(第51回)国会の愚かさを許さない痛快な判決(愛敬浩二)

私の心に残る裁判例| 2022.08.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

学生無年金障害者訴訟東京地裁判決

昭和60年法律第34号による改正後の国民年金法は、20歳未満のうちの傷害又は疾病によって障害を負った者(20歳未満障害者)に対しては障害基礎年金を支給することとしながら、20歳になった後の傷害又は疾病によって障害を負った学生に対しては何らの救済措置も講じなかった点、及び、同改正前に障害を負い、障害福祉年金の支給を受けていた20歳未満障害者に対しても、障害基礎年金を支給することとしながら、同改正前に障害を負いながら障害福祉年金の支給を受けられなかったいわゆる学生無年金者に対しては何らの救済措置も講じなかった点において憲法14条に違反するとともに、右記のような格差是正のために何らの是正措置をも講じなかったことは、国家賠償法上違法な立法不作為に当たるとして、国家賠償請求が一部容認された事例――学生無年金障害者訴訟第一審判決

東京地方裁判所平成16年3月24日判決
【判例時報1852号3頁】

講学上の論点として、国家賠償請求による立法不作為の違憲確認の可否という問題がある。定評のある教科書によれば、「社会権の場合は広汎な立法裁量が認められるので、立法不作為の憲法訴訟が成立することは、ほとんどあり得ない」(芦部信喜〔高橋和之補訂〕『憲法 第7版』[岩波書店、2019年]398頁)。ならば、本判決は、「ほとんどあり得ない」ことをやってのけたことになる。

国民年金法は年金加入者が一定の障害を負った場合、障害基礎年金を支給するが、1989年改正まで学生を任意加入としていたため、在学中に障害を負った場合、障害基礎年金が受けられないという問題が生じた。国民年金法は加入資格のない20歳未満障害者(傷病の初診日において20歳未満であった者)に対しては、障害基礎年金を支給する旨を定めていたので(1985年改正前は障害福祉年金を支給)、同学年の大学生が同一の事故で障害者になった場合、初診日が生後19年365日の者は受給できても、生後20年1日の者は受給できないという不合理な事態が生じていた。東京地裁は、1985年改正が学生無年金者に対して何らの救済措置も講じなかったことは、20歳未満障害者との関係で憲法14条に違反する事態をもたらしたとして立法不作為の違憲性を認め、国賠請求を認容した。

「ほとんどあり得ない」ことをやってのけた裁判官たちの勇気にも感服するが、私が最も感銘を受けたのは、国側の立法裁量の主張に対する反論である。稼得活動を開始する前の者に生じた障害の救済は本来、他の社会保障制度によるべきであって、20歳未満障害者について例外的に年金制度による救済が図られたとしても、政策的な当不当の問題が生ずるに止まり、法的な問題を生じないとする見解に対して、東京地裁はこう反論した。「このような見解は年金問題のみを担当する者の組織法的な責任の有無を考える場面においてはともかく、国家の制度として確立された年金制度自体の適否を考える場面においては採用し得ない見解であ」る。

何と痛快な反論だろうか。既存の法制度の下で日常業務を行う窓口担当者であれば許される弁解も、国権の最高機関であり、国民代表機関であり、唯一の立法機関である国会には許されない。国会の権威を尊重し、国会議員の見識を信じるからこそ、決して認めてはならない法的主張があることを、本判決の裁判官たちは知っている。裁判所が無反省に立法裁量を尊重することは、国会と国会議員に対する侮辱にもなりうる。本判決が教えてくれた大切な教訓である。


◇この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。


「私の心に残る裁判例」をすべて見る


愛敬浩二(あいきょう・こうじ 早稲田大学教授)
1966年生まれ。信州大学助教授、名古屋大学教授などを経て現職。著書に、『立憲主義の復権と憲法理論』(日本評論社、2012年)、『なぜ表現の自由か』(共著、法律文化社、2017年)、『憲法改正をよく考える』(共著、日本評論社、2018年)、『憲法講義 第3版』(共著、日本評論社、2022年)など。