(第1回)正しく見えることの落とし穴(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2018.09.27
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

仮屋広郷「ESG投資によせて――ESGを考慮すべきことは自生的な社会規範なのか?

法律時報90巻5号(2018年5月号)100頁~104頁より

ESG投資とは、資産運用において環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に配慮している企業を投資先として重視する投資手法である。世界的にESG投資が拡大しており、日本でも、機関投資家の間でESG投資の考え方が広まっていたり、ESG投資を採用した投資信託が人気商品となったりしているだけでなく、本稿の冒頭でも触れられているとおり年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国連責任投資原則に署名し、ESG投資の考え方を採用しているほか、日本版スチュワードシップ・コードの中で機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすためにESGの要素を把握すべきことが言及されている(指針3-3)など、公的な取組みにおいてもESG投資の視点が取り入れられている。

環境、社会、ガバナンス――いずれも正当性の認められやすい概念であり、これらに配慮すべきという考え方自体に異論を唱える者は少ないと思われる。しかしながら、機関投資家は他人(受益者)のために資産を運用して収益の分配を行う立場にあり、一定の注意義務をもって受益者の利益を慮る必要がある。この場合の受益者の利益とは、基本的には経済的な利益であると考えられる。すなわち、受益者の側は、経済的なパフォーマンスを高めることを期待して投資運用の専門家である機関投資家に資産の運用を委ねるのであり、環境や社会への貢献をしたいと考えた場合には、機関投資家に資産を預けるのではなく、慈善団体等に寄付をするなど別の対応をとるのが直截的であろう。そのような状況で、なぜ、機関投資家が経済的なパフォーマンスではなく、ESGの要素に配慮した投資を行うことが許されるのか、許されるどころか求められるようになっているのか。特に日本においては、この点があまり意識されることなく、ESG投資が正当化され、ESG投資の実務が進んでいるように思われる。

法律時報2018年5月号
定価:税込2,106円(本体価格1,950円)

これに対して、本稿は「『ESG投資は、いまや社会規範・国際規範となっているから』といった論法で、ESG投資を正当化すること」に反対をし、無批判にESG投資を尊重する態度に対して疑問を投げかけるものである(なお、本稿では「ESG投資自体を否定するものではない」ことが明言されていることもあらかじめ付言しておく)。

本稿では、まず、ESG投資を巡るアメリカの状況について、労働省の経済振興投資に関する解釈通達の変遷をもとに解説をする。アメリカでは、ESG投資に対して、政権の交代に伴い積極・消極の揺り戻しが繰り返されていることを説明し、受認者が行う投資にESG要素への配慮を求めることが社会規範になっていると評価することはできないと結論づけている。

日本ではESG投資が正当なものであることを所与の前提とした上で、議論がなされることが多いように思われるが、本稿では、アメリカにおけるファクトを示してESG投資に対する批判的な検証が試みられている。本題とは少々外れるが、民主党と共和党が交互に政権をとるという政治状況によるところもあると思われるものの、アメリカではESG投資という外観上、正当性が認められやすい事項に関して、政策的に消極方向に方針が転換されるケースもあったことは興味深く感じる。

本稿は、また、ESG投資のようにある種の社会的大義を掲げる投資の背景に、特定の団体・機関・業界の利益が覆い隠されている可能性を指摘し、「社会的大義の前には誰もがひれ伏すとすれば、それは、よいパフォーマンスをあげることができないことにもってこいの言い訳となる」と警鐘を鳴らしている。その上で、国際規範の中立性に対しても疑問を投げかける。すなわち、「国際的な団体・機関は、公正・中立な立場で活動しているように思う人が多いかもしれないが、それは幻想にすぎない」と断じ、ESG投資を広める動きは、自生的に形成された規範ではなく、業界利益を後押しすべく人為的に作られた規範である可能性があると指摘するのである。

グローバル社会の中でガラパゴス化の弊害は避けるためにも、国際的な流れを無視して実務や政策を進めることは適当とはいえない。もっとも、国際的な動きであるからといって無批判に盲従することも適切ではない。日本では、官民問わずグローバル・スタンダード(と称されるもの)や国際機関での議論を重視する傾向が強いように思われるが、本稿が指摘するように「国際的」だからといって思考停止に陥ることなく、規範が形成される背景も踏まえて当否を検証する姿勢が求められよう。

本稿は、ESG投資に批判的な立場をとる者だけでなく、(おそらく大多数を占める)ESG投資を肯定的に捉える立場からしても、ESG投資の本当の意義や、ESG投資の下での適切な責任のあり方(ESGに配慮していれば責任を果たしたことになるというわけではないこと)を中立的に見直すために示唆に富んだ論稿であるといえよう。

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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。02年西村総合法律事務所入所。10年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所パートナー弁護士。金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、京都大学法科大学院非常勤講師。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として『金融とITの政策学』(金融財政事情研究会、18年、共著)、『ファイナンス法大全〔全訂版〕(上)(下)』(商事法務、17年、共編著)、『ここが変わった!民法改正の要点がわかる本』(翔泳社、17年)、『FinTechビジネスと法25講』(商事法務、16年、共編著)等。論稿多数。