(第34回)行政国家の正統性と透明性(平家正博)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2021.06.24
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

興津征雄「正統性の構造分析(上)(下)」

法律時報93巻1号105-110頁、2号115-119頁(2021年)

筆者が専門とする国際通商法の分野では、条約をどう解釈・適用するかとの問題に加えて、将来、どのような国際規律を導入すべきか、との相談を受けることがある。

そこで議論される国際規律の内容は、分野や問題意識に応じて異なるが、国際規律の実効性を担保するため、「透明性」を向上させるべきとの議論が行われることがある。ここで言う「透明性」とは、自国の行動を公表することを意味するが、国際社会では、国内社会と異なり、強制的に、相手国から情報を入手できないため、各国が自発的に自国の情報を開示することは、規律が遵守されているか確認する上で、重要である。例えば、WTO協定では、透明性を確保するため、加盟国に、様々な通報義務を課しており、当該通報内容は、基本的には公表されており、誰でも自由に見ることができる。

この点は、補助金を例にとるとイメージしやすいかもしれない。補助金は、国内で、相対の形で交付されるため、通常、他の国は、どのような補助金が交付されているか、詳細を知るのは困難である。しかし、補助金の効果は、市場を通じて他国に及ぶため、市場歪曲的な補助金を規制する必要性は高く、他国の補助金を把握することが重要となる。このような問題意識を受けて、ここ数年、WTO、G7、OECD、日米欧三極貿易大臣会合などで補助金規律の強化が議論される際、透明性の向上を実現するための制度案が議論されている。

しかし、国によっては、自国の活動が公になったり、制約されることを嫌い、国内で公開している以上の情報開示を求める透明性の向上の受け入れを拒む場合がある(往々にして、このような反応を示す国こそ、規律遵守を求めて行く必要があるのだが)。そして、各国は、自ら同意する内容しか主権を制約されないため、このような国に対して、透明性の向上を求めていくことは困難となる。

ここで、条約の交渉担当者は、相手国に、どう透明性の向上を受け入れるよう説得するか、という問題に直面する。一つの手法は、透明性の向上を受け入れない国に、不利益を課すという方法が考えられる。しかし、この手法は、積極的に規律を遵守しようとうするインセンティブを生じさせるものではなく、見えないところで、規律が潜脱される可能性が残る。そのため、透明性の向上は、自国にとっても利益となることを納得させることが重要となる。

このような問題を考える上で、行政府の役割が肥大化・優越化する中で、行政国家の行動は、どのように正統とされるかを論じる興津征雄「正統性の構造分析(上)(下)」(以下「興津論文」という。)は、貴重なヒントを与えてくれる。

興津論文は、「選挙によって民主的に選任されておらず、国民に対して直接責任を負うわけではない行政機関(官僚)が国民の利害にかかわる決定を行うため、その正統性が問われる」との問題意識の下、正統性概念の意味とその条件を構造的に分析する。

具体的には、行政機関の権威に正統性が認められる根拠として、権威に服する者の意思に着目する説(意思説)と、権威に基づく決定が、影響を受ける者の利益を考慮しているかに着目する説(利益説)を比較した上で、利益説に立脚する考え方は、意思説が抱える難点を補い、正統性を補完し得ることを説明する。

議論の詳細は、ぜひ興津論文を読んでいただきたいが、ここで議論されている内容を、身近な例で考えると分かりやすいかもしれない。例えば、我々は選挙で、国会議員や地方議員を選出するが、そのことを理由に、行政の決定に納得するとは限らない。では、どのような場合に納得するかと言えば、行政が、十分に説明を行い、利害関係者の意見を、何かしらの方向で考慮された場合ではないだろうか。

興津論文は、行政機関の権威の正当性の根拠として、民主的政治過程を前提とする意思説を中心に据えつつ、それを補完する手法として利益説に言及する。しかし、この利益説は、民主的政治決定過程を前提にする必要はなく、民主的政治過程の導入が不十分な、権威主義国(往々にして透明性を欠くことが多い)に対しても適用される点に利点があると考えられる。

近時、気候変動問題、人権問題、経済安全保障の問題がクローズアップされる中で、各国は、規制を強化するなど、経済に積極的に介入する姿勢を示している。このような動向は、企業ビジネスにも大きな影響を与えることから、透明性の向上の必要性も、ますます高まっているようにも感じられる。

相手国が上記のような議論を受け入れてくれるか分からないが、交渉の一材料として試みてみるのも面白いかもしれない。

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法律時報93巻1号
法律時報93巻2号


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平家正博(へいけ・まさひろ)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015-2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。