刑事事件記録の廃棄を考える ――国民共有の知的資源としての扱いを(福島至)

法律時評(法律時報)| 2023.03.06
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」95巻3号(2023年3月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに

2022年10月20日付の神戸新聞朝刊は、1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の事件記録1)が、神戸家庭裁判所においてすでに廃棄されていたことを報じた。さらにそれ以外の家庭裁判所においても、著名少年事件の記録が廃棄されていることが明らかになった2)。ニュースが報じられた当初、最高裁判所は特にコメントも出さず、事態を静観する構えであった。しかしながら、被害者遺族をはじめ広く市民からの批判の声が報じられ、ついには公に遺憾の意を表明することとなった。加えて最高裁は、全国の裁判所に対し保存期間を満了した事件記録の廃棄を一時停止することを指示したほか、事件記録の保存と廃棄の在り方に関する有識者委員会を設置するなど、具体的な対応をとるに至った3)

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実は裁判所の事件記録廃棄は、以前にも問題になったことがある。2019年に、憲法判例として著名な多くの事件について、事件記録が廃棄されていたことが明らかになった4)。憲法判例百選〔第6版〕に掲載されていた134件の事件(刑事事件以外の事件)のうち、長沼ナイキ訴訟など117件の事件記録が廃棄されていたのである5)。ただその時は、これら事件への関心が一部の人に限られていたためか、それほど大きな反響はなかった。しかし、今回の批判は異なった6)。世論の強い批判には、事件記録がまるで裁判所の私物のように取り扱われ、無造作に廃棄されたことへの憤りもあったと思う。

廃棄問題を契機に事件記録についての市民的関心は高まっている。そこで、本稿では事件記録の保存7)の問題を論じることにしたい。念頭に置くのは、裁判が確定して非現用記録となった事件記録の無期限保存の問題である。ただ私の専門の関係上、刑事事件記録を中心に論じることにし、最後に民事事件記録等も含めて考察することとする。検討に際しての問題意識は、事件記録が国民共有の知的資源である公文書として、適正に取り扱われているのかという視点である。

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脚注   [ + ]

1. 本稿で事件記録とは、個々の事件に関する訴訟や審判などの記録を指すことにする。具体的には、民事訴訟記録や刑事訴訟記録、少年審判記録などを含む。
2. 佐世保小6女児殺害事件の記録などである(2022年10月21日読売新聞大阪本社版朝刊ほか)。
3. 小野寺真也最高裁判所事務総局総務局長の答弁(第210回国会衆議院法務委員会議録第4号[2022年11月2日]9頁、同参議院法務委員会議録第8号[2022年11月22日]2頁)。
4. 「重要裁判、多数の記録廃棄」2019年2月5日朝日新聞東京本社版朝刊によると、朝日訴訟やレペタ訴訟などの事件記録が廃棄されていたという。
5. 山尾志桜里議員の質問(第200回国会衆議院法務委員会議録第8号[2019年11月15日]8頁)。
6. 神戸新聞社のネット調査によると、意見を寄せた大半の市民が、家裁の対応を疑問視したという(「事件記録廃棄『不適切』が大半」2022年11月7日神戸新聞朝刊)。
7. 民事と刑事では、保存の文言がやや異なって用いられている。民事では確定後は保存の言葉を用いるが、刑事では保管の言葉を用い、保管期間満了後を保存としている。