(第10回)性の多様性とスポーツ II:トランスジェンダー女子の女子競技参加
ヒトの性の生物学(麻生一枝)| 2024.06.06
LGBTQ,少子高齢化,男女共同参画など,議論の的となっている社会テーマの多くは,ヒトの性と関係しています.「自分がどのようにして (how),自分になったのか」を知ることは,性的マイノリティの自己の確立に大きく影響し,また,年齢に伴う卵子や精子の老化は,私たちがどのようにキャリア形成とプライベートな生活 (結婚や家庭をもつなど) を両立していくかを考える上で,避けては通れない生物学的事実です.しかし現実には,様々な議論が,生物学抜きで,あるいは生物学の誤った解釈の下におこなわれており,責任ある立場の人々の誤った言説もあとを絶ちません.
このシリーズでは,私たちの人生に密接に関係する「ヒトの性に関する生物学的知見」を紹介していきます.
このシリーズでは,私たちの人生に密接に関係する「ヒトの性に関する生物学的知見」を紹介していきます.
(毎月中旬更新予定)
前回は、なぜスポーツ競技が、男女でわけて行われているのかをお話しした。思春期以降、主に男性ホルモンの働きの違いによって、男女の体には、筋肉量、骨のサイズ、血中のヘモグロビン量など、さまざまな解剖学的・生理学的な違いが生じる。そして、これらの違いは、身体能力の男女差をもたらす。男女をわけずに競い合えば、トップレベルの戦いで女性が勝ち残れる可能性はほとんどゼロになる。男女をわけて初めて、競技としての女子スポーツが成立する。それが理由だった。
この男女をわけたそもそもの理由 — 男性ホルモン量の違いがもたらす体の違い、そして身体能力の違い — は、また、「トランスジェンダー女性や、何らかの疾患によりテストステロン濃度が通常の女性の範囲を上回る人々が、女子競技に参加すること」に対する制限の必要性を支持する科学的根拠にもなるだろう。性的マイノリティの人々の人権は守られなければならない。しかし、それと同時に、スポーツ競技における公平性、そして、女子選手の人権も守られなければならない。
以下、つぎのテーマで順にお話ししていこう
- 思春期に起こる男性ホルモン量の変化と身体能力の男女差
- テストステロン濃度の比較:男性、女性、そして、性ホルモンに関わる疾患をもつ人々
- 性別適合ホルモン治療と身体能力
麻生一枝 サイエンスライター,成蹊大学非常勤講師. お茶の水女子大学理学部数学科卒業,オレゴン州立大学動物学科卒業,プエルトリコ大学海洋生物学修士,ハワイ大学動物学Ph.D. (研究テーマは魚類の性分化・性転換).「健全な科学研究における統計学や実験デザインの重要性」「ジェンダー研究における生物学の重要性」という 2 つのテーマで活動してきている.著訳書に『科学でわかる男と女になるしくみ』(SBクリエイティブ),『生命科学の実験デザイン』(共訳,名古屋大学出版会),『科学者をまどわす魔法の数字,インパクト・ファクターの正体---誤用の悪影響と賢い使い方を考える』(日本評論社),『データを疑う力』(東京図書出版) など.