(第16回)答弁書の作法(2)

民事弁護スキルアップ講座(中村真)| 2021.09.07
時代はいまや平成から令和に変わりました。価値観や社会規範の多様化とともに法律家の活躍の場も益々広がりを見せています。その一方で、法律家に求められる役割や業務の外縁が曖昧になってきている気がしてなりません。そんな時代だからこそ、改めて法律家の本来の立ち位置に目を向け、民事弁護活動のスキルアップを図りたい。本コラムは、バランス感覚を研ぎ澄ませながら、民事弁護業務のさまざまなトピックについて肩の力を抜いて書き連ねる新時代の企画です。

(毎月中旬更新予定)

東京オリンピックも終わり、東京パラリンピックも終盤に入りました。今年復活した夏の高校野球では、決勝が智弁学園対決となりましたね。各地で緊急事態宣言が続いていますが、気を緩めず悲観せず、前向きに生きたいものです。

1 答弁書についての話は続く

前回から始まった答弁書の記載について、今回は、予告どおり「請求の趣旨に対する答弁」について取り上げたいと思います。なお、「請求の原因に対する答弁」については、また回を改めて取り上げる予定です。

2 請求の趣旨に対する答弁

当たり前の話ですが、答弁書は原告から提出された訴状に対して、作成・提出されるものです。訴状がないところには答弁書が成立する余地はありません。

そして、この「訴状に対して作成提出される」という答弁書の役割から見た場合、訴状の請求の趣旨に対する答弁が適切な内容になっていることが非常に重要になってきます。

(1) 形式的なルール

答弁書では、その冒頭で、原告が訴状において主張する「請求の趣旨」に対する答弁を記載しなければなりません、通常、この「請求の趣旨に対する答弁」を欠く答弁書(請求の趣旨に対する答弁自体を留保する答弁書)というものはありません。

ここで請求の趣旨を認めると、その答弁書の陳述により請求の認諾(法266条1項)の効果が生じることになります。

(2) 被告の一般的な「請求の趣旨に対する答弁」のあり方

① 主たる請求について

通常は、被告が内心、和解による解決を強く希望している場合であっても、また、いかに原告の請求が真っ当で、事実上争う余地が乏しいと思われるときであっても、普通は「原告の請求を棄却するとの判決を求める」という答弁を行うことになるでしょう。

例えば、原告が訴状で「被告は、原告に対し、金100万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。」としていたとすれば、被告は答弁書で「原告の請求を棄却する。」等と答弁するということです。

先に挙げた訴状の請求の趣旨のうち、「金100万円(中略)を支払え」という部分は主たる請求、それに付随する「及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え」という部分は附帯請求となります。

ここではまず主たる請求について検討しましょう。

さて、交通事故訴訟などが典型ですが、訴状が提出された時点で、一定程度の請求が認容されることはほぼ確実といえる事案というのが世の中にはたくさんあります。そうした事案、つまり「請求棄却はあり得ず、少なくともある程度の法的な支払義務が認められることは避けようがない事案」であっても、普通、被告は「請求を棄却するとの判決を求める」と認否するのです。

私は、修習生時代、交通事故の加害者が明らかに無過失の被害者の請求に対しても、決まったように「棄却を求める」という答弁をすることに若干の違和感を感じたものでした。「交通事故の加害者が被害者の請求の全部の棄却を求めるのはどういうことだ!」という受け止め方は、社会一般の感覚に照らしてもある程度理解ができそうです。

もっとも、過失が全くない被害者であっても、その損害主張自体が過大であったり、被害者の素因等で一定程度減額が認められたりというケースはあるわけですから、被告が原告の請求をそのまま受け入れなかったとしても、それ自体は責められるべきことではありません。

そして、被告が可能な限り請求額の減額を求めるべき立場にあり、かつ答弁書の段階ではその減額主張がどの程度まで認められるかが分からない以上、こういった原告の請求全部を争う答弁を行うことは合理的であるといえます。

よって、この点は訴訟の形式的・一般的なルールであると納得してもらうよりありません。なお、訴訟提起前から原告の主張内容を被告が全面的に認めていたというようなよほど特殊なケースでもない限り、被告が「原告の請求を棄却するとの判決を求める」という答弁をしたとしても、そのことのみで批判されることはありません。

さて、請求の趣旨に対する答弁を行う際には、その請求の趣旨自体が訴状の請求の原因の記載と整合的かどうかという目で検証する必要があります。

もっとも、請求の趣旨に書かれている金額が正しいかどうかは、実際に請求の原因をつぶさに見てみなければわかりません。

そして、前述のとおり、この作業については、また回を改めて取り上げます(そのため、請求の趣旨を検討する段階では、例えば、主たる請求について「連帯して」、「各自」とある場合に、そのような根拠が請求の原因に現れているか確認する必要性を頭の隅に置いて読み進める、といった注意が必要になる程度です)。

② 附帯請求について

次に、主たる請求に付随する「及びこれに対する本訴状送達の日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え」という附帯請求の部分についても見ておきましょう。請求の趣旨の検討の段階では、どちらかというと主たる請求よりも附帯請求の内容検討の方がウエイトが大きいと私は考えています。

このような附帯請求となるのは、通常、約定利息や法定利息、遅延損害金、率で定められた違約金等です。

若干細かい話ですが、こういった利息や遅延損害金等の請求は、「訴訟の附帯の目的であるときは、その価額は、訴訟の目的の価額に算入しない。」とされています(民事訴訟法9条2項)。これはどういうことかというと、こうした附帯請求の形で加えられた場合に限って、利息や遅延損害金の請求は訴額に算入する必要がなく、訴訟費用に影響しないということです(逆に言えば、元金とは別に利息や遅延損害金だけを請求する場合、その請求額に応じて訴訟の目的の価額(経済的利益)が算定され、これに応じた印紙の貼付も必要になります。)。

平成29年法律第44号による改正前の民事法定利率は年5分でしたが、これは「2年遅滞すると元金の1割が債務に上乗せされる」ということですから、なかなかバカにできない数字です。このため、司法研修所でも、「訴状を作成する際に主たる請求に附帯できるものがあれば、特別の理由がない限り必ず請求せよ」と教えられますし、実務においても、和解の際の条件設定要素として、あるいは譲り代(ゆずりしろ)として、附帯請求は重要視されます。

さて、その名のとおり、附帯請求は主たる請求と一体となって訴状の請求の趣旨に記載されていますから、これに対する答弁書での答弁も一体として行います。普通、「原告の請求を棄却する」と書けば、その対象となっている請求の趣旨の主たる請求、附帯請求のいずれに対しても棄却を求める旨の答弁を行ったことになります。

もう一つ、附帯請求に対する答弁を行う上で重要な点があります。

それは、必ず、

 1)元金がいくらか
2)起算日がいつか
3)利率が適当か

を確認しておかなければならないということです。

せっかくですから、この点についても手短に触れましょう。

「1)元金がいくらか」ですが、これは「附帯請求算定のための元金がいくらか」という問題です。これは、主たる請求と同額の場合(「金100万円及びこれに対する」)もあれば、特に附帯請求のための元金が別で定められているケース(「金100万円及びうち金70万円に対する…」)もあります。

請求の趣旨中で記載されている「附帯請求算定の為の元金」の記載が果たして正しいのか正しくないのか、これもやはり後の請求原因の中身を見てみないと分からないのですが要するに、訴状の本体(請求の原因)で述べられている部分と齟齬がないかを確認しておく必要があるということです。まれに、複数の請求がある事案で元金となる金額主張を取り違えていたり、確定遅延損害金を含んだ額を誤ってそのまま基礎額としているために遅延損害金が二重に計上されてしまっていたりという問題があります。

次に、「2)起算日がいつか」という点も注意したい点です。債務不履行責任であれば、通常は履行期(ないし履行期が定められていない場合は請求したとき等。民法412条参照)から遅滞に陥ることになり、これは原則として初日不算入(民法140条)です。

ところが、不法行為に基づく損害は「なんらの催告を要することなく、損害の発生と同時に遅滞に陥る」(最判昭和37年9月4日・民集16巻9号1834頁)ことになり、初日不算入の原則も適用されません。この点も、「1)」と同様、請求の原因中の記載と整合しない内容になっていないかを確認する必要があります。

なお、こうした点を検討するのが面倒だったのか否かは別として、「訴状送達の日の翌日から」という起算日を採用している訴状を見ると被告としては少しだけ嬉しくなります。

「3)利率が適当か」という点も同じく重要です。今般の債権法改正(平成29年法律第44号)によって、これまで多くの法律家・学生を悩ませてきた忌々しい商事法定利率はめでたく廃止されましたが、それでも主張する内容や当事者の合意によって、様々な利率が考えられます。そこで、その利率についても正しいかどうかを、請求の原因の内容と照らし合わせて検証してみなければなりません。

さて、この「3)利率が適当か」という点について、もう一つ注意しておきたいのが、年利で定められている率について、日割り計算とする際の調整の方法が正しいかどうかです。

例えば、約定利息であっても、当事者間で平年・閏年の別について特段の合意をしていない場合には、1日当たりの利率もその年が平年か閏年かによって異なってくることになります。利率が年利で定められているのであれば、平年の1日分はその365分の1でよいですが、閏年については366分の1にしないといけないからです。これは非常に面倒くさい問題です。

かといって、格別の合意もないのに勝手に「金100万円及びこれに対する年5分(年365日とする日割計算)の割合による金員を支払え。」としてしまうこともまた問題です。この書き方だと、閏年については「年利の365分の1」の利息が366日分支払われることになりますから、債権者に有利に、一方、債務者にとっては不利になってしまいます。このため、訴状の請求の原因中で「年365日とする日割り計算の合意」の事実摘示がない場合、通常、書記官さんから「そういった合意があったなど、根拠はあるのか」という問い合わせが入ります。必ず入ります。それに対して「そんな合意はないけど、面倒だから『年365日とする日割計算』で主張している。判決のときは縮小認定してくれればいいから。」という対応をすることも考えられなくはありません(実は私もしたことがあります)。ただ、これは、訴訟手続上はともかく、何か人として正しくないように思われます。

そこで、私は最近は「年365日とする日割計算」の合意がなく、かつ閏年ごとに計算を変えるのは真っ平御免だという事案では、最初から「年366日とする日割計算」という形で請求するようになりました。これは、計算上は平年について若干損をする形にはなりますが微々たるものですし(もちろん、元金10億円、年利5%だと、平年1年当たり374円もの差が出てきますから依頼人の了解は必要です。)、法的には一部請求の形になるので過大請求という問題も起こりません。

なお、「1)」から「3)」については、「請求の原因と照らし合わせて齟齬がないかを確認する必要がある」というように書きましたが、たとえ請求の趣旨の記載が請求の原因中の記載と整合的であっても、その主張自体を被告が争うのであれば、やはり「棄却を求める」という答弁とすることになります。

また、当たり前の話ですが、請求の趣旨と同様、請求の趣旨に対する答弁もある程度、様式が定まっており、争う理由を長々と書くことはできません。このため、上記の「1)」「3)」のような検討を行った結果、原告の設定する元金や起算日、利率について反論を呈する必要がある場合については、請求の趣旨に対する答弁ではなく請求の原因に対する答弁の中に具体的に記載することになります。

③ 付随的申立てに対する答弁

なお、以上は訴状における主たる請求と附帯請求に対する答弁ですが、付随的申立てに関する答弁も必要です。

付随的申立てというのは、附帯請求と混同しがちですが、例えば、訴訟費用負担の裁判の申立てや、仮執行宣言の申立てなど、訴訟物以外の請求を指します。

訴状の請求の趣旨中にある「訴訟費用は原告の負担とする。」、「(との判決並びに)請求の趣旨第1項について仮執行の宣言を求める。」といった形で原告により申し立てられます。

この点、訴訟費用の負担については、裁判所が職権で判断することになりますから(民事訴訟法67条1項)、この原告の申立てはそのような裁判所の訴訟費用負担に関する職権発動を求めるものに過ぎません。ですが、通例、訴状では記載されています。

これに対して、被告は被告で、「請求の趣旨に対する答弁」中で、「訴訟費用は原告の負担とする。」と記載するのが通例となっています。

やや特殊なケースですが、不動産の共有物分割請求事案等で名目的な共有者に便法上訴訟手続で共有物に関する訴えを起こすようなときに、原告が誠意ある態度で被告に協力を求める趣旨で自ら「訴訟費用は原告の負担とする」とする場合があります(これは判決での裁判所の判断にも影響するようです)。

ですが、通常は原告と被告で盛んに押しつけ合います。

一方、仮執行宣言は、裁判所が必要と認めるとき、申立て又は職権によって、担保を立てて、又は立てないで、財産権上の請求に対する判決に付すことができるとされています(民事訴訟法259条1項)。このため、こちらについては、原告の訴状(請求の趣旨)における記載ももう少し実質的な意味を持ってきます。ここも、被告としては、防御的に以下のように答弁することがあります。

「…との判決を求める。
なお、仮執行の宣言は相当でないが、仮に仮執行宣言を付する場合は、
(1)担保を条件とする仮執行免脱宣言
(2)その執行開始時期を判決が被告に送達された後14日経過した時とすること
を求める。」

私個人の感覚としては、「仮に仮執行宣言を付する」など文章として美しくない上、どこか弱気な印象があるため、こういった答弁はあまり好きではありません。もっとも、相手方代理人との信頼関係が築けない事案では、控訴する場合も、有無を言わさず依頼人の取引口座に対する仮執行が行われる恐れなどがありますから、シビアな案件ではこういった付随的申立てに対する答弁も検討する必要があります。


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中村真(なかむら・まこと)
1977年兵庫県生まれ。2000年神戸大学法学部法律学科卒業。2001年司法試験合格(第56期)。2003年10月弁護士登録。以後、交通損害賠償案件、倒産処理案件その他一般民事事件等を中心に取り扱う傍ら、2018年、中小企業診断士登録。現在、大学院生として研究にも勤しみつつ、その一方で法科大学院の実務家教員として教鞭をとる身である。

著者コメント 予告どおり今回は訴状の請求の趣旨に対する答弁について取り上げました。
附帯請求の日割計算のところで述べたように、4年に一回やってくる閏年というのは利息や遅延損害金の計算上面倒で、全く頭の痛い問題です。これは地球の公転周期が4年よりも若干長いために生じるものですが、私が試しに計算してみたところ、地球を軌道半径平均で内側(太陽側)に約10万2400キロほど押し込むことができれば閏年は消滅することがわかりました。ただそれも現状はなかなか難しいので、答弁書作成の際は、本文に書いたような方法を検討して頂けるとよいのではないかと思います。
次回も、答弁書について取り上げます。