(第19回)上場会社とM&A法制のあり方(吉本健一)

私の心に残る裁判例| 2020.01.06
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

ブルドックソース事件最高裁決定

1 株主平等の原則の趣旨は株主に対して新株予約権の無償割当てをする場合に及ぶか
2 株主に対する差別的取扱いが株主平等の原則の趣旨に反しない場合
3 特定の株主による経営支配権の取得に伴い、株式会社の企業価値がき損され、株主の共同の利益が害されることになるか否かについての審理判断の方法
4 株式会社が特定の株主による株式の公開買付けに対抗して当該株主の持株比率を低下させるためにする新株予約権の無償割当てが、株主平等の原則の趣旨に反せず、会社法247条1号所定の「法令又は定款に違反する場合」に該当しないとされた事例
5 株式会社が特定の株主による株式の公開買付けに対抗して当該株主の持株比率を低下させるためにする新株予約権の無償割当てが、会社法247条2号所定の「著しく不公正な方法により行われる場合」に該当しないとされた事例―ブルドックソース対スティールパートナーズ事件許可抗告審決定

(最高裁判所平成19年8月7日第二小法廷決定)
【判例時報1983号56頁掲載】

本決定は、最高裁が初めて敵対的買収防衛策の適法性について判断したもので、その後の企業実務に大きな影響を与えた裁判である。しかも、通常このような紛争は仮処分をめぐって争われるため、時間的制約から最高裁まで持ち込まれることはほとんどないところ、最高裁が新株予約権無償割当ての効力発生日を徒過してまで判断をしたことで、その並々ならぬ決意を示したということができよう。

本決定の2年ほど前には、ライブドアによるニッポン放送に対する敵対的買収に関し、東京高裁が新株予約権の第三者割当てによる防衛策を差し止める決定を下し(東京高決平成17年3月23日判例時報1899号56頁)、日本でも本格的なM&Aの時代を迎え、敵対的M&Aをめぐる裁判として社会的にも大きな注目を浴びた。これに対して、本事案は、買収者が外国ファンドであったこと、買収防衛策が株主総会の特別決議で承認されたこと、などが特徴として挙げられるものの、買収者である外国ファンドの素性の悪さが、グローバル経済における国際的M&Aの先駆け的事案という本来の価値を損なったことは残念であった。

本決定の理論的側面には種々の問題点が指摘される(私見については、阪大法学60巻5号65頁以下参照)。しかしそれでも、M&A法制のあり方を考える際には、上場会社は誰のものかという容易に答えられない根源的問いが立ちふさがる中で、最高裁が上場会社にとって落ち着きのよい落としどころを探った決定として評価されている。

本決定を契機として、日本の上場会社では、株主総会決議に基づく買収防衛策の導入が進んだ(もっとも最近は、議決権行使助言会社の影響から、防衛策を廃止する会社も増えつつある)。旧商法時代には、新株の第三者割当てが唯一の買収防衛策であったが、現行会社法の下では、新株予約権を利用した防衛策が可能となって、様々な使い方が開発されており、弁護士の予防法学的役割が重要になってきている。これに対応して、経産省はM&Aの公正性を確保するために、多くの報告書や指針を公表しており、2019年6月28日にも「公正なM&Aの在り方に関する指針」を発表した。また、東京証券取引所は、上場会社についてM&Aを含むコーポレートガバナンス全般についての規制を強めている。今後は、会社法のみならず、このような会社法以外の規制や実務などいわゆるソフト・ローを含むM&Aに対する社会規範の進展が期待される。


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𠮷本健一(よしもと・けんいち 大阪大学名誉教授・弁護士)
1949年生まれ。和歌山大学助手、講師、助教授、大阪大学助教授、教授、神戸学院大学教授を経て現職。
著書に、『新株発行のメカニズムと法規制』(中央経済社、2007年)、『会社法 第2版』(中央経済社、2015年)、『会社法コンメンタール補巻 平成26年改正』(共著、商事法務、2019年)など。