『応用刑法Ⅱ─各論』(著:大塚裕史)

一冊散策| 2024.04.23
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はしがき

定価:税込 4,400円(本体価格 4,000円)

本書は、法曹実務家をめざす学生諸君を主たる対象に刑法各論の重要問題を解説する意図で、法学セミナー誌2018年6月号から2023年3月号に54回にわたって連載した「応用刑法Ⅱ各論」の中から、重要性のより高い38回分をセレクトし、その後の判例・学説の動向を踏まえて大幅に加筆修正を行ったものである。

本書は、2023年に日本評論社から刊行した『応用刑法Ⅰ―総論』の続編に当たるものである。本書の狙いは、読者が、実務刑法学の視点から、刑法各論の基本的知識を応用できる力を修得することにある。

本書の第1の特徴は、読者が既にもっている刑法の基本的な知識を、事案の分析や論述が的確に行えるような実践的な知識に変換させる力を養えるようにする点にある。『応用刑法』という書名から発展的・先端的な刑法理論を連想するかもしれないが、本書の題名としての「応用」は、基本的知識を使いこなせるような応用力を意味しており、条文・判例に関する基本的事項を深く掘り下げることにより、事案分析能力、規範定立能力、規範適用能力、論述能力といった読者の応用的・実践的能力を養成することにその狙いがある。したがって、本書は姉妹編の『基本刑法Ⅱ―各論』が教科書としての紙幅の制約から、個々の論点に対する掘り下げた説明が必ずしも十分ではない点をカバーするものであり、いわば『基本刑法Ⅱ―各論』の副読本とでもいうべきものである。既刊の『応用刑法Ⅰ―総論』の読者からも、同書を読むことにより『基本刑法Ⅰ―総論』の内容がより深く理解できるようになったという感想が寄せられている。

本書の第2の特徴は、刑法解釈論の重要テーマを「判例実務」がどのように解決しているかを客観的に描写し、それを学習者に提示したいわば実務刑法学の入門書とでもいうべき点にある。判例の立場に賛成するにせよ反対するにせよ、判例・裁判例を正確に理解することが重要であり、実務家とは異なる立場から、研究者が公平・中立の眼で裁判実務の姿を客観的に描写することにはそれなりの意味があると考える。個々の事案に対する裁判所の解決方法を分析し、そこから裁判実務に共通の思考枠組みを抽出し、それを既存の刑法理論を参考にしつつ理論化し、さらにその射程や限界を明らかにすることが実務刑法学の役割である。本書は、解釈論上の重要テーマについて、判例の考え方を初学者にもよくわかるように理論的に説明したものである。もちろん、判例の立場を説明するには複数の説明方法がありうるが、とりあえず1つの考え方の筋道を明らかにすることが学習者には有益であろう。本書が実務刑法学の「入門書」と称するのはこのような理由に基づくものである。

本書の第3の特徴は、刑法各論の重要論点を掘り下げた「解説書」であるという点にある。基本的知識を実践的な知識に変換するのを可能にするのは、基本的知識を「深く」「正確に」理解することに尽きる。そのためには、論点をめぐり、判例と学説が対立するのはなぜか、対立の原因が刑法の基本原理・原則とどのような関連があるのかをしっかり理解することが不可欠である。判例の事案と判旨を暗記するだけの皮相的な学習では極めて不十分であり、判例の考え方を支える理論的根拠や判例に反対する学説を理解することが必要となる。近時、司法試験や予備試験で、いわゆる「見解対立問題」が出題されているが、それは論点に関する深く正確な理解を求めていることの証左であろう。事例問題は、行為者の罪責を問う問題であれ、見解の対立点を問う問題であれ、出題の形式は変わっても、論点の本質論を押さえるという学習法さえとっていれば十分対応できる。急がば回れ、焦らずじっくり腰を据えて学習することが肝要である。

本書の第4の特徴は、事案への「当てはめ」の仕方について丁寧に説明を加えている点にある。すなわち、暴行・脅迫の認定、占有の存否の認定などいわゆる事実認定の問題の解き方を示したものであり、規範(判断基準)を事案に当てはめて結論を出す際に必要な考慮要素を指摘し、それを用いてどのように分析をすればよいかを具体的に明らかにしている。

本書の主たる読者は、司法試験・予備試験の受験生、法科大学院生、法学部生等であるが、実務刑法学の入門書である本書は、司法修習生をはじめとし、法曹実務家の方々の参考にもなりうるものと思われる。

本書は、暗記型の学習から「思考型」の学習ヘの転換を図り、実務刑法学を本格的に学ぼうとする読者の皆さんの「道しるべ」となることをめざしている。『基本刑法Ⅱ―各論』の該当部分と併読されることをお勧めしたい。

最後に、本書の誕生にあたっては、日本評論社編集部の田中早苗さんに大変お世話になった。田中さんには連載当初から本当に細かく原稿に目を通していただき、読者の目線に立った貴重なアドバイスを数多くいただいている。田中さんのご協力なくして本書の誕生はありえなかったといっても過言ではない。この場を借りて心より御礼申し上げたい。

本書が、刑法を深く正しく理解したいと願う読者の皆さんの期待に応えることができるならば、執筆者としてこれにまさる喜びはない。

2024年2月
大塚裕史

第1講 窃盗罪の保護法益(抜粋)

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目次

はしがき

Ⅰ 窃盗罪・強盗罪の重要問題

第1講 窃盗罪の保護法益

1 保護法益をめぐる見解の対立状況
2 判例実務の基本的立場=所有・占有二元説
3 窃盗罪の成否が問題となる4つの類型
コラム 「窃盗罪の保護法益」の論じ方
コラム 本権説と所有・占有二元説

第2講 窃盗罪における「占有」の存否

1 占有の意義
2 占有の存否(有無)の認定方法
3 財物が置かれた場所と占有の存否
4 置忘れ放置型事例における占有の存否
コラム 占有の存否(有無)と占有の帰属
コラム 「占有の存否」の当てはめの仕方

第3講 いわゆる「死者の占有」

1 いわゆる「死者の占有」の諸問題
2 第1類型(強盗殺人型)の処理
3 第2類型(死亡状態利用型)の処理
4 第3類型(殺害後奪取意思発生型)の処理
5 第3類型における窃盗罪と占有離脱物横領罪の区別

第4講 占有の帰属と占有の移転

1 「占有の帰属」の意義
2 「上下・主従関係」における占有の帰属
3 「委託関係」における占有の帰属
4 「窃取した」の意義

第5講 権利者排除意思の認定方法

1 権利者排除意思の存否の認定の基本的な考え方
2 返還意思が存在しない場合
3 利用可能性を相当程度侵害する意思が存在する場合
4 財物に化体された価値の消耗を伴う利用意思がある場合
コラム 「権利者排除意思」の論じ方

第6講 利用処分意思の認定方法

1 利用処分意思に関する従来の判例の動向
2 最高裁平成16年決定の意義
3 利用処分意思の存否の認定
コラム 利用処分意思の定義と内容の関係
コラム 利用処分意思が欠けた場合の処理の注意点

第7講 強盗罪における「暴行・脅迫」の意義

1 強盗罪における「暴行・脅迫」の意義
2 強盗と恐喝の区別  ――反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫の認定
コラム 強盗罪における「暴行・脅迫」の論じ方

第8講 強盗罪における「強取」の意義

1 強盗罪における「強取」
2 反抗抑圧後の財物奪取――強盗と窃盗の区別
コラム 「強取」の論じ方

第9講 2項強盗罪における「利益移転」の意義

1 2項強盗罪の成立要件
2 「利益移転」の明確性
3 暗証番号の取得と2項強盗罪の成否
4 債権者の殺害と2項強盗罪の成否
5 盗品等の返還阻止・代金免脱と2項強盗罪の成否
コラム 「2項強盗に基づく強盗殺人罪」の論じ方

第10講 事後強盗罪における「暴行・脅迫」の意義

1 事後強盗罪の守備範囲
2 事後強盗罪の処罰根拠
3 暴行・脅迫の程度
4 事後強盗における「窃盗の機会」
コラム 事後強盗罪における「暴行・脅迫」の論じ方

第11講 事後強盗罪の諸問題

1 事後強盗罪の法的性格
2 事後強盗罪の共犯
3 事後強盗罪の予備
4 事後強盗罪と刑法241条
コラム 身分犯説をとるか結合犯説をとるか迷っている方へ
コラム 事後強盗の予備をめぐる見解対立の本質論

第12講 強盗致死傷罪の諸問題

1 刑法240条の基本構造
2 刑法240条の適用範囲
3 「強盗の機会」の認定方法
4 脅迫による致死傷の処理
コラム 「強盗の機会」に関する論述の注意点

Ⅱ 詐欺罪・恐喝罪の重要問題

第13講 詐欺罪における欺罔行為の態様――行為の類型性

1 詐欺罪における欺罔行為の意義
2 欺罔行為の類型性
3 挙動による欺罔行為
4 不作為による欺罔行為
コラム 欺罔行為の有無の判断方法

第14講 欺罔行為と交付行為との関係――内容の重要性①

1 詐欺罪における交付行為
2 交付意思の有無と内容
3 「無銭飲食・宿泊」と交付行為
4 「キセル乗車」と交付行為
5 欺罔行為における交付行為の危険性

第15講 詐欺罪における財産的損害――内容の重要性②

1 詐欺罪における財産的損害(法益侵害)
2 財産的損害と欺罔行為の関係
3 欺罔行為の判断構造のまとめ
コラム 「財産的損害」の論じ方

第16講 文書の不正取得と詐欺罪

1 問題の所在
2 「文書」の財物性
3 証明文書の不正取得
4 財産的給付文書の不正取得
コラム 「財物性」を論ずべき場合
コラム 文書の不正取得と詐欺罪の成否

第17講 他人名義のクレジットカードの不正使用

1 名義人の意思に反する他人名義のクレジットカードの不正使用
2 名義人の承諾に基づく他人名義のクレジットカードの使用
3 クレジットカードシステムの不正利用と詐欺罪

第18講 誤振込みと詐欺罪

1 誤振込みに関する基礎知識
2 誤振込問題の前提としての「預金債権」の成否
3 欺罔行為の類型性(論点1)
4 欺罔内容の重要性(論点2)
5 交付金額・詐取金額(論点3)
6 占有離脱物横領罪の成否

第19講 権利行使と恐喝罪の成否

1 「権利行使と恐喝罪の成否」の意義
2 判例の動向
3 構成要件該当性レベルでの論点
4 違法性阻却レベルでの論点
コラム 「権利行使と恐喝罪」の論じ方

Ⅲ 横領罪・背任罪・盗品等関与罪の重要問題

第20講 横領罪における「物の他人性」

1 横領罪の保護法益
2 「他人の財物」の意義
3 売買の目的物の所有権
4 寄託を受けた金銭の所有権
5 委託者のために他人から受領した金銭の所有権
コラム 横領罪の保護法益

第21講 横領罪における「占有」の意義

1 横領罪における「占有」の内容
2 「預金による金銭の占有」
3 委託関係に基づく占有
コラム 業務上横領罪における「業務」と委託関係

第22講 横領行為と結果

1 「横領した」の意義
2 横領行為の内容
3 横領結果の発生
コラム 横領行為の定義
コラム 「不法領得の意思」の存否を検討する場所

第23講 横領罪における不法領得の意思

1 不法領得の意思の内容
2 一時使用の意思
3 第三者領得の意思
4 本人のためにする意思
コラム 「不法領得の意思」をめぐる判例と通説の対立

第24講 二重売買と横領罪

1 二重売買の事案では何が問題となるか
2 第1の買主に対する横領罪の成否
3 第2の買主に対する詐欺罪の成否
4 横領罪の共犯の成否
5 不動産の二重売買と動産の二重売買の異同

第25講 横領物の横領

1 「横領物の横領」とは何か
2 旧判例(最高裁昭和31年判決)の考え方
3 現判例(最高裁平成15年大法廷判決)の考え方
4 不可罰的事後行為と共罰的事後行為
5 「横領物の横領」に関する問題演習
コラム 「横領物の横領」の論じ方

第26講 背任罪における「事務処理者」の意義

1 背任罪の基本構造
2 背任罪の主体
3 委託された事務の処理
4 事務の他人性
5 判例における「他人のためにその事務を処理する者」
コラム 他人のための事務
コラム 「事務処理者」判断のポイント

第27講 任務違背行為と財産上の損害

1 任務違背行為の意義
2 任務違背行為の諸類型
3 財産上の損害
コラム 「任務違背行為」の論じ方

第28講 二重抵当と背任罪・背任罪の共同正犯

1 不動産の二重抵当と背任罪の成否
2 不動産の二重抵当と詐欺罪の成否
3 対向的取引における共同正犯の成否
コラム 「二重抵当」の論じ方
コラム 共同正犯の成立要件との関係

第29講 盗品等関与罪の保護法益と処罰根拠

1 盗品等関与罪の罪質
2 盗品等関与罪の保護法益
3 盗品等関与罪の客体(盗品等)
4 盗品等関与罪の処罰根拠
5 盗品等関与罪の主体
コラム 盗品等関与罪の構成要件該当性

第30講 盗品等関与罪の諸問題

1 被害者への返還と盗品等関与罪
2 盗品等の保管開始後の知情
3 盗品等有償処分あっせん罪の成立時期

Ⅳ 社会的法益に対する罪の重要問題

第31講 放火罪における建造物の現住性

1 現住建造物等放火罪の保護法益
2 現住建造物等放火罪の客体
3 複数建造物の一体性
4 建造物内部の部分的独立性

第32講 放火罪における「公共の危険」

1 抽象的公共危険罪と「公共の危険」
2 具体的公共危険罪と「公共の危険」
3 具体的公共危険罪における「公共の危険」の認識

第33講 名義人の承諾と代理・代表名義の冒用

1 「偽造」の意義
2 作成者の意義
3 名義人の承諾
4 代理・代表名義の冒用

第34講 通称名・偽名の使用と資格・肩書の冒用

1 名義人の特定の意味
2 通称名の使用と偽造
3 仮名・偽名の使用と偽造
4 肩書・資格の冒用と偽造
コラム 「私文書偽造罪」の論じ方

Ⅴ 国家的法益に対する罪の重要問題

第35講 犯人蔵匿・隠避罪の諸問題

1 犯人蔵匿・隠避罪と証拠隠滅等罪の関係
2 「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」の意義
3 「隠避させた」の意義
4 自己蔵匿・隠避の教唆

第36講 証拠隠滅・偽造罪の諸問題

1 証拠隠滅等罪とはどのような犯罪か
2 共通の証拠と証拠の他人性
3 参考人の虚偽供述と証拠偽造罪の成否
4 犯人による証拠隠滅罪の教唆

第37講 賄賂罪における職務関連性と一般的職務権限

1 賄賂罪の基本構造
2 賄賂罪の保護法益
3 職務関連性の意義
4 具体的職務権限
5 一般的職務権限の理論
6 職務内容の変更
コラム 犯罪類型の総整理

第38講 賄賂罪における職務密接関連行為

1 職務密接関連行為の意義
2 職務密接関連行為の類型
3 職務密接関連行為の判断基準

事項索引
判例索引

書誌情報など

関連書籍

『基本刑法Ⅱ──各論[第3版]』(大塚裕史)

 

 

 

 

 

 

『基本刑法Ⅰ──総論[第3版]』(大塚裕史)

 

 

 

 

 

 

『応用刑法Ⅰ──総論』(大塚裕史)