『相対化する知性—人工知能が世界の見方をどう変えるのか』(著:西山圭太・松尾豊・小林慶一郎)

一冊散策| 2020.03.30
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

本書は、人工知能の出現と社会実装の進展が、人間の知の枠組みや社会の統合の理念にどのような影響を及ぼし得るのか(及ぼしているのか)を考察する論考である。執筆者の意図としては、人工知能論を通じて、新しい時代の教養となるべき幅広い知に読者の関心を広げたいという思いもあったので、一見、人工知能論とは遠い、認識論哲学や政治思想など、人文社会科学系の学問領域にまで議論が及ぶこととなった。相対化する知性

本書は、三人の執筆者によって執筆された次の三つの部から構成されている。

  • 第1部 人工知能 — ディープラーニングの新展開 (松尾 豊)
  • 第2部 人工知能と世界の見方 — 強い同型論 (西山圭太)
  • 第3部 人工知能と社会 — 可謬性の哲学 (小林慶一郎)

第1部は「技術」の問題、第2部は「知」の問題、第3部は「価値」の問題をそれぞれ扱っている。第1部は、人工知能の爆発的発展の原動力となった「技術」すなわちディープラーニングがどのように生まれ、今後、どのように発展するかを展望する。第2部は、人工知能の出現と社会実装の進展に応じて、我々の「知」の枠組みがどのようなものになるかを考察する。ここでの知の枠組みとは、人間が世界を認識する枠組みすなわち「認知構造」のことである。第3部では、人工知能と人間が共存または競争する社会について、我々はどのような「価値」を見出すことができるのか、どのように社会の持続性を保つことができるのか、という問題を考える。

各部の相互関係は、図のように示すことができる。

第1部は、ディープラーニングを「深い」階層を使った最小二乗法であるとし、ディープラーニングが画像や音声のパターン認識という「身体性」の領域で成果を挙げてきたことを論じる。そして、今後の人工知能開発の課題は、身体性のシステムに「記号のシステム」を取り込むことであり、その先には人間の直感的理解を超えた新しい科学の地平が広がっていることを展望する。

第2部は、人工知能すなわち人間の理性を超えた理性が実在可能となったことにより、人間の理性を相対化した枠組みへと、人間の認知構造が変化せざるを得ない、ということを論じる。近代の科学革命以降は、人間の理性を絶対視し、人間が万物を理解して制御することを目指す人間中心主義の認知構造が支配的であった。人間を相対化する新しい認知構造では、人間理性の知も、人工知能の知も、いずれも万物に共通する生成メカニズムによって形成された秩序の一形態であるとみなされる。

第3部は、人工知能の出現が、人間にとって新しい公共性を構想する端緒となりうることを論じる。現代の政治哲学(公共哲学)は、個人の価値観から撤退し、結果的に社会における公共性をきわめて空疎なものにしている。人工知能によって無際限に延伸されうる知の進歩に究極的な価値を置くことで、新しい公共性を構想する。それは人工知能によって「拡張された人間中心主義」と呼べるかもしれない。新たな公共性から、人間世界の持続性を再生する可能性を探る。

人工知能の出現と社会実装の進展は、中世から近代への転換と同じ程度のインパクトを人間の認知構造や価値観にもたらすかもしれない。中世には神が人間を統べていたが、近代になって神は死に、人間理性が神の地位にとってかわった。人工知能と人間が共存するこれからの社会では、人間理性は特権的な地位を追われ、人間理性を超えた(人工知能の)知一般がそれに代わる。人工知能の時代に、人間はどのように生きればいいのか。三人の執筆者がリレー形式でそれぞれの観点からこの問題を考察していく。

目次

  • 第1部 人工知能とは
    • 1章 人工知能のこれまで
    • 2章 ディープラーニングとは何か
    • 3章 ディープラーニングによる今後の技術進化
    • 4章 消費インテリジェンス
    • 5章 人間を超える人工知能
  • 第2部 人工知能と世界の見方
    • 1章 人工知能が「世界の見方」を変える
    • 2章 認知構造はどう変わろうとしているのか
    • 3章 強い同型論
    • 4章 強い同型論で知能を説明する
    • 5章 我々の「世界の見方」はどこからきてどこに向かうのか
  • 第3部 人工知能と人間社会
    • 1章 人工知能と人間社会
    • 2章 自由主義の政治哲学が直面する課題
    • 3章 人工知能とイノベーションの正義論
    • 4章 世代間資産としての正義システム
    • 5章 自由の根拠としての可謬性

書誌情報など