『ルベーグ積分講義—ルベーグ積分と面積 0 の不思議な図形たち(改訂版)』(著:新井仁之)

一冊散策| 2023.05.17
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

改訂版 はじめに

ルベーグ測度,ルベーグ積分の教科書は数多く出版されており,本のスタイルも専門書レベルのものから,学習参考書のようなものまで多種多様です.そのような出版物の中で本書の持つ特色は,面積に関する素朴な疑問からルベーグ測度の思想的基盤に光をあて,ユークリッド空間の幾何的な議論を積み重ねることによりルベーグ測度・ルベーグ積分の理論をボトムアップに解説していることです.

この方針とは対極的なものとしては,抽象的測度論・抽象的積分論を機軸にしたものがあります.こちらは必要なものを抽象化し,ある意味洗練されたスタイルを保持しながら具体例としてルベーグ測度などを扱います.抽象論はいろいろな設定に適用可能で,汎用性が高いという大きなメリットがあります.しかし,その一方で,抽象論だけでは古典的な解析学の深い世界に立ち入ることは易しくありません.抽象的な解析学は,一時期,現代解析学,あるいはソフトアナリシスと呼ばれることがありました.これに対して抽象論では解決できず,深い解析を必要とする古典的な解析学はしばしばハードアナリシスと呼ばれています.ハードアナリシスのセンスは後から身に付けることがなかなか難しく,解析学を学ぶ初期の段階で親しんでおくことが推奨されます.本書ではユークリッド空間における集合の幾何的な考察に根ざした議論を積み重ねることにより,初学者にハードアナリシスの素地を身に付けてもらうということも意図しています.これはより進んだ実解析学の学習の準備ともなります.ハードアナリシスのセンスは偏微分方程式論,調和解析などでは有用なものです.

ところで抽象的な測度論・積分論は,古典的な理論とほとんど形式的に並行している部分も多く (そうではない重要なものも数多くありますが) ,本書では主に並行している部分の解説もしました.これは抽象的測度論・積分論への導入になるはずです.さらに確率論とのつながりについても触れました.

本書の内容は大きく三つの部分に分けられます.第一の部分では筆者自身がルベーグ測度とはどのようなものかを詳しく検討した結果をもとに,ルベーグ測度の仕組みを丁寧に解説しました.また,古典的実解析の素養を学べるように,ユークリッド空間の幾何に重点をおいた理論展開をしています.特にユークリッド空間の 2 進分解を初期の段階で導入してあります.ユークリッド空間の 2 進分解は現代の調和解析でも重要な役割を果たしています.

第二の部分ではルベーグ積分を学びます.ルベーグ積分の基本的な収束定理を学んだ後,フーリエ解析,偏微分方程式論などで使われるルベーグ積分に関する定理を多数解説しました.たとえば,積分と微分の交換定理,合成積 (たたみ込み積),$L^p\ (1\le p<\infty)$ に属する関数のコンパクト台をもつ $C^\infty$ 関数による $L^p$ 近似,$C^1$ 級微分同相写像による変数変換の公式 etc. などを丁寧に解説してあります.

そして最後の部分は,ルベーグ測度では解析できない図形 — 本書の副題にもなっている測度 0 の図形 — について解説します.そしてハウスドルフ測度やフラクタル幾何の基礎に立ち入ります.また,さらにユークリッド空間の図形の解析から離れて,確率論の世界につながる道も示します.ここでは,無限次元空間における測度が登場します.

このように本書は抽象論も見据えつつ,ユークリッド空間上の解析学に力点を置いてあります.繰り返しになりますが,本書では抽象的な数学では培うことが難しい古典的な実解析学の基本的な素地の一端も学ぶことができるでしょう.

今回の改訂内容について,主だったものを記しておきます.まず初版の考え方とストーリーはほぼ残してあります.これについてはこの「改訂版 はじめに」の末尾に掲載してある初版の「はじめに」をご覧ください.改訂したのは主に本の後半です.まずフーリエ解析や偏微分方程式論などでよく使われる有用な事項の解説を前面に押し出すように補充しました.主なものを挙げますと,初版では付録として扱っていた次の項目を大幅に書き改め本文の中に組み入れました.また証明も (微積分・線形代数の基礎知識は仮定するものの) より self-contained なものにしました.

  1. $L^p$ 関数の $C^\infty_c$ 関数による $L^p$ ノルム近似,
  2. 微分同相写像によるルベーグ積分の変数変換の公式,
  3. 抽象的な測度と積分.

特に抽象的な測度については,抽象的外測度からの測度の構成と確率論への応用など,確率論への橋渡しもしました.

なお本書が入門書であることを鑑みて,改訂にあたっては掛谷問題に関する専門に特化したいくつかの事項の解説を省きました.その分,上に述べたようなルベーグ積分に関する重要事項を盛り込みました.

そのほか,詳しくは述べませんが,証明を大幅に変えたところ,解説等を補充した箇所も複数あります.

【講義動画について】

最後に今回の改訂版のもう一つの大きな特徴を述べておきます.それは筆者による講義動画と連動している部分があることです.本書を理解するための補助となる解説や本書で触れなかった話題が学べます.本を読むだけでなく,実際の講義をオンデマンド講義の形で視聴することにより,本書の内容の理解の助けになると思います.本書と併せてご視聴ください.解説動画については,関連する動画のある章の章末に動画の URL を記してあります.また全体的な動画のリストは次の URL をご覧ください.

  1. 補助解説動画リスト (全体) 
  2. なお本書に関する補足・訂正等はhttp://www.araiweb.matrix.jp/LebesgueRev.htmlに適宜載せていきます.

今回の改訂版の刊行について,日本評論社の佐藤大器さんにはいろいろとお世話になりましたことを感謝します.

2023 年 3 月

新井仁之

目次

  • 第1部 面積とは何か
    • 第1章 素朴な面積の理論(ルベーグ以前)
      • 1.1 ジョルダンによる面積の定義
      • 1.2 ジョルダンの意味で面積が測定できない図形
    • 第2章 ルベーグの意味の面積
      • 2.1 有限の世界と無限の世界
      • 2.2 ルベーグによる面積の定義
    • 第3章 面積を測定できる図形とルベーグ測度
      • 3.1 ルベーグ測度の完全加法性
      • 3.2 どのような図形がルベーグ可測か
      • 3.3 外測度が ∞の 図形のルベーグ可測性について
    • 第4章 ルベーグ測度の代数的および幾何的性質
      • 4.1 ルベーグ可測集合族の代数と等測包
      • 4.2 ルベーグ測度の平行移動と回転不変性について
    • 第5章 カラテオドリによるルベーグ可測性の特徴づけ
    • 第6章 d 次元ルベーグ測度
  • 第2部 ルベーグ積分
    • 第7章 ルベーグ可測関数
      • 7.1 ルベーグ可測関数の定義と性質
      • 7.2 可測関数の単関数による近似
    • 第8章 ルベーグ積分
      • 8.1 ルベーグ積分の定義
      • 8.2 「ほとんどすべての点で成り立つ」という考え方
  • 第3部 ルベーグ積分の重要な定理
    • 第9章 ルベーグの収束定理
      • 9.1 概収束
      • 9.2 ルベーグの収束定理
      • 9.3 ルベーグ積分とリーマン積分
      • 9.4 積分と微分記号の交換について
    • 第10章 ルベーグ積分と L^p 空間
      • 10.1 L^p 不等式
      • 10.2 バナッハ空間と L^p 空間
    • 第11章 フビニの定理とその応用例
      • 11.1 フビニの定理
      • 11.2 フビニの定理の応用例
    • 第12章 L^p 関数の C^∞ 級関数による近似とその応用
    • 第13章 ルベーグ積分の変数変換の公式
      • 13.1 微分同相写像と写像の微分
      • 13.2 ルベーグ積分に関する変数変換の公式
      • 13.3 補題の証明の準備
      • 13.4 補題 13.4 の証明
      • 13.5 変数変換の公式の証明(近似理論を駆使)
  • 第4部 ルベーグ測度0の不思議な図形とハウスドルフ次元
    • 第14章 無視できない測度 0 の図形—カントル集合
      • 14.1 カントル集合
      • 14.2 カントルの悪魔の階段
      • 14.3 正方形を埋め尽くすほとんどいたるところ微分可能な曲線
    • 第15章 不思議な測度 0 の図形—ベシコヴィッチ集合
      • 15.1 ベシコヴィッチ集合と実解析学
      • 15.2 ペロンの木によるベシコヴィッチ集合の構成
    • 第16章 ハウスドルフ測度
      • 16.1 曲線の長さ
      • 16.2 曲線の長さを測定できる 1 次元ハウスドルフ測度
      • 16.3 1 次元ハウスドルフ測度では測れない曲線
      • 16.4 s 次元ハウスドルフ外測度
      • 16.5 R^d 上の s 次元ハウスドルフ外測度
    • 第17章 ハウスドルフ次元
      • 17.1 ハウスドルフ次元
      • 17.2 さまざまな図形のハウスドルフ次元
      • 17.3 定理 17.6 の証明
      • 17.4 掛谷集合と掛谷予想
    • 第18章 抽象的な測度と積分
      • 18.1 σ-集合体と抽象的測度
      • 18.2 積分の定義
      • 18.3 ルベーグの収束定理
      • 18.4 測度を作る――抽象的外測度を使った構成
      • 18.5 ホップの拡張定理と確率分布関数への応用
      • 18.6 測度論的な確率論
  • 付録
    • 付録A 実数の基本的な性質
      • A.1 数列の収束
      • A.2 上限と下限
    • 付録B 有界閉集合
    • 付録C p 進小数
    • 付録D 可算集合,非可算集合,カントルの定理
    • 付録E 図形の収束—ハウスドルフ収束
    • 付録F ジョルダン可測性の定義について
  • 問題の解答

書誌情報など

関連情報