『高校生からの天文学 驚異の太陽—太陽風やフレアはどのように起きるのか』(著:鈴木建)

一冊散策| 2020.05.05
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

宇宙には惑星、恒星、衛星、ブラックホールなどさまざまな天体があります。その中で、内部でエネルギーを発生させ、輝き続けている天体が恒星です。私たちが住む地球に一番近くにある恒星が太陽です。太陽はこれまで46億年近く輝き続け、その光はその間ずっと地球にも降り注いできました。我々人類をはじめとする地球上の生命は、太陽からやってくる光のエネルギーのおかげでこれまで生き永らえてくることができました。まさに太陽は私たちにとって「母なる星」です。

太陽は私たちのもっとも近くにある恒星ですので、もっとも詳細に観測することができます。太陽のことをくわしく知ることができれば、遠く離れてくわしく観測することができない恒星のことも、いくらか分かるかもしれません。太陽を知り理解することは、ほかの恒星たちを理解することにつながり、宇宙を知ることにつながります。私は約20年前に大学院生として天文学の研究を始めましたが、これまで「恒星としての太陽」を理解するための研究に取り組んできました。

ほかの星たちに比べ詳細に観測できる太陽ですが、まだまだ分からないことがたくさんあります。太陽の表面や大気では、フレアと呼ばれる爆発現象や、ジェットや太陽風という大小さまざまな規模の噴出や流れ出し現象が観測されています。これらいずれの現象にも、「磁石」の力が関係していることが分かっています。しかしながら、具体的にどのように磁石あるいはより専門的な呼び方である磁場が太陽で生成され、表面での爆発や噴出現象を引き起こすのかということは、まだよく理解されていません。

地上に設置された望遠鏡だけでなく、宇宙空間に打ち上げられた人工衛星や宇宙探査機に搭載された望遠鏡からも、太陽は日々観測されています。宇宙空間には大気がないため、観測誤差の原因となる風などの大気のゆらぎの影響を受けない、鮮明な観測画像を得ることができるようになりました。そのおかげで、太陽表面の非常に小さな領域を細かいところまで詳しく観測することが可能となりました。

一方で、詳細な観測ができるようになったことで、小規模な爆発現象や噴出現象が新たに見えるようになってきました。小規模な現象が、これまでに観測されていた大規模な現象を単にスケールダウンしたものか、それとも違ったメカニズムにより引き起こされるものかは、まだよく分かっていません。技術の進歩により詳細に観測できるようになった結果、新たな謎が登場してきたともいえます。

太陽や天体の現象を研究する方法には、観測に加えて理論的な考察や計算を用いるものもあります。数学や物理の知識を総動員して、観測されている天体現象がなぜどのように起きるのかを解明し、あわよくば新たな現象の予言までをもしてしまおうというのが、理論研究の目指すところです。

本書で扱う太陽風は、彗星の尾のたなびき方や太陽コロナの観測結果を参照しつつ、物理の基本的な法則を使って太陽の大気の上の方の状況を計算し、理論的に予言されたものです。観測と理論が協力し、太陽から実際に太陽風が吹き出していることが分かったのです。観測的手法と理論的手法は、天文学の研究を進める際の車の両輪であるといえます。

理論的研究というと、古くは紙と鉛筆を用いた手計算が主役でしたが、スーパーコンピューターに代表される計算機の革新的進歩にともない、近年数値シミュレーションが非常に有用な手段となってきました。物理法則に基づく数式は、人間の手では解けないものも数多くあります。このような人間の手には負えない難しい数式を、計算機プログラムによりコンピューターに計算させ、力技で答えを導き出してしまうということです。

数値シミュレーションによる研究は、理論的手法の一種という位置付けでしたが、最近では観測的研究との仲立ちをすることも可能になってきました。たとえば、実際に天体現象をあたかも見てきたかのようにコンピューターで模擬(シミュレート)し、擬似的な観測画像を作ることできるようになってきています。作成した擬似観測と実際の観測を比較検討し両者が同じような結果である場合、計算機の中で模擬した天体現象はおそらく現実に即したものであろうと推察できます。

数値シミュレーションから得られるデータには、観測では到底見えないような詳細な情報が含まれています。数値データを解析することにより、天体現象を計算機の中でまさに手に取るように調べることができるのです。

私もこの数値シミュレーションを多用し、太陽や天体の現象で磁場が絡む現象を研究してきました。計算機上で太陽表面からはるか上空までの数値シミュレーションを行い、実際に太陽から太陽風が吹き出すことを再現しました。本書では最新の観測に加え数値シミュレーションによる研究で得られた成果をもとに、太陽の最新の知見を紹介します。

「はじめに」を閉じる前に、本書を読み進めるにあたり参考になる太陽の内部や大気に関する事柄を、上図に整理しておきます。特に大気は、複数の層から構成されていることが分かると思います。本書ではこれら大気の各層が何度も出てきます。読み進めていくうちに各層の関係性が分からなくなることもあるかもしれません。その際には「はじめに」まで戻って図を見ていただくと、頭の中を整理することができると思います。

目次

  • 1 太陽大気の謎:コロナと太陽風
    • 太陽から流れ出るプラズマガス
    • コロナの謎
    • 太陽風の謎
    • 太陽の質量損失?
  • 2 磁場はエネルギーのメッセンジャー
    • 電気が動くと磁気になる
    • 対流と磁場
    • ガスと磁場の関係
    • ガスと磁場の凍結
    • 磁場がガスに与える影響
    • 磁場の増幅
    • 磁場とプラズマガスの関係
  • 3 コロナの加熱・太陽風の加速
    • 大気での磁場とガス
    • コロナ加熱
    • 太陽風駆動での磁場
  • 4 計算機の中の太陽
    • 観測の「穴」
    • 非線形現象
    • 太陽風の数値実験
    • 「あかつき」の観測
  • 5 太陽の進化と惑星への影響—昔の太陽・未来の太陽・ほかの太陽—
    • 太陽の進化
    • 太陽コロナと太陽風の変遷
    • 周囲の惑星への影響
    • 太陽大気、太陽風の変遷の理由
  • 終章 太陽の魅力:結節点として
    • 太陽物理学
    • プラズマ物理学
    • 天体物理学
    • 惑星科学

書誌情報など

関連情報