(第1回)行動とは

そんなことまで行動分析学(蒲生裕司)| 2018.09.27

「行動分析学」を知れば、世の中が見えてくる!?
同じものごとに出くわしても、それに対する反応の仕方は人それぞれ。でもよく見てみると、同じ人は必ず同じやり方で反応し、それが思わぬ問題を引き起こすことも……。
人の「行動」のきっかけと理由を解明する心理学、それが「行動分析学」。その考え方を用いて、話題のニュースや身近な出来事を読み解きます。


(毎月上旬更新予定)

先日、全米オープンテニスで大坂なおみ選手が優勝し、グランドスラムのタイトルを獲得した初の日本人選手になりました。おめでとうございます。大坂なおみ選手の憧れの存在だったセリーナ・ウィリアムズ選手に勝っての優勝ですから、その喜びもひとしおだったのではないでしょうか。

今は3歩走っただけでも息切れしそうな私ですが、実は中学生の時にテニスをしておりました。思春期真っ只中の私は華麗にコートの上を舞っており、いつかはウィンブルドンのコートに立つことを夢見ておりました。しかし、ラケットではなく顔面でリターンした強烈なサーブによって、その夢は一瞬にして砕け散ったのでした。

昔話はともかくとして、表彰式の雰囲気はちょっと異様なものでした。観客からのブーイングもすごく、大坂なおみ選手も悲しそうでした。ところが、大坂なおみ選手がスピーチを始めると会場の雰囲気が一転して、最後は会場から大きな拍手と歓声が起きていました。

ブーイングと歓声。どちらも声を出すという点では一緒です。でも「ブー」と「ワァー」は明らかに違うものですよね。この違いは何なのでしょう?

声を出すことは行動です(唐突に「行動です」と言われても戸惑われるかもしれません。この連載のテーマが行動分析学(behavior analysis)なのです。なので、どこかで「行動」という言葉を登場させないと話が進まないので、ここで登場させてみました。ちょっと強引でしたか? どうもすみません)。

行動についてはいろいろな定義がありますが、その一つに死人テスト(dead-man test)というものがあります1)死人テストも万能ではないと(個人的には)考えております。たとえば、動きに反応して襲いかかってくるゾンビがいたとします。このゾンビから身を守るために、あえてじっとし続けることは行動でしょうか? 「じっとし続ける」と「動かない」はどう違うのでしょう? 考え始めると結構悩ましいものです。それでも、シンプルでわかりやすい定義のため、この連載では死人テストをパスしたものを行動として採用させていただきます。。簡単に言ってしまえば「死人にできないことが行動」ということです。たとえば「ラーメンを食べる」ことは死人にできないので行動です。「ラーメンの横に横たわる」のは死人にもできますから行動ではありません。「ラーメンについて語る」のは死人にできないので行動です。「ラーメンについて耳もとで囁かれる」ことは死人にもできますから行動ではありません。この定義にしたがえば、「声を出す」ことは死人にはできませんから、これは死人テストをパスした行動と言えるのです。

では「ブー」と「ワァー」は何が違うのでしょう。まず声として発生する音が違います。これを「トポグラフィ(topography)が違う」と言ったりします。要するに、行動の仕方の違いです。タクシーを止める時、左手を上げる、右手を上げる、上げた右手を振るなどいろいろな行動が可能です。これもトポグラフィが違うと言えます。

トポグラフィ以外に、もう一つ違いがあります。それは行動の機能の違いです。ブーイングはその相手を非難するという機能があるかもしれませんし、歓声はその相手を称賛するという機能があるかもしれません。称賛するために「ワァー」と言うこともあれば「ブラボー」と言うこともあるでしょう。これは行動のトポグラフィは異なりますが、行動の機能は同じです。このような視点から、「ブー」と「ワァー」の一番の違いは、その機能の違いにあると言えそうです。

行動分析学は心理学の一分野ですが、みなさんが考える「こころ」ではなく「行動の機能」に注目します。ある行動が出現する状況や、その行動の結果や結果の現れ方などを分析することで、その行動に関する機能を分析し、行動についての法則を見出そうとする学問体系。これが行動分析学でございます。

これから数回にわたり、行動分析学の基本的な考え方をご紹介させていただく予定です。ご縁がありましたら、どうぞ次回もよろしくお願いいたします。


蒲生裕司 慶應義塾大学大学院にて行動分析学を学んだ後、平成10年に聖マリアンナ医科大学を卒業。卒業後は漢方の修業をしたり、厚生労働省で依存症対策専門官をしたり、北里大学にギャンブル障害の専門外来を開設したりと、盛りだくさんで簡単にはまとめられない活動をしていた。現在は、こころのホスピタル町田に勤務し、精神科医として行動分析学や行動経済学の知見を応用した治療を行っている。著書に『よくわかるギャンブル障害』(星和書店)がある。

脚注   [ + ]

1. 死人テストも万能ではないと(個人的には)考えております。たとえば、動きに反応して襲いかかってくるゾンビがいたとします。このゾンビから身を守るために、あえてじっとし続けることは行動でしょうか? 「じっとし続ける」と「動かない」はどう違うのでしょう? 考え始めると結構悩ましいものです。それでも、シンプルでわかりやすい定義のため、この連載では死人テストをパスしたものを行動として採用させていただきます。