(第42回)フリーランス化の波について(松井博昭)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2022.02.15
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

本久洋一「正規従業員の業務委託化について」

法律時報93巻1号41~46頁

本稿は、近年、フリーランスが多用されている背景について、企業実例を挙げながら考察した、実務上興味深い論文である。

本稿は、フリーランサーを、非正規雇用のような切り崩された労働法を甘受するものとは異なり、雇用によらない働き方として、労働法の適用を丸ごと除外される道を行く、リベラリズムの本義に近い仕組みと位置付けた上、フリーランス化の波が正社員にまで及ぶ「一潮流」が見られると指摘し、その具体例として、タニタにおける「日本活性化プロジェクト」、電通における「ライフシフトプラットフォーム(LSP)」を紹介している1)

本稿によれば、タニタにおける「日本活性化プロジェクト」とは、概要、正規従業員が自己の選択により、退職届を提出すると共に(代表例としては)3年間の業務委託契約を締結し、退職直前までに取り組んでいた「基本業務」については固定の「基本報酬」を、別の「追加業務」については変動する「成果報酬」を支給するという制度であるが、仕事をほぼそのままに法的身分を不安定化させるという問題点があり、外部からも批判を受けた。

また、本稿によれば、電通におけるLSPとは、概要、勤続20年以上40代以上の正規従業員に限り、退職届を提出すると共に、受け皿となる別会社との間で10年間の業務委託契約を締結し、「固定報酬」「インセンティブ報酬」が支払われるという制度であるが、本稿は、従前見られた人員削減目的の出向、再就職あっせんのスキームとほぼ同じ対象者層であり、雇用という枠組みを形式的に外しただけではないかと指摘している。

しかし、本稿は、両事例の問題点を断罪する趣旨ではないとした上、労働法的観点から、両事例には正規従業員の業務委託化という新しさがあると指摘している。すなわち、従前、労働者性が問題となってきた事例は、職業の性格(エートス)上、非雇用、個人事業主としての色彩が強いと思われるトラック運転手、研修医、大工、芸能実演家等の職種の事例が多かったが2)、その一方、タニタと電通の事例は、「正規従業員による長期雇用(いわば日本的経営)の伝統を持つ企業における全職種の正規従業員を対象とした業務委託化である点」で新しいとする。

本稿は、ここ30年間ほど「あたかも正規雇用に伴う労働法・社会保障法上の責任から、企業が逃走の限りを尽くしているようにしか見えない」状況があり、(例えば、現在、事業所における一般事務や清掃・警備・食堂を全て内製調達する企業は稀であり、ほぼ外注化されているように、)有期・労働者派遣・請負の活用も行き着くところまで来ている観があって「残るは、正規従業員の業務委託化(非雇用化)しかない」というのが実相ではないかと考察している。

その上で、本稿は、人員について「雇用柔軟型グループ」「長期蓄積能力活用型グループ」「高度専門能力活用型グループ」に分類するという考え方3)を引用した上で、正規従業員の業務委託化について、(1)企業が人材の流出を厭わない覚悟を意味するが、企業内部での「長期蓄積能力活用型グループ」の人材育成に限界を感じる一方、非正規雇用(「雇用柔軟型グループ」)の大々的な活用により、大多数の仕事のモジュール化、(非正規への)急速人材育成に自信を持ちつつあること、(2)企業内で本当に必要とされる「高度専門能力活用型グループ」についても、短期的関係によることが合理的であることに企業が気付きつつあることを指摘し、労働法的観点からは一方的な身分の大幅な不安定化と見えるが、企業経営側の理念としては筋が通っていると指摘している。

筆者は、弁護士として、日本進出を考える外国企業に対し、日本に支店を設立し、国内で労働者を雇用する際の規制について説明を求められることがしばしばある。極めて大雑把にではあるが、無期雇用が一般的であるが、解雇権濫用法理があるため解雇が他国ほど容易ではないこと(労働契約法16条)、社会保険(健康保険、厚生年金保険)や労働保険(労災保険、雇用保険)への加入が必要であること、大まかに言えば、本人が希望する限り65歳までの雇用する必要があること(高年齢者雇用安定法9条1項)等を説明すると、大抵の場合、他の法域と比べて会社が負う負担が重すぎるという反応を受ける。

こうした点は、外国企業に限った問題ではなく、企業が正規従業員を雇用し続ける負担は等しく重い。このような負担の結果、本稿のいう「あたかも正規雇用に伴う労働法・社会保障法上の責任から、企業が逃走の限りを尽くしているようにしか見えない」状況に至り、典型的な日本的経営の伝統を持つ企業においてすらも、正規従業員の業務委託化に行き着いたとも思われる。

本稿は、フリーランス化の波や正規従業員の業務委託化について背景事情を考察した興味深い論稿であるが、そのような傾向があることを踏まえるならば、今後は増加するフリーランス、業務委託に対するサポート体制の整備、充実も課題になると思われる4)

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脚注   [ + ]

1. 各制度内容は本稿が当時の内容を整理したものであり、その後のアップデートは反映されていない。
2. トラック運転手について、最判平成8年11月28日労判714号14頁、研修医について、最判平成17年6月3日民集59巻5号938頁、大工について、最判平成19年6月28日労判940号11頁、芸能実演家について、最判平成23年4月12日民集65巻3号943頁等の最高裁判例が存在する。
3. 梅崎修・八代充史『「新時代の日本的経営」の何が新しかったのか?』RIETI Discussion Paper Series 19-J-009(2019年)
4. 現時点での相談窓口として、例えば、第二東京弁護士会がフリーランスに関する関係省庁(内閣官房・公正取引委員会・厚生労働省・中小企業庁)と連携して運営する「フリーランス・トラブル110番」があり、筆者もこれに参加している。

松井博昭(まつい・ひろあき)
AI-EI法律事務所 パートナー 弁護士(日本・NY州)。信州大学特任准教授、日本労働法学会員、日中法律家交流協会理事。早稲田大学、ペンシルベニア大学ロースクール 卒業。
『和文・英文対照モデル就業規則 第3版』(中央経済社、2019年)、『アジア進出・撤退の労務』(中央経済社、2017年)の編著者、『コロナの憲法学』(弘文堂、2021年)、『企業労働法実務相談』(商事法務、2019年)、『働き方改革とこれからの時代の労働法 第2版』(商事法務、2021年)の共著者を担当。