(第27回)産業補助金を巡る国際的動向とEUの新提案(平家正博)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2020.11.26
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

高橋由美子「外国補助金に関する欧州委員会白書の概要及び一考察〔上〕〔下〕」

国際商事法務48巻10号1340-1344頁、11号1511-1513頁(2020年)

11月3日、米国大統領選挙が実施された。来年1月には、ジョー・バイデンが第46代米国大統領に就任し、トランプ政権が終了する予定である。筆者は、トランプ政権の成立時、出向先で、日本の通商政策が大きく影響を受ける状況を間近で見る機会に恵まれたこともあり、トランプ時代が終わるのは、感慨深いものがある。

今後、さまざまな形で、トランプ政権の総括がなされると思われるが、通商法に関与する筆者の立場からは、WTO上級委問題等が示す多国間貿易体制の機能不全の顕在化、米中対立の激化、新型コロナウイルス問題の発生等を受け、世界的に、自由と経済効率が最重視されてきたこれまでの自由貿易体制が見直され、国家安全保障や経済安全保障の問題が自由貿易体制の中に組み込まれ、それに応じて、政府の関与も増大する流れが生じたことが挙げられる。

では、何故、このような流れが生じたのか。この点を網羅的に論じることは、紙幅の余裕がなく、筆者の力の及ぶところでもないが、理由の一つとして、世界市場における、国有企業や政府支援を受けた企業のプレゼンス増大が指摘されている。すなわち、これまで、民間企業が利益最大化を求め、市場で競争することが前提とされてきたが、国有企業等は、政治的利益(国家安全保障、経済安全保障、国内政治上の要請等)を実現するために活動しているのではないかとの疑念が高まったことが挙げられる。このような疑念は、各国のレベルでは、対内直接投資規制や輸出管理規制の強化、多国間のレベルでは、国有企業等の活動を支援する補助金に対する規律強化や、国有企業等の活動自体に対する規律強化へ結びついた。

このような世界的な傾向を念頭に置いた上で、本稿では、高橋由美子氏の「外国補助金に関する欧州委員会白書の概要及び一考察〔上〕〔下〕」(国際商事法務48巻10号1340-1344頁、11号1511-1513頁(2020年))(以下「本論文」という)を紹介したい。本論文は、2020年に公表された、EUの「外国補助金に係る公正な競争条件の整備(仮称)に関する白書」(以下「本件白書」という)の内容や留意点を、簡潔に、かつ、わかりやすく取り上げている。

本件白書の詳細は、ぜひ本論文を読んでいただきたいが、本件白書は、次の規制案(以下「本件規制案」という)の導入が提言し、パブリックコンサルテーションの結果も踏まえ、2021年中の法制化を予定する。

・EU域内市場の競争を歪める外国補助金に対処するため、広く、外国補助金について審査する一般的な規制(モジュール1)

・EU企業の買収を補助する外国補助金が引き起こす歪曲に対処するため、一定条件を満たすEU企業の買収に、届出義務を課す規制(モジュール2)

・公共調達手続を補助する外国補助金が引き起こす歪曲に対処するため、公共調達手続の参加者に届出義務を課す規制(モジュール3)

現在、各国の補助金は、WTO補助金協定により規律されている。同協定は、貿易歪曲を生じさせる可能性の高い類型の補助金(輸出補助金、国産品優先使用補助金)を、一律に禁止するとともに、それ以外の類型の補助金も、他国に悪影響を与える限り制限する。しかし、同協定は、上記で挙げたような国有企業等の活動への懸念に対処できていない等の問題も指摘されており、近年では、より厳格な規律をEPAで導入したり(日本が締結したCPTTPや日EUEPAも、より厳格な規律を有する)、新たな多国間の規律導入を目指し、WTO、OECD、日米欧三極貿易大臣会合等で、活発な議論が行われている。

本件提案は、このような補助金の規律強化の試みの一環として理解することができる。実際、通商法を勉強したことのある人は気付くかもしれないが、本件提案は、WTO補助金協定の概念や議論が、随所に反映されている。但し、本件提案が特徴的なのは、補助金の受領主体である企業に規制を及ぼす点である(従来、通商法は、補助金の交付主体である政府を規律してきた)。すなわち、本件提案は、従来、通商法が対処してきた補助金の問題を、企業を規制することで対処しようとする試みと評価できる。その意味で、「当該法的手段が競争法上の手段なのか貿易法上の手段なのか区別に難しい」とする本論文の指摘は、まさに的を得た指摘のように思われる。

補助金規律の問題は、従来、政府に適用される規律であったこともあり、企業の注意を引くことはなかったと思われる。しかし、本件提案が法制化されれば、企業への影響は免れない。最終的に、どのような内容の制度が導入されるか、現時点では分からないが、本論文も指摘するとおり、日系企業の中には、自社が受けている補助金について精査する必要が生じるかもしれず、また、企業買収のプランニングにおいても、今後、注意が必要になってくる可能性があると思われる。

本論考を読むには
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平家正博(へいけ・まさひろ)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015-2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。