『トポロジーへの誘い—多様体と次元をめぐって(新装版)』(著:松本幸夫)

一冊散策| 2021.11.17
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

まえがき

平面は平らな 2 次元空間であり,曲面は曲がった 2 次元空間である.一般の $n$ 次元でも,“平らな” $n$ 次元空間や曲がった $n$ 次元空間が考えられる.それらは “多様体” とよばれる空間であり,現代幾何学の主要な研究対象となっている.この本のテーマである “多様体のトポロジー” は多様体の “かたち” (位相幾何学的なかたち) を調べる数学の分野である.

歴史的には,リーマンやポアンカレの研究にさかのぼりうるが,多様体のトポロジーが急激に展開し始めるのは 1950 年代からである.1950 年,60 年代は高次元 (5 次元以上) の多様体の研究が高揚した時期であり,1970 年代は主要な関心が低次元 (3 次元,4 次元) の多様体にシフトした時期である.そして,1980 年代から 4 次元多様体論が急速に進展する.2000 年代に入って 3 次元多様体論に新展開があり,ペレルマンによってポアンカレ予想が 100 年ぶりに解決されるに至った.

この本は,多様体のトポロジーの “超入門書” である.とくに,“次元” によって多様体の性質が劇的に変化する様子を伝えるように努めた.主要な部分は 1986 年発行の『幾何学をみる』の一部として出版されたものであるが,今回,単行本化するに当たって,第 6 章「ベクトル束と特性類」,第 7 章「その後の発展」を書き加えた.また,『数学セミナー』 1983 年 5 月号と 1990 年 8 月号に掲載された 2 つの記事を,それぞれ付録 1 ,付録 2 として巻末に収めた.

多様体のトポロジーをのぞいてみようという読者にこの本がお役に立てば,著者としては望外の幸せである.

出版に際し遊星社の西原昌幸氏に大変お世話になりました.この場を借りて厚く御礼申し上げます.

2008 年 1 月

松本幸夫

新装版まえがき

この本の旧版は「多様体のトポロジー」の概要を紹介することを目的として書かれました.著者は 50 年以上も前に「多様体のトポロジー」の勉強を始めましたが,その後,この分野の発展は実に目覚ましく,その発展を追いかけるだけでもなかなか大変でした.そして気がつけば,研究者人生のほぼすべてをこの分野に捧げてしまっていました.

このたび,出版が遊星社から日本評論社へと引き継がれ,「新装版」として発行していただけることになりました.著者として大変喜んでおります.新装版発行にあたって,「『余次元 2 のトポロジー』から『4 次元のトポロジー』へ」という文章を第 $\infty$ 章として付け加えました.この文章の前半は若いころの思い出話で,後半はそのころ発見した,トーラス ($T^2$) と同じホモトピー型をもつ「4 次元スパインレス多様体」に関連する話題です.とくに,球面 ($S^2$) と同じホモトピー型をもつ 4 次元スパインレス多様体が存在するかという問題を 1978 年に提起したのですが,この問題が最近 40 年ぶりに,オジュヴァート–サボー理論を使って,レヴィンとリドマンにより解決されたという,個人的には非常にうれしい経験談を書かせていただきました.また,サイエンス社『数理科学』 2019 年 5 月号に書いた「位相幾何学の起こりと発展」という記事を付録 1 として付け加えました.それに伴い,旧版の付録 1 と 2 をそれぞれ,付録 2 と 3 に移動しました.

最後になりましたが,旧版の出版からずっとお世話になった遊星社の西原昌幸氏と,新装版の出版に際して大変お世話になった日本評論社の佐藤大器氏に篤くお礼申し上げます.

2021 年 9 月

松本幸夫

目次

  • 第1章 トポロジーと次元
    • 1次元,2次元,3次元,etc.,…
  • 第2章 偶数次元か,奇数次元か
    • オイラー標数
    • 単体とオイラー標数
    • $n$ 次元球面 $S^n$
  • 第3章 独立した空間
    • 多様体とは
    • 多様体の直積
    • 多様体の代数的トポロジー
  • 第4章 次元が 4 の倍数かどうか
    • 曲面の向きと交わりの符号
    • 交点数
    • 偶数次元への拡張
    • ベクトル場に関するホップの定理
  • 第5章 高次元と低次元
    • エキゾチック球面
    • ヒルツェブルフの指数定理
    • ミルナーの方法
    • 4 次元多様体の特異性
  • 第6章 ベクトル束と特性類
    • ベクトル束
    • 特性類
    • 特性数
    • ヒルツェブルフの指数定理
  • 第7章 その後の発展
    • 3次元ポアンカレ予想
  • 第 $\infty$ 章 「余次元 2 のトポロジー」から「4 次元のトポロジー」へ
    • 余次元 $\geq 3$ の結果
    • 余次元 2 の手術理論
    • 4 次元のスパインレス多様体(動機)
    • 4 次元のスパインレス多様体(構成)
    • ある問題
    • 問題の解決(2018年)
    • ホモロジー3球面の世界
  • 付録1 位相幾何学の起こりと発展
    • トポロジーの誕生
    • Eulerの多面体公式
    • EulerからPoincareまで
  • 付録2 $\mathbb{R}^4$ 上のエキゾチックな微分構造
    • 高次元トポロジーと低次元多様体
    • ドナルドソンの基本定理
    • $\mathbb{R}^4$ 上のエキゾチックな微分構造
    • ヤン-ミルズ場の登場
  • 付録3 断絶と連続 トポロジーにおける高次元と低次元
    • 高次元と低次元
    • まつわり数
    • 4 次元空間内の閉曲線たち
    • 結び目の不変量 $R(K)$
    • ロホリンの定理
    • キャッソン不変量
    • 結論的に言うと

書誌情報など