(第39回)再審制度に命を吹き込んだ白鳥決定(白取祐司)

私の心に残る裁判例| 2021.08.02
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

白鳥事件再審請求に関する特別抗告棄却決定

1 刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」の意義、判断方法
2 刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」の判断に「疑わしいときは被告人の利益に」という原則が適用されるか

最高裁判所昭和50年5月20日第一小法廷決定
【判例時報776号24頁】

1975年6月、私は大学の書籍売り場で、「白鳥決定」が掲載されている出たばかりの『判例時報』(昭和50年6月21日号)を購入した。当時参加していた刑事訴訟法のゼミで、この決定の報告準備をするためだ。ゼミの先生(能勢弘之教授)が報告者を募ったとき、真っ先に手を挙げてしまった。面白そうな事件だと思ったからだ。ただ、学生だった私は、この白鳥決定が、再審の歴史を塗り替える重要な判例であることを、分かっていなかった。

当時の私の関心は、白鳥事件が冤罪ではないか、というところにあった。だから、白鳥決定の原審(異議審)が、唯一の物証ともいえる2個の発射弾丸の証拠価値が大幅に減退したのになぜ再審開始の判断をしなかったのか、納得がいかなかった。白鳥決定(その特別抗告審である)を読んでみると、最初の方に、再審開始の判断に際しては「疑わしいときは被告人の利益に」原則が適用される、と書いてあるではないか。最高裁みずから、「証拠弾丸に関し第三者の作為ひいては不公正な捜査の介在に対する疑念が生じうることも否定しがたい」とまで認定しているのだ。だったら、再審を開く判断をすべきではないか。ゼミの報告で、私はそう主張した。

ずっと後になって分かったことだが、白鳥決定の原審裁判官、木谷明氏も、新証拠(弾丸鑑定)によって確定判決にここまで疑問が生じた以上、「再審を開始して審理し直すべきじゃないか」と考えたらしい(同『「無罪」を見抜く』(岩波書店、2013年)106頁)。しかし、この結論は、合議体の他の2人の裁判官に阻まれてしまった。歴史に「if」はないとはいえ、今もって残念である。白鳥決定の総論で述べられた刑訴法435条6号の解釈に関する2つのポイント、①新証拠と旧証拠を総合評価すること、②そのさい「疑わしきは」原則が適用されるべきことは、結局、白鳥事件の再審請求審では生かされなかったのだ。

ところで、能勢教授はドイツ再審法の権威であり、K・ペータース『誤判の研究』の訳者でもある。教授は、つたない私の報告のあと、大学院への進学を勧めてくれた。白鳥決定は、私の人生の決定にも何がしかの影響を与えたようだ。白鳥事件の雪冤は果たせなかったが、白鳥決定と翌年の財田川決定(合わせて「白鳥・財田川決定」と呼ばれる)は、開かずの門といわれた再審制度を文字通り起動させ、一進一退はあるものの、その後、少なくない事件で再審を開始させる”武器”となった。一粒の麦は、世紀をまたいでなお、実をつけ続けているのである。


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白取祐司(しらとり・ゆうじ 神奈川大学教授)
1952年生まれ。北海道大学教授を経て現職。北海道大学名誉教授、ポワチエ大学(フランス)名誉博士。著書に、『フランスの刑事司法』(日本評論社、2011年)、『刑事訴訟法の理論と実務』(日本評論社、2012年)、『刑事法』(放送大学教育振興会、2016年)、『刑事訴訟法(第10版)』(日本評論社、2021年)など。