(第49回)テクノロジーを促進する規制のあり方とは(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2022.11.15
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

田中亘「リテール分野における技術革新の社会的意義および規制のあり方――インターネット取引とロボアドバイザーを中心に」

証券経済研究119号(2022年)45頁~64頁

近年、社会経済の様々な分野でX-Tech(クロステック)の動きが盛んである。金融分野のFinTech(フィンテック)はX-Techの先駆けであり、わが国でも新たなテクノロジーを活用した多様な金融サービスや金融商品が登場している。

情報通信技術の革新により利用者にとって利便性の高い金融サービスが提供されるようになってきている。スマートフォンやタブレットを使って金融業者の店舗に赴くことなく多様な金融サービスを利用できるようになっていることはその一例である。また、テクノロジーの利用が金融業者にとって業務の効率化やコストの低下につながることもあり、その結果、従来は一般投資家に提供するのが難しかったサービスを、一般投資家が手頃な手数料で利用できるようになった場面もある。いわゆるロボアドバイザーによる投資助言・投資運用サービスの提供は、そのようなケースの1つといえる。

FinTechの流れの中では、ロボアドバイザーのようにこれまで人間が行っていたことを機械が置き換わって行う場面もでてきている。このような状況に対しては、人間が判断したり、行動したりすることを前提として策定されていたこれまでの法規制について、そのまま適用するのでは適合せず、見直しが必要となる可能性が生じることになる。

本稿が掲載されている証券経済研究119号は、日本証券経済研究所が設置した「テクノロジーと金融革新に関する研究会」(座長:藤井眞理子東京大学名誉教授)の参加メンバーによる論文報告を掲載した特集号であり、その中で本稿は東京大学の田中亘教授が、金融商品のリテール取引のうちインターネット取引とロボアドバイザーに着目し、これらの技術革新の社会的意義を考察するとともに、適切な規制のあり方を検討するものである。

本稿は、金融分野においてインターネット取引やロボアドバイザーのような技術革新による金融サービスが提供されることの社会的意義について、「自動化によるコスト節減効果を通じて、より多くの顧客が安価に金融サービスを受けられるようにするという社会的意義」という前述した意義に加えて、「リテール取引の事業構造を、サービス提供者と顧客との利益相反がより小さくなるという点でより望ましい形に変化させる契機になるという社会的意義」があると論じる。AIに判断を行わせることについては判断過程が人間には把握できないことから「ブラックボックス化」の懸念が示されることがあるが(なお、人間が判断を行う場合も必ずしも判断過程の全てが明らかにされるわけではないと考えられる)、田中教授の指摘は、人間の判断・行動が介在せずに取引がなされることにより弊害が生じにくくなる場面もあることを示すものであり、テクノロジーの活用に利便性の向上や効率化だけではない社会的意義があることを説いている。

その上で、本稿では「インターネット取引やロボアドバイザーに関する規制は、これらの技術革新の持つ社会的意義と、それが持ちうるリスクに対する適切な理解を踏まえて、産業や経済の健全な発展に資するように設計されるべきである」と述べられている。そして、「規制の設計に当たっては、“same service, same risk, same rule”の原則、すなわち、「同じリスクのある同じサービスを提供する限り、人間が提供しようと機械(AI)が提供しようと、同じ規制に服するべきである」という原則……が、基本方針とされるべきである。とりわけ、人間が同様のサービスを提供するときにも同様のリスクがあるにも関わらず、機械が提供するときだけ特別の規制が課されることになれば、新規技術の導入や発展が阻害される危険が大きいため、そのような事態を招かないように留意する必要がある」と警鐘を鳴らしている。

テクノロジーの利用に伴う新たなリスクに着眼した規制は必要であり、本稿でも「インターネット取引やロボアドバイザーといった機械の提供するサービスが、人間がサービスを提供するときにはないリスクをもたらすとすれば、そのようなリスクに対処するために、特別の規制を課すことは考えられるところであり、same rule 原則はそのことを否定するものではない」と述べている。もっとも、新規性があるから、あるいは不明確だから(よく分からないから)というだけで規制強化を行うことは適当ではなく、田中教授の指摘のとおり“same service, same risk, same rule”を意識することが重要であろう。本稿は、社会的意義も踏まえて規制面からテクノロジーの活用を促進する(阻害しない)ことの重要性を理論的に考察するものであり、このような考え方を踏まえた法制度の設計が進むことを期待したい。

本論考を読むには
証券経済研究119号 【PDF】


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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所パートナー弁護士。金融審議会専門委員、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、京都大学法科大学院非常勤講師。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として、『論点体系金融商品取引法1~3〔第2版〕』(第一法規、2022年、編集協力・共著)、『資産・債権の流動化・証券化〔第4版〕』(金融財政事情研究会、2022年、共編著)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年、共著)、『Q&A金融サービス仲介業』(金融財政事情研究会、2021年、監修・共著)、『金融機関コンプライアンス50講』(金融財政事情研究会、2021年、共編著)等。論稿多数。