(第47回)ふたたび、建替え決議要件はどうあるべきか(藤巻梓)

私の心に残る裁判例| 2022.04.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
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(毎月1回掲載予定)

建物区分所有法70条と憲法

建物の区分所有等に関する法律70条と憲法29条

最高裁判所平成21年4月23日第一小法廷判決
【判例時報2045号116頁掲載】

この判決は、私が初めての赴任先で新任教員として民法の講義を担当した、ちょうどその年に出されたもので、判決文に接したときの情景なども鮮明に記憶に残っている。本判決は、民法の特別法たる「建物の区分所有等に関する法律」(以下、「区分所有法」とする)の規定の憲法適合性が争われた珍しい事例であり、かつ、その主題が多数決による建替えであるという点で印象深いものであった。

その判決より数年前、私は大学院の修士課程において自身の研究テーマをどうすべきか模索していた。そのとき参加していた講義のなかで、各自の関心のあるテーマについて研究論文を探し報告するという課題があり、私はたまたま手に取った区分所有法の改正に関する論文を扱うことにした。ちょうど、同法の改正(平成14年法律第140号による改正)に向けた議論がされている頃であり、報告対象とした論文の筆者は、建替え決議要件の緩和に対して慎重な意見を述べていた。私の報告が終わると質疑応答に移り、当然の成り行きとして、講義の担当教授から建替え決議要件の緩和に対する私見を問われたが、私はその場で考えを巡らせているうちに明確な返答ができず、もどかしい思いのまま報告を終えた。この――当時の私にとっては――ほろ苦い経験があってから、「建替え決議要件はどうあるべきか」という問いは常に私の頭の片隅にあり、ときどき現れては、「今の自分であれば、あのときどのように答えたか」を考えさせるが、未だに即答できないままである。

平成14年の区分所有法改正では、区分所有法62条の建替え決議要件について、「建物……の効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至ったとき」という客観要件を撤廃し、多数決のみで建替え決議をすることができるとし、さらに、本判決で問題となった同法70条により団地一括建替の制度を導入した。この制度は、一定の要件を充たす団地において、団地内区分所有者全員の5分の4以上の賛成があり、かつ、各建物ごとに区分所有者の3分の2以上の賛成が得られる場合には、団地内の全部の建物を一括して取壊し、新たな建物を建築することができるというものである。その際に建物の客観的状況は問わないのは同法62条と同じである。このように法70条は団地建替えに大幅な多数決原理を導入したが、同条の制定にあたっては、当該建物の建替えに他の建物の区分所有者の意思が反映されることに対する慎重な意見が多かった。

とはいえ、現実問題として、団地においては、計画的に、効率的かつ一体的な利用を図る方法が検討される必要があることも事実である。そうすると、いかなる場合に多数決による少数派の「所有権」の――剥奪までを含む――制限が正当化されるのかが問われることになる。

本判決は、区分所有権の行使は、他の区分所有権の行使との調整が不可欠であって、集会決議等による制限があるが、このような制限は区分所有権自体に内在するものであるとしたうえで、団地一括建替え決議制度には合理性があるとして法70条を合憲としたが、規定自体は合憲としても、適用違憲の可能性は残るであろう。

私見としては、区分所有法上の建替制度を作動させるには、建替えについての客観的な必要性が前提となるべきであると考えるが、これをどのように制度の中に組み込むかは難しい問題である。周知のとおり、従前は建替え決議における客観的要件の充足をめぐって紛争が生じ、それが平成14年改正における客観的要件の撤廃につながったのであるが、このような改正が立法上の対応策として果たして妥当であったのか疑問である。

私が比較法研究の対象としているドイツ法に目を転じてみると、そこでは多数決による建替えは予定されていない。したがって、建替えをするのであれば、民法の共有法理に立ち戻り、区分所有者(=土地共有者)の全員合意によるほかない。区分所有建物の老朽化や荒廃の問題はドイツでも一部地域において顕在化しており、建替制度の導入を求める意見も無い訳ではないが、これは基本的には私法ではなく公法によって対処すべきものであるとの考えが一般的である。むろん、ドイツに比べて日本の事態の深刻さは格別なのであろうが、民事法制が負うべき役割とその限界について、ドイツの考え方は参考になる。

今般の所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直しにおいて、区分所有建物はその対象から除外されたが、区分所有建物が直面する問題はあまりに複雑である。現在、建物区分所有法制の改正に向けた検討が進んでおり、そこでも建替え決議要件の在り方が検討されている。果たして、今回の改正はどのような方向に向かうのか。本判決を読み返しながら、冒頭の問について改めて考えてみたい。


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藤巻梓(ふじまき・あずさ 国士舘大学法学部教授)
早稲田大学法学部卒業、早稲田大学法学学術院助手、静岡大学人文社会科学部准教授を経て現職。2005年~2006年ドイツ・ゲッティンゲン大学に留学。著作に「区分所有建物の賃貸借」山野目章夫・松尾弘編『不動産賃貸借の課題と展望』(共著、商事法務、2012年)、「マンションの共用部分の契約不適合」ジュリスト1532号(2019)34頁~40頁、「共有制度の見直し(特集 所有者不明の土地をめぐる法的課題)」ジュリスト1543号(2020)27頁~33頁、「ドイツにおける不動産法制及び不動産登記法制の概観」民事月報 74巻10号(2019)8頁~54頁など。