知りたい。日本初の女性法律家たちの人生……(三輪記子)
【書籍紹介】1938(昭和13)年、まだ女性に選挙権がなかった頃、3人の女性が司法試験に合格しました。三淵嘉子、中田正子、久米愛です。太平洋戦争、司法における女性差別、仕事と家庭生活との両立……決して平坦ではなかった道を、彼女たちは、草分けとしての自負と持ち前のハングリー精神で生き抜きます。弁護士である著者の丹念な取材によるドキュメンタリー。
読む前からふくらむ疑問の数々――読む前にまず想像をしてみましょう……
日本初の女性法律家たちの人生……知りたい。
知りたいが、どうも敷居が高い気がする。きっと品行方正で、勉学優秀で非の打ちどころのない人たちばかり登場するのではないか。そうだとすると同じ女性法律家としても自分の不出来ばかり思い知らされて落ち込むのではないか。まるで真似できそうにもないすぐれた女性像に打ちのめされるのではないか……そう思うとどうしても1頁目をめくることができなかった。
しかし、読んでみて私の予想は外れる。私が勝手に「日本初の女性法律家」のハードルを上げまくっていただけだった。もっとずっと人間らしく、時代に翻弄されながらも悩み、成長し、仕事をして、やがて人生をしめくくる女性たちの姿が描かれていた。
どんな人が読んでも自分自身と共通する部分や異なる部分、今の時代に通じる普遍性を読み取ることができるだろう。ただ感じ方は多分、人によって違ってくるだろうし、そういう自由な読み物なので、自由に読んで楽しみ、明日への活力にしてほしい。
そんな私がこの本を読み始める前に抱いていた疑問は次の通りである。
・時代背景は?
・当時の女性の権利は? 当時の女性の社会的立場は?
・彼女たちはなぜ弁護士(あるいは裁判官)になろうと思ったのだろうか?
・まだ女性に選挙権がなかったときに女性弁護士になるにはどれだけのハードルがあったのだろうか?(家庭内のハードル、社会的なハードル、心理的なハードル)
・家族は? 家族の理解はどのように形成されたのだろうか?
・結婚生活において、彼女の夫たちは彼女達の仕事に対する理解・支援はどのくらいあったのだろうか?
・仕事面において女性だからという理由で制限などはなかったのだろうか?
・子育てとはどんなふうに向き合っていたのだろうか?
・彼女たちはどんな恋愛をしていたのだろうか?
さて、みなさんは本書を手に取ったとき、どのような思いに胸をふくらまされるだろうか。または、どのような疑問を抱かれるだろうか。
読んでみて“刺さった”事実の数々の一部
実際読んでみると数々の「事実」に驚き、また、「変わったようで変わってない!」と思うことが数々出てくる。いくつかご紹介するが、みなさんも是非本書を読んで、それぞれに『刺さる』エピソードを拾ってほしい。それだけで一晩、二晩くらい飲み明かせると思う。例えば……
「男にも妻以外と性的関係を持たない義務(貞操義務)がある」という判決が出たのが昭和2年5月17日で、この大審院判決を書いた裁判官(もちろん男性です)のエピソード。
「実はこの判例で私が神様になった。女子にお目にかかると、『私共の間ではあなたを神様と思っております。』(略)」と言われたという話が出てくる。不貞行為に関する法的な不均衡が当然とされていた時代に思い切った判決だったことと思う。しかし、法律上の不均衡が(一応は)なくなったとはいえ、有名人の不貞行為について、男性に対するよりも女性に対する社会的制裁の方が大きいと感じることが多いし、それは不公平だと常々感じるところである。
次は、三淵嘉子さんの章から拾ってみよう。
戦争が終わり昭和22年、司法省の民事部に勤め始めた嘉子は、
すでにできあがっていた民法の改正案を読んだときは、女性が家の鎖から解き放され自由な人間として、スックと立ち上がったような思いがして、息を呑んだものです。始めて民法の講義を聴いたとき、法律上の女性の地位のあまりにも惨めなのを知って、地駄んだ踏んで口惜しがっただけに、何の努力もしないでこんなすばらしい民法ができることが夢のようでもあり、また一方、余りにも男女が平等であるために、女性にとって厳しい自覚と責任が要求されるであろうに、果たして、現実の日本の女性がそれに応えられるだろうかと、おそれにも似た気持ちを持ったものです。
と書いたという。戦後民法が「何の努力もしないで」もたらされたかどうかはさておき(戦後民法が「敗戦」という甚大な被害、日本自らの加害の上に成立したことは忘れてはならないことだと思う)、確かに当時の日本の女性が、当時の日本社会が自ら進んで「自由」を勝ち取ったわけではなかったが、それでも嘉子が「夢のよう」だと書いたことはとてもとてもとても重い。嘉子は当時の日本女性で最も「自由」と「平等」を欲した人だったろうから。
私も自由と平等を愛する一人の人間として、嘉子先生にお会いしてみたかった。
会える人、会いたい人には会える間に会っておかなければならない
会いたいと思えるように自分のアンテナを立て続けなければならない
そして、「ねばならない」から解放されてもっと自由になりたいし、なれるんだよ、とやさしく励ましてもらえるような読書体験だった。
本書の「はじめに」と内容の一部が、こちらで立ち読みできます!
▽『三淵嘉子・中田正子・久米愛 日本初の女性法律家たち』(著:佐賀千惠美)
一冊散策
1976年生まれ。1995年同志社高校卒業、2002年東京大学法学部卒業、旧司法試験に7回不合格。2009年立命館大学法科大学院卒業、2010年弁護士登録(新63期)。
2013年「週刊プレイボーイ」でグラビアに挑戦。2015年作家の樋口毅宏と結婚。
2022年「弁護士三輪記子のYou Tubeチャンネル」開設。テレビ番組のコメンテーター等でも活躍中。