あたしのカラダ研究(小道モコ)(特別企画:発達障害のからだとこころ)

特別企画から(こころの科学)| 2019.08.24


心理臨床、精神医療、教育、福祉等の領域で対人援助にかかわる人、「こころ」に関心のある一般の人を読者対象とする学術教養誌「こころの科学」。毎号の特別企画では、科学的知見の単なる解説ではなく、臨床実践に基づいた具体的な記述を旨としています。そうした特別企画の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆本記事は「こころの科学」207号(2019年9月号)の、吉川 徹=編「発達障害のからだとこころ」に掲載されているエッセイです。◆

コミュニケーションや想像力の障害として一般に知られている発達障害。しかしそれだけでなく、発達障害の当事者は、感覚の極端な敏感さや鈍感さ、身体の動きのままならなさといった、「からだ」の領域の困難を抱えていることが知られています。この特別企画では、自閉スペクトラム症や発達性協調運動症などにみられる多様な「からだ」とそれに伴う当事者の「こころ」について理解を深め、支援の取り組みを紹介します。

好むと好まざるとにかかわらず、一生のつきあいを約束されているのが「身体」だと、わたしは認識している。つきあいには多少のコツと創意工夫が必要で、ままならないことも多い。

*左肩の負傷

去年の冬、左肩を負傷し、病院のお世話になった。レントゲンやMRIに映し撮られたモノクロ画像は「わたしの左肩」らしい。医師はその画像を指し、説明してくれるのだが、自分が「いま痛い」と感じている左肩とその画像が同じものだと、なかなか思えなかった。肩と腕をつなぐ腱の2ヵ所が切れているとのことで、痛みはそこからくるらしい。画像データを手がかりに、医師はわたしの腕を取り、可動域を確認する。何をされても激痛が走る。あまりの痛みに顔をゆがめると医師は首をかしげる。画像データと実際の可動域が合致しないらしい。「こんなに動かないはずは……」と言われると、この痛みはマボロシなのか? と、どちらがリアルなのかわからなくなった。胴体から肩を経由してだらりとつながる左腕は、ただ重くてじゃまな存在と化した。痛みを緩和する注射と鎮痛剤の服用がはじまり、内臓も総動員で左肩の治療にあたった。

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