『[新版]14歳からの精神医学:心の病気ってなんだろう』(著:宮田雄吾)

一冊散策| 2021.01.28
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

プロローグ──心の病気を知るということ

大樹の初恋が終わったわけ

「えっ、自殺……死んだ!」

大樹は電話口で絶句した。血の気が引いていくのがわかる。

「なぜ……」

明るかった彼女の顔が脳裏に浮かぶ……。

大樹が彼女と知り合ったのは、小学6年生の時だった。転校したばかりでオドオドしていた大樹に最初に話しかけてくれたのが、前の席に座っていた彼女だったのだ。

「大樹君、どこから来たの?」

好奇心にあふれた瞳。大樹より10㎝高い背。なんだかまぶしくて、大樹は思わずうつむいた。

「まあ、慣れないと思うけど、わからないことがあったら聞いてね」

それだけ言うと、彼女はこっちが返事をする前にクルリと前に向き直った。一瞬ふわりと浮きあがった髪のいい香りがした。

いつも笑顔で明るい彼女は、男女問わず友達が多かった。そんな彼女に助けられ、気弱な大樹もすぐにクラスに溶けこむことができた。

中学もまた同じ学校になった。

「また同じクラスだね」

真新しい制服を着た彼女は、なんだか照れくさそうにしていた。そんな彼女を見て、大樹はなぜかドキッとした。きっとそれは初恋だったろう。それからというもの、大樹は彼女と話すたびにぎごちなくなった。その様子は他の女子の恰好のからかいの対象になったけれど、大樹は恋心を彼女に伝えることはできなかった。

こんなもどかしい日々はあっけなく終わりを告げる。中学1年が終わるころ、今度は彼女が隣の県に転居することに決まったのだ。

3学期の終業式の日、彼女はクラスに最後まで残って、他の女子といつまでも話していた。大樹も残っていた。何か一言、彼女に声をかけたかったのだ。でも、何を言ったらいいかわからなかった。彼女たちの話は続いている。あきらめて帰ろうとした大樹の背中に突然、声がした。

「大樹君!」

彼女の声だ。ふり返る大樹に彼女は近づいてきた。彼女の肩越しに、笑っている他の女子の顔も見える。

「今日で転校します。今までありがとう」

彼女は言った。

「今度会う時は、大樹君は私より大きくなっているんだろうな。でも私を忘れないでね」

そして、初めて会った時と同じように、大樹が返事をする前に、彼女はクルリとふり返り、女子のほうに戻っていった。大樹はまた何も言えなかった……。

半年がすぎたある日、一本の電話が入った。元担任からだった。電話の向こうでその事実を伝える声は、悲痛に満ちていた。

「彼女が死んだ」

たしかに元担任はそう言った。

(なぜ……。どうして……。あんなに元気だったのに……)

大樹はぼうぜんとして電話を切った。信じられるはずなどなかった。

お葬式には、元担任の引率で、行ける者だけ参加することになった。大樹はもちろん参加した。くわしいことはわからなかった。でも、彼女の母親と担任が話したところによると、彼女は新しい土地に移ってすぐに、精神的な調子をくずしたらしい。夜も眠れず、食事もとれず、元気もなくなっていたと聞いた。小児科で“心の病気”が疑われ、精神科の受診をすすめられたが、気が乗らなくてグズグズしているうちに悪化したらしい。来週、ようやく精神科の予約をとっていたらしいのだが、間に合わなかったとのことだった。

(あんな明るかった彼女が“心の病気”になるなんて……)

大樹はどうしても受け入れられなかった。彼女がそんな“まれな病気”にかかったのも信じられなかったし、そんなに“心の弱い”子だったとは思えなかったのだ。

心の病気を知るということ

友達の自殺はとても悲しく、衝撃的な出来事だ。でも、決してめずらしくない。毎年500人を上回る数の未成年者が自殺しているんだ。

自殺の背景の一つとして大きな割合を占めているのが“心の病気”。

大樹は心の病気をよく知らなかった。彼女は別に“まれな病気”にかかったわけじゃない。

日本において、何らかの心の病気にかかった経験がある人は17.2%(「こころの健康についての疫学調査に関する研究」による)。実に5.8人に1人にもおよぶ。さらにこのデータをもとに性別や年齢のかたよりを補正すると、生涯有病率(一生のうちに一度は病気にかかる人の割合)は24.2%におよぶともいわれている。このように、心の病気は誰でもかかる、ありふれた病気なんだ。

それに心の病気の大半は、体の一部分である「脳」の働きが、一時的に悪くなったために起こるといわれている。胃が悪くなったりするのと同じように、脳だって働きが悪くなることはある。体の病気が性格と関係なく発生するように、心の病気も“心の強さ”や“性格”とは何の関係もない。大樹が好きだった彼女も、とても積極的で魅力的な女の子だったよね。でも、病気だからかかる時はかかるんだ。

時々、心の病気と聞くと、「あいつ、気がおかしいらしいぞ。うつるからこっちに来るな」とバカにする人がいる。これは何も知らない最低のやつがすることだ。心の病気は感染症ではないからうつることなんかない。それに、心の病気にかかった人は病気の症状にとても苦しんでいるんだ。だからこそ、病名を侮蔑の言葉として使ったり、差別の対象としたりするのはやめてほしい。

大樹が好きだった彼女は自殺した。その一つの原因は、病気の治療が遅れたことだ。半年もの間、彼女は治療を受けなかった。そのために病気がこじれ、結局自殺した。誤解を招かないように言っておくけど、心の病気になれば自殺するというわけではない(自殺については第2部を参照)。でも、やはり病気である以上、早めの治療は必要なんだ。

この本には、心の病気や精神的な背景により問題行動をやめられず苦しむ子が出てくる。彼らの話を通じて、心の病気の知識や、苦しむ友達への向き合い方を君に伝えようと思う。加えて、ストレスやトラウマへの向き合い方も伝えることで、君自身や友達が心の病気に陥りにくくなり、さらに陥ったとしても「早期発見・早期治療」につなげることができるようになればいいな、と願っている。

それは、多くの人がより「生きやすい」社会になっていく道なんだ。

なお、大樹を含め、この本に出てくる子どもたちは、私が精神科医として出会った子どもの話を、本人が特定できないように変えたり、何人かのエピソードを組み合わせたりして、創作したものであることをあらかじめお断りしておく。

新版あとがき──心の病気とともに生きるということ

2011年に『14歳からの精神医学』の初版が出版されてから間もなく10年がたとうとしている。幸いこの初版は多くの人に手に取ってもらうことができた。この間には診断基準や病名の変更、さらに神経発達症への関心の高まり、インターネットやゲームへの依存の問題など、精神医学にもいろいろな変化があった。さらに高等学校学習指導要領が改訂されて、2022年度から「精神疾患の予防と回復」について高校で学ぶことになった。

そこで今回、『14歳からの精神医学』を改訂し、新版を刊行することになった。

学習指導要領の中では、代表的な心の病気について具体的に学ぶことになっている。そこで大切なのは、単に病名を覚えることではなく、心の病気を早めに発見できること。そして自分や友達がかかっていると感じた際に、ちゃんと専門家に相談して、こじれる前に治療できるようになることだ。

大半の心の病気は、脳の機能的な問題が背景にある。心の病気といわれるけれど、「脳」すなわち「体の一部」の病気だ。

体の病気は、インフルエンザだろうが糖尿病だろうが、何でも放っておくとこじれやすい。しかし、逆に早めに治療すれば、やはり回復は早いし、症状も軽くすむことが多い。心の病気もそれは同じこと。「発病のきざし」を早めに見つけ、早期に治療すれば、経過がよくなることが多いんだ。

だからこそ、病気かなと思ったら、できるだけ早く、担任や養護教諭、スクールカウンセラーなどに心配な点をきちんと伝えて、対処してもらうよう頼んでほしい。もしその友達の親と日ごろから面識があるならば、直接伝えてもいいと思う。

「あいつに限って心の病気のはずはない」という思いこみが発見を遅らせがちなことには注意を払う必要がある。

また言うまでもないけれど、病気をもつ友達をバカにしたり、からかったりしないでほしい。友達は今、苦しんでいる。「おまえ、○○病だろ」とちゃかしたり、「病気なんてよくわかんないから知らんぷりしようぜ」なんて無視したらダメだ。苦しさが何倍にもなってしまう。友達を一人ぼっちにしないでほしい。

ここからは心の病気にかかってしまった君に伝えたい。

心の病気とともに生きることの苦しさを、今、君はきっと感じていることだろう。心の病気とのつきあいは長期におよぶことも多い。通院だって続けないといけないし、病気によっては薬も飲み続ける必要がある。周囲の助けを借りなければならないことも増える。

そんな中でやけっぱちになる人もいるかもしれない。

でも、私は強調しておきたい。

病気には君の未来のすべてを奪いとる力なんかないってことを。

君自身や君の周りには、今もたしかに君を支え、いい未来へと導く“君のもつ強み”がきっとあるはずだ。それをぜひ探し出してほしい。

そして必要な助けは借りながらも、君が望む未来が少しでも実現できるよう、14歳の君らしく“挑戦”し続けてほしい。

君の人生の舵をとるのは他でもない、君自身なのだから。

それを忘れないならば、君の人生は、仮にそれがささやかであっても、きっと意味あるものとなると私は固く信じている。

目次

プロローグ──心の病気を知るということ
大樹の初恋が終わったわけ 心の病気を知るということ

◆第1部 心の病気ってなんだろう

1 摂食障害──太るのが怖くてたまらなくなる病気
がんばり屋の優子──拒食はどう始まるのか 摂食障害の優子──止まらない過食/特別な病気ではない摂食障害 摂食障害ってどんな症状があるの?/どうして摂食障害になるの? きっかけはダイエット 治療しないとどうなるの?/どんな治療をするの? 友達が摂食障害になったら、どうすればいいの?

2 社交不安症──人との交わりが怖くてたまらなくなる病気
授業が怖くなった武志 社交不安症とは?──始まりは中学生/社交不安症の人が苦手なこと どうして社交不安症になるの?/どんな治療をするの? 友達が社交不安症になったら、どうすればいいの?

3 強迫症──気になって仕方がなくなる病気
洗い続ける美咲──ウイルスが怖くて 強迫症とは?──性格と間違えられる病気/強迫症ってどんな症状があるの? どうして強迫症になるの?/どんな治療をするの? 友達が強迫症になったら、どうすればいいの?

4 うつ病──気持ちは暗く、体はだるくなる病気
落ちこむ麻衣 うつ病とは?──とても多い病気/うつ病・双極性障害ってどんな症状があるの? どうしてうつ病になるの?/どんな治療をするの? 友達がうつ病になったら、どうすればいいの?/親がうつ病になったら、どうすればいいの?

5 統合失調症──幻覚や妄想にとらわれる病気
うわさ話が聞こえる翔太 統合失調症とは?/統合失調症ってどんな症状があるの? どうして統合失調症になるの?/どんな治療をするの? 友達が統合失調症になったら、どうすればいいの?/親が統合失調症になったら、どうすればいいの?

6 神経発達症(発達障害)──生まれつきちょっぴり規格外な人
元気すぎる蒼空と過敏すぎる匠海 神経発達症とは?──生まれつきの特徴/神経発達症にはどんな種類があるの? “普通”と“神経発達症”の境目/どんな治療をするの? 友達が神経発達症だったら、どうすればいいの?

コラム1 LGBT

◆第2部 精神科でよくみる問題行動

1 不登校──行かない?いや、行けない
学校に行けない小春 ほとんどの中学校でみられる不登校/背景にあるもの 不登校から脱出する方法/友達が不登校になったら、どうすればいいの?

2 暴力行為──怒りの爆発
暴れる竜司──言葉では言えなくて 背景にあるもの/暴力を手放すための方法

3 リストカット──誰にも言わずに
自分を傷つける梨華──私にはこれしかなかった 蔓延しているリスカ/リスカの特徴 背景にあるもの リスカにおぼれていくのは/リスカから脱出する方法 友達がリスカしていたら、どうすればいいの?

4 多量服薬──自殺という問題を考える
自殺をはかった美桜──続いた自殺の果てに/今、子どもはどのくらい自殺しているの? 背景にあるもの/友達が自殺したら、どう感じるだろう?/「死にたい」と友達から打ち明けられたら、どうすればいいの?

5 インターネットやゲームへの依存
ゲームをやめられない陸斗/背景にあるもの──インターネットに親しむ若者たち ネットへの依存/ゲーム症は本当に病気なの?/ゲームにハマるとどうなるの?──身体的・精神的・社会的/どうしてゲームに依存してしまうの?/どうしたらゲームの依存から立ち直れるの?/友達がネットやゲームに依存していたら、どうすればいいの?

コラム2 薬物乱用

◆第3部 心の病気に陥りにくくするために

1 ストレスに強くなるために
ストレス自体を減らす ストレスに耐える/ストレスを受け流す ストレスに影響されにくい生活スタイル

2 思いつめないために
認知行動療法ってなに? 役に立たない10種類の思考パターン/考え方を柔軟にするために

3 トラウマに支配されないために
トラウマの心身への影響 PTSDに発展させないために/トラウマを受けた友達に、どんな言葉をかけたらいいの?

エピローグ──君の生きる意味を見つけよう
新版あとがき──心の病気とともに生きるということ

主要な引用・参考文献/さくいん

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