めて当時の〝司法試験〟に合格した。戦前は弁護士に、戦後は裁判官になる。昭和24(1949)年に発足した家庭裁判所の設立にも関わった。昭和40年代には急増する少年事件に向き合い、少年法を守ることにも力を尽くした。

私は平成30(2018)年に家庭裁判所の歴史をまとめた『家庭裁判所物語』を出版した。この本は最初、三淵嘉子の評伝として計画した。彼女を通じて家庭裁判所の歴史を描こうと考えていた。彼女と親交のあった方々を取材したが、ほとんどの方が喜んで、彼女との思い出を語ってくれた。

さらに、実子である和田芳武と、末弟の武藤泰夫の両氏には、平成28(2016)年から出版後まで数年にわたって取材し、これまで活字になっていなかったエピソードを、いくつも聞かせてもらうことができた。

それでも、家庭裁判所が創設された昭和20年代、彼女はまだ若手だった。彼女一人で家裁の歴史をすべて語ることは難しい。私の手元には、書き込めなかった三淵嘉子に関する証言録や資料が数多く残された。

特に実子の和田芳武と末弟の武藤泰夫は、数年前相次いで亡くなり、今では新たな証言を得ることはできない。そこで今回、取材で得た証言や資料から、あらためて嘉子の生涯を追っていくことにする。

三淵嘉子には「女性初の弁護士」「女性初の判事」「女性初の裁判所長」など、歩けば「初」の称号が後から付いてくる、そのような生涯だった。

結果だけ辿れば、華やかな道に見える。

だが戦前は公然とした女性差別があった。法律でも結婚した女性は「無能力者」とみなされていた。特に司法は明治以来長く男が独占する世界だった。

その山に分け入り、道を切り開いていった人生である。それは決して軽やかな歩みではない。戦争で最初の夫や弟を失い、働きながら長く一人で子を育ててきた。肉親を養う必要にも迫られた。

何より生涯、第一走者を務める重圧は、大きかったろう。実子の和田芳武に言わせると、「闘い続けた人生」であるという。

そして裁判官として通算16年間も家庭裁判所で働いた。彼女自身が語ったところによれば、実に5000人を超え非行少年や少女と審判で向き合っている。

本稿は三淵嘉子の生きた時代と、彼女が果たした役割を伝える必要な範囲で『家庭裁判所物語』で紹介した証言や一部表現が、重複することをお許しいただきたい。

彼女には生涯で3つの姓があった。旧姓の武藤、最初の結婚後の和田、そして再婚後の後半生で使われた三淵。本書では混乱を避けるため名前の「嘉子」で紹介する。このほか存命の方を含め敬称は略した。引用文献は末尾に一括したほか、引用にあたっては、一部を除き旧字を新字にあらため、一部の漢字を変更あるいは平仮名にした。また読みやすくするため、文意を変えない範囲で句読点をつけた。

▼続きは本書でご覧ください!

目次

  • 第1部 三淵嘉子 評伝

三淵嘉子と家庭裁判所の時代……清永聡

  • 第2部 三淵嘉子ゆかりの人々……清永聡

1 宇田川潤四郎 「家庭裁判所の父」 天真爛漫な初代最高裁家庭局長
2 内藤頼博 リベラリストな「殿様判事」 家庭裁判所創設のキーパーソン
3 久米 愛 日本初の女性法曹のひとり 女性の権利擁護で活躍
4 中田正子 日本初の女性法曹のひとり 女性初の弁護士会会長
5 野田愛子 家庭裁判所での「姉妹」 女性初の高等裁判所長官

  • 第3部 三淵嘉子を語る

1 父であり母であった「とと姉ちゃん」(インタビュー)
……武藤泰夫(三淵嘉子実弟)・清永聡(聞き手)
2 東京家裁時代の三淵嘉子さん(インタビュー)……鈴木経夫・編集部(聞き手)
3 三淵嘉子裁判官の基本的視座を学ぶ――憲法理念と家庭裁判所司法……若林昌子
4 三淵嘉子さん 強さと優しさと……荒井史男
5 翼を得て……佐賀千惠美

  • 第4部 家庭裁判所発足の頃

1 座談会「家裁発足当時の思い出」について……清永聡
2 座談会「家裁発足当時の思い出」
……市川四郎・沼邊愛一・三淵嘉子・柏木千秋・内藤文質・外山四郎・森田宗一・
皆川邦彦・栗原平八郎・ 山田博・奥山興悦・長谷川知賢
3 解説・昭和57(1982)年の座談会について……奥山興悦

  • 三淵嘉子略年譜

書誌情報など

関連書籍

【同時刊行!】

佐賀千惠美 著『三淵嘉子・中田正子・久米愛 日本初の女性法律家たち』(日本評論社、2023年)

 

 

清永 聡 著『家庭裁判所物語』(日本評論社、2018年)