『対話から始める 脱!強度行動障害』(編:日詰正文・吉川徹・樋端佑樹)

一冊散策| 2022.05.19
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

編者によるアフタートーク─あとがきに代えて

樋端 今回の企画は,自分のわがままで,みなさんを巻き込んでしまったみたいなところがあるんですけども,かつての自分が欲しかった本になったと感じています。そもそもこの領域で自分自身がどうしていいかわからなくて,突っ走ってきたわけなんですが,この企画を通して,いろんな歴史や取り組みがあることを学べて,大変なのは自分だけじゃないという希望をもてたのがよかったです。

日詰 私も面白かったです。いま,人に会うのがなかなか難しい状況ですけど,もし研修会や学会の会場で会ったら,ちょっと捕まえて話を聞いてみたいと思うような人の声がたくさん入っていて,現場にいるみたいな気分になれる本になったんじゃないかな。

吉川 教科書ではない,強度行動障害の本ができたという感じがしますね。各パートの座談会もあまり予定調和でなく,学会とかシンポジウムの会場のような雰囲気なので,これを読んですぐ答えが見つかるというよりは,考えるきっかけにしていただけるんじゃないかなと思います。

樋端 この本をきっかけに,あちこちで対話が広がってほしいです。この分野はニーズにリソースが追い付いてない,いわば災害状態がずっと続いていますけど,本人や現場の体験がなかなか伝わっていかないし,家族も支援者も,少人数で向かい合うと閉じて行き詰まってしまう。そのあたりが広く開かれて,信頼関係ができて,「脱!強度行動障害」に結びつくといいなと思います。

吉川 強度行動障害の周辺は,いま変革期というか過渡期というか,すごく動きが大きい時期ですよね。この時期に活動している人たちがどんなふうに感じていたのか,考えていたのかが記録に残るのは価値のあることだと思いますね。

日詰 「私をなぜ入れなかったんだ!」という人がもし出てきたら,続編を考えないとね(笑)。そのときはどんな人が参加することになるのか……。

樋端 さまざまな方法論や声はあるかもしれませんが,やっぱり人権尊重と対話というところは共通している気がします。

日詰 そうですね。同じ人たちのために頑張ろうとしてるわけだから,小さなことで喧嘩してる場合じゃないです(笑)。

吉川 この本で,それぞれの考え方や実践のルーツになっている体験を書かれている方が何人かいらっしゃいましたけど,体験したことと学んだこと,両方が大事な領域なんだとあらためて感じました。

日詰 ベースになる体験がないとモチベーションがなかなか続かないんじゃないですかね。

吉川 たしかに,揺り動かされた体験がない人には,かかわり続けることが難しい領域かもしれないですね。ただ,それだと支援に必要な人の数を確保することがなかなか難しいんですよね。

樋端 なんとかしてやろうというよりは,大変だけど,面白いと思って入ってくる人が増えるといいなと思いますね。365日24時間は無理だけど,このくらいだったら付き合えるとか,そういう人が増えていくといいのかなと。理想とする支援技法はあってもいいけど,絶対じゃないですものね。彼らをリスペクトしていかに関係性をもって泥臭く付き合っていくかということも大切。

日詰 当事者自身が表現できないことを,わかってあげることってすごく難しいですからね。わかったとしても,できないこともいっぱいあるし。みんなそれで悩んでる。

吉川 本のなかで,推測して早わかりしてしまうことの危険性を指摘している方もいらっしゃって,それはその通りだなと思います。本当にわかっていくための積み重ねがあちこちでなされるといいんでしょうね。

樋端 そうですよね。話をちょっと戻すと,この領域に巻き込まれてくる支援者って,どんな人たちなんでしょうね。私の場合は,自分のなかに彼らと同じような部分があって,それと共鳴し合ってるのかなとも思います。彼らが自分のかわりに大暴れして,代弁してくれているように感じることもあります。それをうまく言葉にして伝えていけると,ひょっとしたら世の中,もっといい場所になるんじゃないかという思いがあって,それがモチベーションだったりします。

吉川 私の場合は,この領域にかかわり始めた最初のきっかけが,愛知県の自閉症協会のキャンプだったんです。医者になったばかりの頃に,病院の外で,子どもさんだけでなく親御さんや学校の先生方とも接した経験が,ずっと影響してるような気はします。

日詰 私もキャンプです,スタートは。樋端先生とも佐久のキャンプで初めて会ったんですよね。

樋端 そうでした。やっぱり最初の体験は大きいですよね。

日詰 教室や病院じゃないところで,ね。そういえば以前,長野でスペシャルオリンピックスの冬季大会があったときに,ボランティアの人たちが,知的障害で自閉症の参加者が雪原を走って飛び降りようとしてるのを止めにいくんだけど,ボランティアの人たちは知識をもってるわけじゃないから,必死で大声を出したり,みんなで押さえようとしたり(笑)。それで,あんまり大きい声を出したらよくないとか,そういうことをその場で学ぶんだけど,3日目くらいになったら,だいぶボランティアの人たちの対応が変わって,一生懸命ジェスチャーとか,ボードに書いたりするようになって。変わった,すごいと思いました。そういうのもいいですよね。

吉川 私が勤務している病院でも看護師さんたちが主導で,強度行動障害のある方の行動制限最小化を一生懸命やっていたんですが,それが実際に成果につながるのを目の当たりにしたときは,ずいぶん変わるもんだなと思いました。その経験は今につながっている気がします。

樋端 そういう意味では,いろいろ大変なことがあっても,成功体験になるまで伴走してくれる人の存在が重要ですね。そこまでいかないと嫌になっちゃいますからね。

日詰 この本みたいに,いろんな人の話を見たり聞いたりするのも役に立ちますよね。私のように面白かったというところからスタートの人もいれば,樋端先生みたいに怒りが原動力になってる人もいたりとか(笑),吉川先生みたいに仲間の姿がきっかけで,とか。同志を見つけられるような本かもしれない。

吉川 そうなってくれるといいですよね。医療や教育や福祉といった縦割りを超えて対話していかないと解決に近づかない支援領域でもありますし。

樋端 本当ですね。今後,この領域がどんなふうになっていくといいでしょうかね。当たり前に地域で暮らすとか,そういうふうにしていきたいですけど……。
日詰 いま気になっているのは,いろんな強度行動障害の研修会に出ていると,行動障害の激しい時期を通り抜けた人の話が少ないんです。いま大変な方もいるので,あまり安易には言えないですけど,大変なのが永遠に続くわけじゃない,時間はかかっても,本人と支える側の折り合いがつけば生活は少しずつ落ち着いていくんだという話が増えてほしいと思っています。

吉川 それはたしかにありますね。問題が大きい時期と,そのあと落ち着いてきた時期とで,暮らす場所が変わったり,支援者が変わっていたりするので,連続して見るという視点をもちにくい面もあると思います。

日詰 そうですね。親も,いつまでも子どもを強度行動障害って言われたくないですからね。名前もよくないのかもしれない。

樋端 強度行動障害っていう名称自体,ぼちぼち,違う言い方が出てきてほしいところですよね。

吉川 ただ,人とお金を集めるうえでは,インパクトのある表現が求められるのかなとか,いろいろ考えてしまうところはあります。

樋端 たしかに,テレビのドキュメンタリーでも大変なところばかり映していたり……。そういう意味では,映画『道草』はけっこうインパクトが大きかったと思いますが。

日詰 とある団体の方に聞いたのは,保護者の方々に「どんな名前がいい?」と聞くと,「モーレツ行動障害」っていうのが評判がいいらしいです(笑)。

樋端 OH,モーレツ(笑)。

日詰 いつの話ですか,って感じですけど,それでみんなで笑ってる。

樋端 海外では,強度行動障害というカテゴリーはないみたいですね。

日詰 自傷の激しい人とか,こだわりの強い人,という表現になっているようですね。私としては,強度行動障害というモーレツな名前がついたとしても,その大変な時期が永遠に続くわけじゃないし四六時中でもない,でもその大変なときにどうみんなで頑張るかという,オンとオフ両方のシナリオをうまく計画している事例を多くの人が見聞きできるようになるといいな……と感じています。本人も,ずっと管理されてるのは嫌だろうから。学会とかではなく各地の支援チームごとの発表会があってもいいかもしれない。

樋端 本人たちは興味がないかもしれないけどね。支援者や家族にも語れる仲間がいることが大事ですね。最近,親の会に若い人が入ってこなくて,組織が弱くなっているという話も聞きますが……。

吉川 親の会のあり方や支援者のかかわり方は世代とともにちょっとずつ変化してくるので,これからの時代に合ったかたちを探っていかないといけないでしょうね。

日詰 10年後,またみんなでモニタリングしましょう。

樋端 どんな景色になっているでしょうねえ……。

目次

まえがき

【パート1 思春期以前】
第1章 強度行動障害の背景にあるもの,予防のための工夫 ……吉川徹
強度行動障害の背景/自閉スペクトラム症と強度行動障害/自閉スペクトラム症以外の強度行動障害/強度行動障害にみられるパターンとその予防/予防のための資源

第2章 強度行動障害の予防とコミュニケーション支援 ……門眞一郎
強度行動障害の予防/コミュニケーション支援は予防の基礎/ABCDEF分析と支援/おわりに

コラム① うちの家訓は枠よりワクワク♪ ……稲田友美

第3章 教育領域における強度行動障害の予防 ……新井豊吉
はじめに/学校文化とASD(自閉スペクトラム症)/高等部でのエピソード/事例─家庭内暴力やこだわりが激しかったAさん/学校現場で大切なこと/おわりに

第4章 強度行動障害の予防につながる家族支援と地域啓発 ……荻野ます美
予防につながる支援とは/なぜ親は「矯正」しようとするのか/「何とか育てていけるかも」と思える瞬間/「自閉症」に対する世間のイメージを変えるために/「自閉症でOK!」な世の中を目指して

座談会① 立場を超えて対話しよう! ……門眞一郎・新井豊吉・荻野ます美・吉川徹
自己紹介/水面下の思いをめぐって/学校現場の課題/「みんなと同じ」から脱け出すために/知的能力にかかわらず大切なこと/子どもの最善の利益に向けて

【パート2 思春期〜青年期】
第5章 対話を止めるな─人権侵害が行動障害を生む ……樋端佑樹
自閉症,強度行動障害との出会い/なぜ強度行動障害になるのか,何ができるのか?/思春期までと思春期から/魔法の杖はない/オープンダイアローグからの学びとツールの活用/人として対等に付き合える支援者とは/社会の側の課題/対話が始まり,継続できる社会に

コラム② 強度行動障害は5日間(100時間)で改善できる ……長瀬慎一

第6章 しくじり思春期─母子分離の重要性 ……奥平綾子
はじめての視覚的支援/中学校への入学と過干渉/母子分離の難しさ/年齢相応に尊重されない/「エスパー」の罠/「仲間はずれ」をやめる/「しくじり思春期」を経てわかったこと

第7章 重度知的障害者の自立生活とパーソナルアシスタンス ……岡部耕典
はじめに/日本の知的障害者の地域自立生活と支援の現状/パーソナルアシスタンスとは/日本のパーソナルアシスタンス/障害者制度改革とパーソナルアシスタンス/重度知的障害/自閉の息子の支援つき自立生活の実際/自立前と自立後の親子関係の変化/強度行動障害とパーソナルアシスタンス/映画『道草』のこれまでとこれから

コラム③ 映画『道草』をめぐって ……宍戸大裕

第8章 親としてできること,親にはできないこと─「対話」から始める「脱!強度行動障害」を観点としたまとめ ……伊藤あづさ
診断から学齢期/なぜ苦しかったのか?/学齢期から思春期へ/思春期から成人期へ/一人立ち後

座談会② 本人・親・支援者の関係性を考える ……岡部耕典・伊藤あづさ・長瀬慎一・樋端佑樹
自己紹介/地域で穏やかに暮らすには/親のあり方と子どものあり方/療育とパーソナルアシスタンスをめぐって/生活支援と療育/親子分離をめぐって

【パート3 成人期〜高齢期】
第9章 成人期から高齢期の強度行動障害の問題 ……日詰正文
はじめに─強度行動障害と年代/高齢化した場合の特性に沿った配慮の例/支援手順書,PECS(R),AAC,ICFの活用/このパートで取り上げたいこと

第10章 成人期〜高齢期の支援について思うこと─行政の経験を踏まえて ……片桐公彦
はじめに/強度行動障害関連の施策の変遷/強度行動障害と報酬改定/強度行動障害支援者養成研修カリキュラム改訂と教材開発/コンサルテーションの有効性の模索の時代へ/地域生活支援拠点に期待された機能/強度行動障害と障害者虐待/おわりに

コラム④ 親の立場で,法律などの正しい知識を前提とした,対話という「闘い」……金成祐行

第11章 強度行動障害支援における医療と福祉の連携 ……市川宏伸
はじめに/医療における強度行動障害/福祉における強度行動障害/医療と福祉の連携/おわりに

第12章 強度行動障害支援者養成への組織的アプローチ─マネジメント,ガバナンス,リーダーの役割を通して ……松上利男
はじめに/行動障害者支援を担う支援者の養成/人材育成におけるマネジメント,ガバナンスのあり方とリーダーの役割
座談会③ 若い世代の支援者に伝えたいこと ……中野伊知郎・西田武志・新谷義和・日詰正文
自己紹介/グループホームへの移行の取り組み/時間をかけて,関係性を積み重ねる/長期のデータから見えてくること/支援者,家族へのメッセージ

編者によるアフタートーク─あとがきに代えて

付記:本書では,自閉症/ASD等,診断名の表記は著者ごとにさまざまであるが,それぞれのこだわりもあり,「強度行動障害」以外はあえて統一しなかった。この時代を反映するものとしてご理解いただきたい。

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