『AIの経済学—「予測機能」をどう使いこなすか』(著:鶴 光太郎)

一冊散策| 2021.04.20
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

まえがき

AI (人工知能) と聞いて皆さんはどういうイメージをお持ちであろうか。AI の専門家、AI ビジネスの最前線にいる方々でなければ、「限りなく人間に近い知能を持つロボット」と漫然と考えられている方が多いのではないか。今はそうではなくても 20 年後、30 年後のイメージも含めての話である。一方、ビジネスの現場で AI を徹底活用されている方々にとっては、頼もしい味方ではあるが、案外、AI にできることは限られているという印象をお持ちの方もいるかもしれない。

このように AI に対するイメージは人によってかなり多様であるといえる。AI に対する知識や活用した経験が乏しければ、「得体の知れないもの」と感じてしまっても不思議はない。また、人間は本能的に「得体の知れないもの」、「理解できないもの」に対しては恐怖心を抱くものだ。しかし、人間が複雑なのは、「恐怖心」を抱く対象を必ずしも遠ざけるのではなく、むしろ、その対象がしばしば我々の興味、好奇心をくすぐることもあることだ。いわゆる、「怖いもの見たさ」である。2010 年代半ば頃、雇用の影響を含め、AI に対する悲観論が急速に広がった背景の根底には、AI に対して前述したような我々の複雑な思いや見方が反映されていたと筆者は考えている。

AI への悲観論が広がった当時からすでに 5〜6 年が過ぎ、AI の活用がビジネス、日常生活にも浸透するにつれて、AI に対する過度の悲観論はやや後退しているようにみえる。また、AI に関する多数の書籍が出版され、AI の基本的な機能や具体例を一般読者に理解できるように丁寧に解説している本も少なくない。さらに、「AI 対人類」という視点の下、哲学的、社会学的な考察を加える書籍も出てきている。AI に関する知識や理解が高まる環境は以前より整ってきているといえよう。

こうした中で、筆者が気になったのは、「木を見て森を見ず」という議論が多いことだ。つまり、AI の機能に深入りしたり、個々の事例を紹介するといった「木を見る」ことは行われても、AI の経済・社会全体への影響を検討するといった「森を見る」ことは案外行われていないということだ。

そうであれば、AI が経済・社会に与える影響について、系統的に整理された多くの事例と筆者の専門である経済学における研究成果に基づき総合的に評価することは意味があるのではないか。これが本書を執筆しようと思い立った大きな理由である。本書の読者にとって AI に対する見方が「得体の知れないもの」から「人類とお互いに補完し合い、共存することで一緒に明るい未来を築ける大切な存在」に変わることを期待しつつ、AI の「森を見る」旅に向けて、出発しよう!

あとがき

まえがきでは、読者の皆さんの AI に対するイメージを変えたいということを申し上げた。整理された多くの事例、学問的な研究結果といったエビデンス (証拠) を積み上げ、「過度な悲観論を超え、AI と補完・共存する豊かな明るい未来を築こう! 」というのが最も主張したいメッセージであった。読者の皆さんが AI のすごい所、ダメな所も理解して、「得体の知れないもの」から「親しみの持てる存在」に見方が変わったとすれば筆者の望外の喜びである。

もちろん、AI の専門家、ビジネスの最前線で活用されている方からすれば、「知っていることばかりで新しい発見はない」とお感じになった方も当然いらっしゃるであろう。また、AI の活用のアイディアも日進月歩で事例がすでに古びてしまっているものもあるかもしれない。しかし、AI の「森」を把握する鳥瞰図を一度手に入れることができれば、個々の「木」が成長しても、全体を捉えていくことは難しくないと考える。

本書のタイトルは、『AI の経済学』であるが、従来、出版界では「〜の経済学」と名のついた本は売れないというのが相場であった。もちろん例外もあるが、一般読者にとって、経済学は小難しくて敷居が高いということは事実であろう。まえがきでも書いた通り、本書の目的は AI の経済・社会への影響を総合的、俯瞰的に検討するというものである。その際、全体を通じ一貫した視点 (=「一本串」) がどうしても必要となる。その「一本串」が筆者の専門とする経済学であるというのが本書のタイトルに経済学という言葉が入っている理由である。

しかし、筆者も経済学者の端くれである。本のタイトルに経済学という言葉が入ればどうしても同業者の視線が気になってしまい、できるだけわかりやすい記述を心掛けたとしても、経済学の「香り」がぷんぷんするような味付けをしてしまいがちである。そこに厳しくメスを入れていただいたのは、本書の編集を担当していただいた日本評論社の佐藤大器氏と道中真紀氏である。「経済学の専門用語をなるべく使わない」、「一般読者の理解が難しい抽象的すぎる議論は見直す」というアドバイスをいただき、できるだけ対応してみた。タイトルに経済学と入っているのに敷居が低い、読みやすいと読者に感じていただけたとすればそれはひとえにお二人のご努力によるとこころが大きい。また、筆者の遅筆に辛抱強くお付き合いいただき、細かい部分にも配慮が行き届いた大変丁寧な本作りをしていただいたことも合わせて心からお礼を申し上げたい。

最後に、本書の一部は、筆者がリーダーを務める経済産業研究所のプロジェクト (「労働市場制度改革」、「 AI 時代の雇用・教育改革」) の成果・サポートを受けた。また、筆者がメンバーとなっている日本学術振興会の特別推進研究「長寿社会における世代間移転と経済格差:パネルデータによる政策評価分析」からもサポートを受けた。記して感謝したい。

2021 年 3 月 三田にて

鶴 光太郎

目次

  • 序章 なぜ,「AIの経済学」なのか
    • 本書の問題意識
    • 本書の目的
    • 本書の概観
  • 第1章 AI とは何か—機械学習 (深層学習) が生んだ革新
    • 第1節 AI の本質とは
    • 第2節 AI の具体的な活用事例の分類
    • 第3節 AI と他の新たなテクノロジーの比較
  • 第2章 AI で雇用はどうなる—悲観論を排す
    • 第1節 新たなテクノロジーは職を奪うのか—これまでの常識と AI の非常識
    • 第2節 AI の雇用への影響—経済学はどこまで接近できているのか
    • 第3節 AI と人間との補完的な関係の構築
  • 第3章 AI でスキルが変わる—「AI コーチ」の役割
    • 第1節 学校教育に革命を起こす「AI コーチ」—AI 活用型アダプティブ・ラーニング
    • 第2節 スポーツにおける「AI コーチ」
    • 第3節 棋士の棋力を高め,将棋ブームをけん引する将棋 AI
    • 第4節 ビジネスの現場で活躍する「AI コーチ」
  • 第4章 AI で企業戦略・ビジネスが変わる—「パーソナライゼーション」と「ダイナミック・プライシング」の衝撃
    • 第1節 経済取引 (売買) による利益とは何か—価格差別戦略の重要性
    • 第2節「パーソナライゼーション」が有効な分野・産業—教育,医療,金融
    • 第3節 ダイナミック・プライシング—AI 活用型価格差別戦略の本質と具体例
  • 第5章 AI で産業が変わる—農業・畜産業,建設業の大変身
    • 第1節 AI で変わる農業
    • 第2節 AI で変わる畜産業
    • 第3節 AI で変わる建築・建設業
  • 第6章 AI で公共政策が変わる—政策の有効性向上への挑戦
    • 第1節 データ駆動型政策立案 (DDPM) に向けて
    • 第2節 データ駆動型政策立案 (DDPM) の事例
    • 第3節 データ駆動型政策立案のターゲティング政策への応用
  • 第7章 コロナ危機で奮闘する AI
    • 第1節 新型コロナウイルス感染症に直接関連する AI の活用事例
    • 第2節 社会統制に関わる AI の活用事例
  • 終章 AI と人間が豊かな未来を築き,共存するために—AI のための経済政策と求められるスキル・能力・人材育成とは
    • 第1節 AI のための経済政策—その普及と影響にどう対処すべきか
    • 第2節 AI にできないこと
    • 第3節 AI 時代に必要なスキル・能力
    • 第4節 AI 時代の人材育成のあり方
  • おわりに

書誌情報など

関連情報等