(第37回)重要性を増す消費税(伊藤剛志)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2021.09.15
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

増井良啓「今後の消費税法上の解釈問題」

ジュリスト1539号54頁(有斐閣、2019年)より

「国の基幹税である、所得税、法人税及び消費税。最も税収の多い税はどれか。」

租税法を学ぼうとする学生に対して、私がしばしば尋ねる質問である。2021年7月、財務省は2020年度(令和2年度)の国の一般会計税収額を発表した。2019年10月に税率が10%となった消費税の増税分が、初めて年間を通じた収入となったことなどから、消費税の税収は20兆9714億円となり、所得税(19兆1898億円)や法人税(11兆2346億円)の税収を上回った。消費税は国の税収全体の3分の1強を占めるに至っており、その重要性は、益々、高まっている。

然るに、消費税は、所得税・法人税に比較して、新しい租税であるといえるだろう。現在の所得税・法人税の所得課税制度は、戦後のシャウプ勧告に基づき、1950(昭和25)年にその骨格ができあがった。一方、現行の消費税は、1988(昭和63)年12月に消費税法が制定され、翌年4月1日から実施されたものであり、その施行から30年余りが経過したに過ぎない。消費税法施行当時の消費税率は3%であったが、段階的に消費税率が引き上げられ、消費税額が増えるに従って企業経営に与えるインパクトも大きくなっている。

ジュリスト1530号(2019年4月号)定価 1,569円(本体 1,426円)

有斐閣が刊行している「ジュリスト」の2019年12月号は、「特集 消費増税の理論的検討」として、8人の気鋭の租税法学者の論稿を掲載している。いずれの論稿も、現行消費税を考えるにあたって示唆に富む視点を提供している。

当該特集の論稿のうち、本欄では、増井良啓・東京大学教授の「今後の消費税法上の解釈問題」を取り上げたい。同論稿は「軽減税率」と「インボイス方式」について興味深い分析・検討をしている。

2019年10月からの消費税は、複数税率を設けたことにより、ある特定の取引が軽減税率の対象に該当するか否か、という問題が生じる。酒類及び外食を除く飲食料品には8%の軽減税率が適用されることは周知の事実であるが、増井教授は、かかる軽減税率の根拠規定が時期により異なっていたり(2023年9月30日までは消費税法附則〔平成28年法律第15号〕34条1項であり、2023年10月1日から消費税法本則の規定が適用される)、その規定振りは、かなり複雑な定めになっていることを指摘する。そして、軽減税率の対象となるかどうかの個別の疑問は数多く、国税当局はQ&Aを公表したり全国各地で説明会を開催して解決に努めているが、増井教授は「それでも今後、紛争の発生は避けられないであろう」と述べている。さらに、増井教授は、軽減税率の導入が悩ましい線引きを強いるわりには、「逆進性の緩和」や「低所得者の負担抑制」などの軽減税率の導入に際して喧伝された政策目標の達成が実際には望めないものであることを指摘する。すなわち、日本マクドナルドの対応事例(店内飲食(一般税率対象)と持ち帰り(軽減税率対象)の税込価額を同一に設定)や租税実務家の対談等を紹介し、財やサービスの価格設定は、市場における取引当事者の自由な合意に委ねられており、軽減税率の分だけ、商品の値段が割安になるというような直線的かつ単純な関係が現実には成立せず、「軽減税率が有効な低所得者対策であるという政策論上の前提は、崩れてしまっている」と述べる。また、これに関連して、「事業者が消費税を納税することと、その事業者がどのように価格を設定するかということが別のことだという点については、本誌の主要な読者である法律家の間でも、必ずしも十分に理解が共有されてきたわけではないように思われる」との増井教授の指摘は、考えさせられる。一般的に、消費税は、物品やサービスの消費に担税力を認めて課される租税であると説明されることから、我々は、消費税の最終負担者は消費者であって、消費税負担は物品やサービスの価格に転嫁されている(はずである)ことを、消費税制度や消費税法解釈の無意識の前提としてしまっているかもしれない。しかし、実際の消費税の納税義務者は個人事業者及び法人であり、消費税が事業者に対する課税であるという側面も意識しなければならないだろう。

また、消費税では2023年10月からインボイス方式(適格請求書方式)の導入が予定されているが、増井教授は、免税事業者の発行する請求書は仕入税額控除ができないために消費税の課税事業者が免税事業者との取引を避け、免税事業者が取引から排除される可能性を指摘する。インボイス方式への転換は、消費税をめぐる関係者の利益状況を一変させる構造的な変化であると評している。

消費税は大きな変革期を迎えており、消費税法の理論・解釈等に係る研究も目が離せない。

本論考を読むには
ジュリスト1539号購入頁へ


◇この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。


この連載をすべて見る


伊藤剛志(いとう・つよし)
1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2016年より2019年まで東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(共編著、有斐閣、2020年)、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。