リアリティを失った日本の死刑(浜井浩一)

法律時評(法律時報)| 2018.09.26
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」90巻11号(2018年10月号)に掲載されているものです。◆

2018年7月6日午前8時ごろ、西日本一帯に降り始めた大雨によって気象庁が特別警報の発令を予告し、JRをはじめ大阪近郊の鉄道が早朝から運休を決定した。通勤手段を失った筆者は、自宅で豪雨に関するテレビのニュースを見ていた。すると突然、画面に「オウム真理教の教祖 麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の執行手続を始める 法務省」というテロップが現れた。それからテレビ各局は、西日本豪雨についての報道を継続したまま、同時にオウム真理教関係者の死刑執行に関する特別報道を開始した。報道は、「死刑執行手続が開始された」という表現から始まり、徐々に「執行された」に変わっていった。NHKは、当日の朝に東京拘置所に入る検察関係者の映像を流し、他局も事前に準備していたのか、非常に手際のよい報道が始まった。ある民放局は、オウム真理教関係死刑囚の写真付きのリストを用意し、執行の情報が入り次第、執行された死刑囚に「執行」とのシールを貼り付けていた。選挙速報で、当選確実が出たときに、各党本部で候補者の写真にバラの花が付けられていく様子と同じである。それはまさに、死刑執行の実況中継のような様相で、順番にシールを貼られていく死刑囚を見ながら、報道キャスターやコメンテーターは、13人全員が執行されるのか、それとも一部だけなのか、一部だけだとすると誰がどのような理由で選ばれたのかなど予想しながら実況を続けていた。

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