『憲法Ⅰ[第2版]』(著:渡辺康行、宍戸常寿、松本和彦、工藤達朗)

一冊散策| 2023.04.24
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

第2版 はしがき

定価:税込 3,630円(本体価格 3,300円)

本書は、基本権=憲法上の権利に関する全く新しい構想の体系書を世に問う試みだった。そこには当然に大きな不安と多少の自信があったのだが、本書は幸いにして多くの読者を得るとともに、学界にも一石を投ずることができた。本書初版公刊後今日までの7年の間に、社会では新型コロナウイルス感染症の流行のような、予想もしなかった出来事が起こった。またこの間、重要な新法令の制定や改正があり、新たな判例・裁判例も多数現れた。さらに2020年には、本書の続編である『憲法Ⅱ 総論・統治』を公刊できたため、同書との関連について記載する必要も生じた。憲法学の発展は目覚ましく、われわれの学問も、わずかではあれ深まってきた。こうした諸事情を考慮して、この度初版の叙述を全面的に見直し、第2版として公刊することとした。

改版にあたっては約1年の間に数回の検討会をもち、お互いの執筆部分について綿密な意見交換を行ってきた。この過程を通じて、執筆者各自の学問的な個性と本書全体の統一性とのバランスが、最適化されてきたように思われる。またその際には、読者の方々からいただいたご意見なども参考にさせていただいた。本書のさらなる改善に向けて、今後ともご指摘を賜りたい。日本評論社第一編集部の室橋真利子さんからは、編集会議の設営から原稿の整理に至るまで、大変に献身的なご支援をいただいた。深く感謝申し上げたい。

2023年2月
著者一同

はしがき

日本国憲法に関する概説書・体系書は、枚挙に暇がないほど存在する。そのなかで新たな著作を公刊するには、屋上屋を架すことにならないような配慮を必要とする。本書は、それなりの準備の産物であり、基本権=憲法上の権利に関する現在の憲法学の状況を、国家試験などの受験を意識する学生をはじめとして、憲法に関心をもつ広い読者にわかりやすい形で伝え、確実な知識と知的刺激を与えることができるものとなっているはずである。

本書の第1の特色は、判例を重視していることである。これまでの概説書は、どちらかといえば学説の解説に比重を置いていた。しかし、最高裁70年の歴史のなかで、憲法判例は既に相当程度蓄積され、その内容もずいぶんと深化している。また、法科大学院設立後の憲法学は、研究・教育の両面において、判例動向の正確な把握を重視するようになってきている。そこで本書は、そうした成果を踏まえつつ、判例を詳しく紹介して丁寧に読み解き、憲法が裁判上どのように解釈・適用されてきたのかを示そうと努めている。

現在の憲法学では、判例を整理・分析する手法についても新しい発想が登場している。憲法上の権利に関して、保護領域該当性・制限の有無・制限の正当化という、三つの段階を踏んで合憲性審査を行うべきだという提言である。本書の第2の特色は、この三段階審査の手法を全面的に活用して基本権に関する判例を位置づけた上で、批判すべきは批判し、評価すべきは評価しようとしていることにある。

三段階審査は基本的に防御権に関わる合憲性審査に用いられるものであるが、日本国憲法には、防御権以外にも、政教分離規定のような客観的法規範や、被疑者・被告人の権利のような手続的権利、あるいは財産権・生存権・選挙権・裁判を受ける権利など、その具体的内容や行使方法が立法者による制度形成に依存する権利が含まれる。そうした規定に関わる合憲性審査の手法は、極めて重要な課題であるにもかかわらず、学説上も未だ確立されていない。本書は、萌芽を示す判例を手がかりとしながら、そのような領域における審査手法を開拓しようとしている。これが本書の第3の特色であり、他書よりもこの領域に関する叙述が手厚いのは、このための苦心の現れである。

以上のような特色をもつ本格的な教科書を出版する機が熟した、という共通の問題意識を抱いていた執筆者が集まり本書の企画が始まったのは、2009年3月のことだった。それから20数回の編集会議を重ね、お互いの草稿を立ち入って検討し合ってきた。この過程は大変有益なものだった。もちろん各章は最終的には執筆者の責任で書かれているため、分担は明記している。

本書の第1章から第4章までが基本権総論に当たり、第5章から第20章までが各論である。総論と各論を一体化して読むことができるように、クロスリファレンスを充実させた。とりわけ第3章と第4章は、他書にはない叙述であるため、難解に感じる読者もいるかもしれない。関係する各論の記述と往復しながら読んでいただきたい。なお本書で扱う法令・判例は、原則として2015年末を基準としている。

本書が完成するまでには、執筆者が勤務する各大学法学部・法科大学院などの学生との授業内外での対話から、多くの示唆を得ている。また日本評論社第一編集部の田中早苗さんには、万事について大変お世話になった。感謝を申し上げたい。憲法学は、基本権と総論・統治とが両輪である。姉妹編の『憲法Ⅱ』では後者を扱う。

2016年3月
著者一同

第3章「三段階審査の手法」の試し読みは、こちらから

目 次

第2版 はしがき
はしがき

Ⅰ 基本権総論

  • 第1章 人権と基本権
    • 第1節 「基本権」と「基本的人権」
      • 1 実定法と自然法
      • 2 日本国憲法と「基本的人権」
      • 3 基本的人権の誕生
      • 4 基本的人権の伝播と国家化
      • 5 基本的人権の社会化―社会権の登場
      • 6 基本的人権の国際化
      • 7 日本国憲法における「人権」と「基本権」
    • 第2節 基本権と基本権規範
      • 1 基本権規範の内容
      • 2 基本権の分類
      • 3 客観的法規範
      • 4 制度的保障
      • 5 基本義務
  • 第2章 基本権の主体と範囲
    • 第1節 基本権の主体
      • 1 総 説
      • 2 国民個人
      • 3 外国人
      • 4 法人および団体
    • 第2節 基本権の範囲
      • 1 一般的な基本権関係
      • 2 特別の公法上の法関係
      • 3 私人間における基本権の効力
  • 第3章 三段階審査の手法
    • 第1節 総 説
      • 1 基本権の名宛人としての国家
      • 2 原則・例外図式
      • 3 三段階審査(保護領域・制限・正当化)
    • 第2節 基本権の保護領域と基本権制限
      • 1 基本権の保護領域
      • 2 基本権制限
    • 第3節 制限の正当化
      • 1 法律の留保原則
      • 2 公共の福祉
      • 3 比較衡量の手法と目的・手段の図式
      • 4 審査基準と審査密度
      • 5 二重の基準
  • 第4章 三段階審査以外の審査手法
    • 第1節 総 説
    • 第2節 立法裁量に関するさまざまな審査手法
      • 1 概 説
      • 2 法の下の平等
      • 3 時の経過(事情の変化)
      • 4 立法者の首尾一貫性
      • 5 ベースライン論
      • 6 制度後退禁止原則?
      • 7 違憲審査活性化の端緒としての判断過程審査
    • 第3節 基本権と行政裁量審査
      • 1 概 説
      • 2 憲法事件における行政裁量審査の古典的態度
      • 3 判断過程審査の導入
      • 4 比例原則審査の導入
    • 第4節 比較衡量
      • 1 概 説
      • 2 基本権法益と公益の衡量
      • 3 基本権法益相互の衡量

Ⅱ 基本権各論

  • 第5章 包括的基本権
    • 第1節 総 説
      • 1 明文根拠のない基本権の存在
      • 2 明文根拠のない基本権の範囲
    • 第2節 個人の尊厳
    • 第3節 生命・自由および幸福追求に対する国民の権利
      • 1 生命・身体の権利
      • 2 人格権
      • 3 パブリシティの権利
      • 4 プライバシー権
      • 5 環境権
      • 6 自己決定権
      • 7 契約の自由
      • 8 参政権
      • 9 その他
    • 第4節 一般的行為自由保障の意義
  • 第6章 法の下の平等
    • 第1節 総 説
      • 1 形式的平等と実質的平等・機会の平等と結果の平等
      • 2 絶対的平等と相対的平等
    • 第2節 日本国憲法が定める平等保障
      • 1 概 説
      • 2 平等原則と平等権
      • 3 憲法14条1項後段列挙事項の意味
    • 第3節 平等原則(平等権)適合性審査の基本型
      • 1 二段階審査
      • 2 比較の対象
      • 3 憲法14条1項の妥当(適用)範囲
      • 4 別異取扱いの正当化審査
    • 第4節 判例における別異取扱いに関する正当化審査の展開
      • 1 概 説
      • 2 「政策的、技術的」な裁量判断の尊重
      • 3 制度構築に関する裁量判断の尊重
    • 第5節 別異取扱いの正当化審査における立法裁量を枠づける諸手法
      • 1 概 説
      • 2 典型としての国籍法違憲判決
      • 3 立法者の自己拘束の論理
      • 4 「時の経過」
      • 5 判断過程審査から立法者の努力の審査へ
    • 第6節 平等原則違反の場合の救済方法
      • 1 概 説
      • 2 裁判上の救済の限界論
      • 3 裁判所による直接的救済(合憲補充解釈)
      • 4 判決の効力の不遡及
  • 第7章 思想・良心の自由
    • 第1節 総 説
    • 第2節 保護領域
      • 1 思想と良心
      • 2 狭義説・広義説・最広義説
      • 3 思想・良心に基づく外部的行為
      • 4 沈黙の自由
      • 5 思想・良心を形成する自由
    • 第3節 制限(制約)
      • 1 制約の類型
      • 2 制約がないとされた事例
      • 3 間接的制約があるとされた事例
    • 第4節 正当化
    • 第5節 思想・良心の自由と行政裁量審査
  • 第8章 信教の自由と政教分離原則
    • 第1節 総 説
    • 第2節 信教の自由と三段階審査
      • 1 信教の自由の保護領域
      • 2 信教の自由に対する制限(制約)
      • 3 信教の自由に対する制約の正当化
    • 第3節 信教を理由とする一般的法義務の免除の可否
      • 1 「平等取扱説」的な判決例
      • 2 「義務免除説」的な判決例
      • 3 義務違反に対する不利益措置に関する行政裁量の審査
    • 第4節 政教分離原則と二段階審査の手法
      • 1 政教関係の三類型
      • 2 政教分離規定の法的性格
      • 3 政教分離規定の内容
      • 4 政教分離規定に関する二段階審査と「かかわり合い」の審査
    • 第5節 「かかわり合い」が「相当とされる限度を超えるものか」の審査と政教分離事件の諸類型
      • 1 「かかわり合い」が「相当とされる限度を超えるものか」の審査
      • 2 政教分離関係事件の諸類型
      • 3 政教分離事例の類型論と「かかわり合い」が「相当とされる限度を超えるものか」の審査
      • 4 政教分離裁判と「宗教的人格権」
    • 第6節 政教分離原則と信教の自由の「緊張関係」
      • 1 最高裁判例の原点
      • 2 最高裁判例の展開
  • 第9章 学問の自由
    • 第1節 総 説
    • 第2節 権利としての学問の自由
      • 1 学問の自由の保護領域
      • 2 学問の自由の制限と正当化
    • 第3節 大学の自治
      • 1 学問の自由と大学の自治
      • 2 大学の自治の外部関係と内部関係
      • 3 大学の自治の内容
  • 第10章 表現の自由
    • 第1節 総 説
      • 1 表現の自由の保障の意義
      • 2 表現の自由の保障の体系
    • 第2節 表現の自由
      • 1 保護領域
      • 2 制 限
      • 3 正当化
    • 第3節 知る権利
      • 1 情報を受領する自由
      • 2 情報公開請求権
      • 3 アクセス権
    • 第4節 報道・取材の自由
      • 1 報道の自由
      • 2 取材の自由
    • 第5節 放送の自由
      • 1 放送の規律根拠
      • 2 放送制度
    • 第6節 通信の秘密およびインターネット上の表現の自由
      • 1 通信の秘密
      • 2 インターネット上の表現の自由
  • 第11章 集会・結社の自由
    • 第1節 総 説
      • 1 意 義
      • 2 集会・結社の自由と表現の自由
    • 第2節 集会の自由
      • 1 保護領域
      • 2 制限と正当化
    • 第3節 集団行動の自由
      • 1 保護領域
      • 2 制限と正当化
    • 第4節 結社の自由
      • 1 保護領域
      • 2 制限と正当化
      • 3 政 党
  • 第12章 手続的権利と人身の自由
    • 第1節 手続的権利総説
      • 1 実体的権利と手続的権利
      • 2 手続の法定と適正/実体の法定と適正
      • 3 手続の法定の意味
      • 4 包括的手続的権利と個別的手続的権利
      • 5 刑事手続と非刑事手続(特に行政手続)
      • 6 手続違法の効果と救済
    • 第2節 手続的権利各説
      • 1 身体の拘束に対する手続保障
      • 2 侵入・捜索・押収に対する手続保障
      • 3 拷問および残虐な刑罰の禁止
      • 4 公平な裁判所の迅速な公開裁判の保障
      • 5 証人の審問および喚問に対する手続保障
      • 6 弁護人依頼権の保障
      • 7 自白に対する手続保障
      • 8 遡及処罰および二重の危険の禁止
      • 9 一般的な適正手続の保障
    • 第3節 人身の自由
      • 1 憲法13条
      • 2 憲法18条
      • 3 憲法22条
  • 第13章 職業の自由
    • 第1節 総 説
      • 1 保障の趣旨
      • 2 「営業の自由」の位置づけ
    • 第2節 保護領域
      • 1 職業選択の自由
      • 2 職業遂行の自由
      • 3 企業の営業の自由
    • 第3節 制 限
      • 1 職業選択の自由の制限
      • 2 職業遂行の自由の制限
      • 3 職業の自由の間接的・付随的制約
    • 第4節 正当化
      • 1 形式的正当化
      • 2 実質的正当化―公共の福祉
      • 3 比較衡量と立法裁量
      • 4 規制目的二分論
      • 5 判例法理の再構成と検討
      • 第14章 財産権
    • 第1節 総 説
      • 1 沿 革
      • 2 憲法29条の構造
      • 3 財産権保障の体系
    • 第2節 財産権の内容形成とその統制
      • 1 立法による財産権の内容形成
      • 2 内容形成の限界(1)―「公共の福祉」
      • 3 内容形成の限界(2)―法制度としての財産権保障
    • 第3節 既得の財産的権利の保障
      • 1 保護領域
      • 2 制 限
      • 3 正当化
    • 第4節 損失補償
      • 1 制度趣旨
      • 2 補償の要否
      • 3 「正当な補償」
      • 4 直接憲法に基づく補償の請求
  • 第15章 生存権
    • 第1節 総 説
      • 1 生存権規定の法的性格
      • 2 憲法25条1項と2項の関係
      • 3 社会福祉・社会保障・公衆衛生
    • 第2節 生存権の権利内容
      • 1 生存権の主体
      • 2 生存権の内容
      • 3 給付請求権としての生存権
      • 4 防御権としての生存権
      • 5 制度後退禁止原則と審査方法
      • 6 生存権訴訟の類型
    • 第3節 環境権
  • 第16章 教育を受ける権利
    • 第1節 総 説
    • 第2節 教育を受ける権利
      • 1 教育を受ける権利の主体
      • 2 教育を受ける権利の内容
      • 3 教育内容決定権の所在
    • 第3節 義務教育の無償
  • 第17章 労働権・労働基本権
    • 第1節 勤労の権利
      • 1 労働権
      • 2 労働条件の法定
      • 3 児童酷使の禁止
    • 第2節 労働基本権
      • 1 労働基本権の意義
      • 2 労働基本権の主体
      • 3 労働基本権の法的性格
      • 4 団結権
      • 5 団体交渉権
      • 6 団体行動権
      • 7 公務員の労働基本権
  • 第18章 参政権
    • 第1節 総 説
    • 第2節 選挙権
      • 1 選挙権の法的性格
      • 2 選挙権への制限という構成
      • 3 在外日本人選挙権判決の射程
      • 4 選挙権を行使する機会の保障
      • 5 判例動向の基礎にある思考
    • 第3節 被選挙権(立候補の自由)
      • 1 憲法上の根拠
      • 2 被選挙権の制限と正当化
    • 第4節 選挙運動の自由
      • 1 選挙の基本原則
      • 2 憲法上の基礎と権利の性質
      • 3 選挙運動の自由に対する規制とその合憲性審査の手法
    • 第5節 請願権
      • 1 概 説
      • 2 請願権の法的性格
      • 3 現行法上の請願制度とその利用・運用状況
  • 第19章 国務請求権
    • 第1節 総 説
    • 第2節 裁判を受ける権利
      • 1 概 説
      • 2 出訴の権利
      • 3 法律上正当な管轄権をもつ裁判所の裁判を受ける権利
      • 4 上訴の権利
      • 5 適正な手続の裁判を受ける権利
      • 6 実効的権利救済を求める権利
    • 第3節 国家賠償請求権
      • 1 概 説
      • 2 国家賠償請求権の法的性格
      • 3 国家賠償法の構造と性格
      • 4 郵便法違憲判決
      • 5 国家賠償法6条の合憲性
      • 6 憲法訴訟としての国家賠償請求訴訟
    • 第4節 刑事補償請求権
      • 1 概 説
      • 2 刑事補償請求権の法的性格
      • 3 刑事補償法の構造と性格
      • 4 「無罪の裁判を受けたとき」の意味
      • 5 刑事補償請求権の享有主体
  • 第20章 家 族
    • 第1節 総 説
      • 1 沿 革
      • 2 憲法24条の構造
    • 第2節 婚姻をするについての自由
      • 1 「婚姻」
      • 2 婚姻をするについての自由の内容形成と制限
    • 第3節 家族生活における個人の尊厳と両性の平等
      • 1 家族生活における個人の尊厳
      • 2 婚姻および家族生活における両性の平等

事項索引
判例索引

書誌情報など