刑事法学からみた日本版DBS――不適切にもほどがある(石塚伸一)

法律時評(法律時報)| 2024.05.27
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」96巻6号(2024年6月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに――こども性暴力防止法案

子どもに対する性問題行動を起こす人たちの中に性犯罪の犯罪歴のある学校や学習塾の教師がいたことから、日本でもDBSが必要であるとの声が上がった。内閣府の外局に「こども家庭庁」が設置されたことが勢いに拍車をかけ、2024年3月19日の閣議で「社会全体で子どもたちを性暴力から守る」という意識を高めるための法案が通常国会に提出された。可決されれば、2年後には施行される。

2 日本版DBSとは何か?

DBSは、英国の「前歴開示および前歴者就業制限機構(Disclosure and Barring Service)」の略号である。2012年制定の『自由保護法』によって、こどもや傷つきやすい人と接する仕事に就くことが不適切な人の犯歴リストを内務省が作成し、雇用者の照会に応ずることで性犯罪歴のある人の就業を禁止することを目的としている。

日本でも、子ども保護団体から「日本版DBS」の開設を要望する声が上がり、立法化が俎上に載ることになった。子どもの性被害を防ぐためだとはいえ、個人の職業選択の自由を制限することや再犯防止効果への疑問から、昨年秋の臨時国会への提案が見送られた経緯がある。果たして、このまま法律にして良いのだろうか。

3 法案のポイント

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問題の核心は、子どもと接する仕事の雇用者が求職者・従業員等の性犯罪前科を家庭庁を介して法務省に照会することの当否である。すでに働いている人たちも調査対象になる。性犯罪歴が確認されると雇用者は、求職者を不採用にするか、子どもと接しない業務に配置しなければならない。最終的には解雇も可能だ。

学校や認可保育所には犯歴確認が義務づけられる。民間の学習塾や児童クラブなども申請すれば「認定」を受けることができる。横並び好きのこの国だから、業者は競って認定を求めるだろう。

対象犯罪は、不同意性交・わいせつ罪等の刑法犯、児童ポルノ規制法違反、痴漢・盗撮等の条例違反である。前科照会の期間は、懲役・禁錮の執行終了から20年、執行猶予は判決確定から10年、罰金刑は納付から10年である。刑法における刑の消滅が、懲役・禁錮の執行終了から10年、罰金は5年であるから(刑法27条・34条の2)、性犯罪前科のある人には、これまでより重い刑罰(自由の制限)が科されることになる。性犯罪プログラムを受講した元受刑者たちにはその成果を発揮する場が制限されることになる。

他方で、下着泥棒等は窃盗罪、性的暴行の前段階の暴力行為は単に暴行・傷害が主罪名なのでここでの性犯罪にはカウントされない。捕まることを覚悟して犯罪をおかす人はいない。性犯罪の初犯や前科のない人に対する抑止力はあまり期待できない。

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