(第1回)はじめに:健全な懐疑主義者になろう

コロナと数字と科学:ニュースに右往左往しないためのリテラシ(麻生一枝)| 2022.04.13
新型コロナ感染症に関する報道をはじめ,私達は,日々膨大な「データ」や「グラフ」や「科学用語」に接しています.しかし,ともすると,深く考えないまま鵜呑みにしてしまう危険性が常につきまとっています.この連載では,「データ」や「グラフ」を解釈するときのキーとなる基本的な考え方について紹介してゆきます.

(毎月中旬更新予定)

新型コロナの日本における最初の報道が,いつどこの媒体に現れたのか,もう,記憶にない.コロナ関連の話題が,テレビのニュース報道の冒頭を飾るようになったのは,いつだったのか.それも,いまひとつはっきりとは覚えていない.感染者数の減少に伴い,2021 年 10 月あたりにはコロナの話題でニュースが始まることは一旦なくなった.と思っていたら,オミクロン株の登場で,2022 年 1 月以降,再びコロナが大きく取り上げられるようになった.

現状では,コロナとコロナ報道はまだまだ続きそうだ.ところで,数字やグラフがこの 2 年余りほどテレビ画面を賑わしたのは, 2011 年 3 月の福島原発事故以来だと思うが,映し出された数字やグラフを皆さんはどう解釈したのだろうか.アナウンサーやコメンテーター,あるいは,専門家とよばれる人々の口から出てくる解釈や結論は,あなたにとって納得のいくものだっただろうか.そして,「三密の回避」,「マスクの着用」,「不要不急の外出の自粛」等,つぎつぎと出される要請に,あなたはどう対応したのだろうか.また,これらに対する人々の反応に,あなたは何を思ったのだろうか.

私はと言えば,最初はあっけにとられ,その後はある種の恐怖をもって,人々の反応を眺めてきた.なぜなら,ニュースにでてくる数字やグラフも,その解釈も,それにもとづいて出される要請も,その多くは,私にとっては納得のいくものではなかったからだ.

私は根が科学者なので,まずは疑ってかかる.よい意味で疑ってかかる.グラフなら,横軸が何を表し,縦軸が何を表すかをチェックする.表であれグラフであれ,はたまた,文章であれ,そこに出てくる用語の定義がきちんと与えられているかを確認する.示されたデータがどのような方法で集められたかには,細心の注意を払う.取り方によって,データは意味のあるものにも,まるで意味のないゴミにもなるからだ.データ採取の方法がニュースで示されることはほとんどない.しかし,「おそらく,こうやって取ったのだろうな」と可能な方法を考え,それが意味のあるデータを生み出す方法であるか否かを考える.

このように,よい意味で懐疑的な姿勢でデータを見ていると,どのデータを取ってみてもかなりいい加減な部分,曖昧な部分の多いことが見えてくる.次々とわからない点,疑問に思う点が出て来て,見せられたデータが何を意味するのか,明確には分からなくなる.ひどい場合には,それらが何かを意味するものなのかどうかもあやしくなる.知りたい情報,重要と思われる情報が示されていないことにも気づく.

例えば,「感染者」という用語をとってみよう. goo 辞書 で「感染」を引くと,「病原体が体内に侵入すること.特に,そのために種々の病態が起こること」と出てくる.そして,「感染者」という言葉から私たちが思い描くのは,この辞書の説明の「特に」以降も含めた,病原菌によって,何らかの症状,熱が出るとか,咳が出るなどの症状を引き起こされている人のことだ.しかし,感染者という言葉からわかるように,日々報告される感染者数に含まれるのは,そういう人だけではない.PCR 検査で陽性になった人ならすべて,症状があろうとなかろうと,「感染者」とよばれている.

感染者に症状のない人も含まれるとすると,気になってくるのは,この 2 年ばかり日々見せられている,日にちを横軸に,「感染者」を縦軸に取ったグラフだ.あの縦軸の感染者のうちのいったいどれだけが,実際に症状を示している人,つまり,病気になっている人なのだろう.そして症状を示している人のうちのいったいどれだけが,治療なしでは命に係わるほどの重症者なのだろう.

ワクチンを打った人とワクチンを打ってない人の感染率の違いはどうだろう.ワクチンを打った人々の方が感染率が低いと報告されたことがあったが,その根拠となるデータはどのように集められたのだろう.ワクチン開発初期の製薬会社による治験は,きちんとした実験デザインで行われていると思う.しかし,ワクチン接種開始後の日本で,ワクチンを打った人と打ってない人の感染率を比べた調査はどうだろう.ワクチン接種は任意だ.「ワクチンを打った人々のほうが健康意識が高く,より外出を自粛し,よりきちんとマスクをつけ,よりしっかりと手洗いをしているから,感染率が低い」という解釈も可能である.

私のように疑い深い人間,きちんとした裏付けデータがないと納得しない人間からすると,この 2 年ほどのコロナ報道はかなり偏ったものだ.数字やグラフでいかにも科学的といった衣をまとっているが,その実,どう解釈していいかわからないデータが多い.そして,知りたいデータは出てこない.ある方向に私たちを誘導しようと,都合のいいデータを都合のいいように見せているのかな,と勘繰りたくなる.私たちが自ら判断を下すために必要な情報のすべてが明らかされている,とは到底言い難い.

マスメディアが,ある特定の情報を強調しその他の情報を見せないことで人々を誘導するのは,今に始まったことではないだろう.重要なのは,そうされる危険性が常にあることを私たち一人ひとりが認識することだ.ただ鵜呑みにするのではなく,データをきちんと吟味し,結論が納得のいくものであるかどうかを自分の頭で考える.この連載では,それを成し遂げるための手助けを,微力ながらしていきたいと思う.

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麻生一枝 サイエンスライター,成蹊大学非常勤講師.お茶の水女子大学理学部数学科卒業,オレゴン州立大学動物学科卒業,プエルトリコ大学海洋学科修士,ハワイ大学動物学Ph.D. 専門は動物行動生態学.「統計や実験デザインの理解は健全な科学研究に必須である」という信念のもと,これらの教育の普及に熱意を持って取り組む.著訳書に『科学でわかる男と女になるしくみ』 (SBクリエイティブ),『実データで学ぶ,使うための統計入門 ---データの取りかたと見かた』(共訳,日本評論社), 『生命科学の実験デザイン』(共訳,名古屋大学出版会),『科学者をまどわす魔法の数字,インパクト・ファクターの正体---誤用の悪影響と賢い使い方を考える』(日本評論社)など.